『魔法科高校の劣等生』の司波達也・深雪兄妹の異常性について、原作小説八巻まで(というか主に八巻)をふまえた話。

魔法科高校の劣等生 (8) 追憶編 (電撃文庫)

魔法科高校の劣等生 (8) 追憶編 (電撃文庫)

よく言われるように、八巻にまでなってようやくまとめて過去の事情と兄妹の背景を説明する原作にも、まず大いに問題があるのですが。


「そもそもあの兄妹はそれぞれ違った意味でむちゃくちゃ異常なキャラクターなので、そう描かれて欲しいし、そう扱われ、受け止められて欲しい」という話です。


元々はtwitterへの連投用に書いたものですが、一応ネタバレを考慮してブログに持ってきました。


「(八巻までの)原作小説のネタバレがあっても構わない」という方は以下、どうぞ。
















一族の十二歳の跡取り娘が誘拐された。
三日後に救出したが人体実験され身体・精神共に重傷を負った。
許せない。
敵は某大国の国家的研究機関。
私怨だが、国ごと亡ぼしてやる


……で、本当に亡ぼしました。
そんな素敵過ぎる四葉という一族が『魔法科高校の劣等生』の世界にはいます。



魔法科高校の劣等生8 追憶編』巻末収録のサイドストーリー「アンタッチャブル------西暦二〇二六年の悪夢------」として収録された25ページほどの掌編では、そんな事情が説明されています。


で、その拉致被害者の双子の姉の娘として生まれ、誘拐された当人である叔母であり現当主の庇護・監視の元、生まれた時からその素敵な一族の後継者候補筆頭としての自覚と振る舞いを厳格に教え込まれ続けて育ったのが、かの司波深雪さんであるわけです。


更に叔母と同じく十二歳の夏に彼女は兄と「いろいろ」あり。
教えられるだけでなく自ら率先してそんな一族の後継者として。そして、何より崇拝する兄(が唯一感情を深く動かしそのために生きる存在である)の妹として相応しい存在であろうと決意し、二年半の年月を重ねた上で一巻(及びアニメ)冒頭魔法科高校入学時点に至ったのでした(これが『魔法科高校の劣等生8 追憶編』本編の内容です)。


異常な一族の異常を凝縮した存在として、その一族の来歴の中においてすら異常な環境で生まれ。
異常な教育と異常な家族関係の中で育ち、異様な関係を結ぶ兄と不即不離に繋がり、異常な決意を持って生きて来て、その上でアニメ版一話に登場してきている。
司波深雪とは、そういう来歴を与えられたキャラクターです。


それをいまさら「ちょっとかわいくて、物凄く高い才能を持っているけど病的にブラコンな以外は普通に年頃の女子高生」みたいな描かれ方で映像化されても、困惑するしかありません。
個人的にはよく取り沙汰される「美しさ」というよりも。
自らの言動を厳しく律し、隠そうと思えば内心を押し隠せもする自制心。圧倒的な魔法の実力と美貌に裏づけられつつも、あるいはそれ以上に育ちの良さと威厳を感じさせる振る舞いから発散され、周囲を圧倒せずにはおかないカリスマ……といったことが映像として表現されて欲しいと思えます。
「美しさ」はその(重要ではあるけれど)一部である、という個人的認識です。


「アニメから入る視聴者向けにどうしてもそう描きたいのだ」というなら、これはもう背景設定も過去も抜本的に変えるしかないと思えるのですが、どうやらそうはしないつもりのようです。
仮に今のところは問題ないかのように見えても(最初からありまくるとは個人的に思うのですが)、後々そういう過去や背景が語られたり、四葉だの十師族だのといった勢力と(達也が属する)国軍の特殊部隊や、軍の他組織、海外勢力との争い、その中での兄妹や周囲の学生たちの行動……といったことに話の展開が入り込むと、その中心に在るべきキャラクターとして不都合が目立ちに目立つようになる一方なのでは、と思うわけです。




一方、"これはひどすぎる俺TUEEE!"云々という話は、司波達也というキャラクターへの感情移入主観的な自己投影(同一化)を前提にしていると思えるのですが。
原作小説においては達也について感情移入主観的な自己投影(同一化)を意図的に拒む作りがされていますし、そもそも「(同一化という意味で)移入すべき感情が異常すぎる」という設定が次第に明らかになります。

追記。
「原作小説においては達也について感情移入を意図的に拒む作りがされていますし」とは書きましたが、「アニメ版ではそれが為されていない」とは一言も書いていませんでした。そこに言及するなら「原作に比べてその傾向がやや弱い」と思います。

※5/15修正。
「感情移入」⇒「感情移入主観的な自己投影(同一化)」について。
「その感情移入は自己投影に近いかどうかを見分けてから語る」(ピアノ・ファイア)
http://d.hatena.ne.jp/izumino/20140515/p1

仮にそれでも強引に「読んでいる/観ている自分≒達也」という観方で突き進むとなると。
アニメ版1話アバン、始まりの始まりに描かれてる行為を一体どう自分のことのように引き受けることになるのか、たいへん興味深いと思えるところではあったりもします。


アレを正気で行い(というか常時冷静に狂っている)、その結果を直視つつ引き受けられる異常極まるキャラクターとして司波達也は設定されているわけです。
その一点だけに絞っても、感情移入主観的な自己投影(同一化)の対象としては不適当もいいとこ過ぎるといって構わないのではないかと思います。


なお、そこに至っても「マテリアルバースト、どっかーん!灼熱のハロウィン!いやー、爽快、爽快!」と素で思えてしまう人もいるのかもしれませんが、そういう人についてはもう、それはそれで構わないかと思います。
幸せにその人なりの人生を送っていって頂ければ、と思います。

※5/12 修正追記。
以下、背景と同色(白文字。選択して反転させて読んでください)で補足説明する部分は「マテリアルバースト」という作中の魔法についてですが、この単語を原作で未読の方でネタバレを望まない方は飛ばしてください。
あと、諸々の事情で説明がクドいのはご容赦ください。

マテリアルバーストによる灼熱のハロウィン ttp://www49.atwiki.jp/mahouka/pages/395.html というのは、軍の指示とバックアップにより、軍属でもある司波達也が行った彼固有の「戦略級魔法」(マテリアルバーストとは異なる他の大量破壊兵器的な魔法の使い手は世界中で十三人が公認され、知られています。なお、達也は非公表)による超遠距離攻撃で。
例えるならば、ヒロシマナガサキへの原爆投下のようなものです(ただし、作中描写によれば放射能汚染のようなものは残らない"クリーン"な魔法であるようで、その点において大きく異なりはします)。


ただ、エノラ・ゲイの乗組員と比するならば、司波達也は操縦士であり爆撃担当であり、自らがその大量破壊兵器の開発者・研究者であり(マテリアルバーストに限れば)唯一の使い手であり、照準も自ら定め、結果も望めばしっかり観測・把握できてしまう……というやたらと多岐にわたり、かつ、重すぎる役割を一人で担っています。
しかも、爆撃機は困難とはいえ迎撃も可能ですが、このトンデモ魔法は照準さえ定めれば超遠距離をものともせず、ほぼ迎撃不可能な形で(相手からすればものすごく不条理に)発動してしまいます。
そうして、司波達也はその魔法で「敵」の軍事港湾都市を丸ごと一つ、一撃で蒸発させてしまうわけです。


しかも、実は彼は軍が厳しく管理しているマテリアルバースト専用の補助魔法具なしでも(照準の精密さは損なわれるものの)、そんな代物を魔法としては任意に放ててしまうという設定になっています。
勿論、そんなものをぶっぱなせば妹も彼も社会的にタダではすまないわけですが、本気で自棄になれば、そうして強烈な「実績」をみせつけた大量破壊兵器を思うがままに一人で撃ち放つことはできてしまう。


そんな役回りはとても正気では務まりませんし、感情移入主観的な自己投影(同一化)をしたくもなければ出来もしない相手かと思えますし、原作版でもアニメ版でも(出来こそ違え)そうであるように描かれていると個人的には思います。
そして、司波深雪というのは兄がそういう存在であることを誰よりもよく分かりつつ、その妹であり、彼がただ一人愛し仕えるべき存在であり、崇拝を捧げる信徒でもあることを。そうあり続けることを選び、そうあるべく全力で務めている少女です。
あまりにも異常である兄に見合った異常さを、生まれと育ちにより与えられ、得たもの以上に育て鍛え上げることで手にすることを自ら選択した人間です。
それと、そもそも作中世界で「魔法」が表に出てきたきっかけがなんであったかを振り返れば、それに対応するものとしてこの「灼熱のハロウィン」という事件が置かれているという事も明瞭かと思えます。

※5/12夜追記。
「@pendulumknock 手足のついた水爆お兄さまとDrストレンジラブ妹の送る魔法科高校の劣等生。何となくリズムが博士の異常な愛情に似てなくもなくもない」
https://twitter.com/pendulumknock/status/465743614392283136
という(いろいろ修正前の)本日記を見ての感想を頂いたので、それに対する返信を一部修正して追記します。


なお、既刊全般のネタバレにもなりますが、やはり八巻くらいまで読んでいれば問題ないかとも思います。
一応、背景と同色での白文字で書いてはおきます。


「あえて付け加えると、水爆お兄さまはご自身が水爆でありながら同時にマッドサイエンティストも兼ねていらして、しかも自分が水爆であることを全く愛していないどころか憎悪し抜いているわけです(ただし、前述したように爆発後の汚染の有無等の点で「マテリアルバースト」と水爆は大きく異なります)」
「それでもって、妹がそもそも(魔法師全般の中でも一際異質な)ある種の改造人間一族の未来の総帥であるところ、その兄はそうであってもまともに人間として社会で幸せに生きることができる道をなんとしてでも作りあげようとしている」
「どんな手段を使い、何を犠牲にしてでも妹を幸福にしたい。自分が幸福でないとどうあっても妹は不幸であるらしいので、自分もそうならなければならないようだ。「ついで」に結果的に他の魔法師たちもみんな幸せになれればそれも悪くはない、というそういう兄妹です」


一応断っておくとあくまで自分の解釈ではありますが、司波達也司波深雪という兄妹に対しては本当にこういう捉え方をしています。
兄の方はそもそもそう魔法的に調整された結果として。
妹の方はそうあろうと自ら望んだ結果として。
極論すると彼らは「自分と相手以外のことは生死も含めてけっこうどうでもいい」と思っている人物です。
※ただし、高校生活を通じて達也の姿勢にもやや変化がみられる旨(となればそれに応じて深雪の姿勢も変わります)、十巻以降のどこかの兄妹の会話で示されていたりもしました(場所と内容の詳細は今ちょっと思い出せないのですが……)。


なお、こうして説明を聞いて頂けると。


「機能的かつ必然的に「人でなし」の兄は「それはそういうものなのだ」として。かなりの部分自発的にそうなった妹の方は、割と深刻に人間としてかなり悪い意味合いで問題があるのでは」


と思う方が出てくると思うのですが……そこについては、作品設定および描写に基づき、一つ挙げるべき大きな前提があります。


魔法科高校の劣等生』の世界では基本、どの国においても魔法師は希少な「資源」として扱われ管理され、往々にして非人間的な扱いを受けがちな世界となっており、作中でその旨繰り返し強調されます。
※たとえば、魔法科高校の教師が必要に対して極めて不足している(アニメ版でもあまり教師の姿が通常授業でも非常時にも目立たないのはこの事情も大きい)という話もその一つです。


中でも司波達也のような戦略級魔法師はその最たるものであり、国家によって厳しく管理されています。
作中においても達也及び他の戦略級魔法師について数人、それを強調した描写が行われています。


また、勢力の大小はあるもののそれに加えて魔法師への反発を主張する社会運動(人間主義)が全世界的に活発でもあります。
アニメ版でも登場したブランシュもその一角を名乗っており、こちらも繰り返し描写されます。


まとめると、魔法師たち。とりわけ戦略級魔法師である司波達也一族の成り立ち自体が魔法師が戦争中に受けて来た非人間的扱いの象徴ともいえてしまうこともあり魔法師の中でも特に忌み恐れられる一族である四葉の次期当主候補筆頭である司波深雪)の「人間性」に対する評価においては、現代社会に生きる読者/視聴者の視点そのままに行うと大きなバイアスがかかるということになります。


彼らの「人間性」を云々するならば、「彼らは作中の今現在の状況下において極めて非人間的な扱いを受けている」という前提からスタートするのが公正であるだろう……という注釈はここに遅まきながら強調させて頂ければと思います。
また、設定上というか作品世界の描写を鑑みるに、「十師族四葉家の当主」というのは基本、人非人と言われるような(より正確にいえば、必要とあればそう振舞える)人間でなければ務まらないし、そうでなければ周囲もかえって不幸になる立場かと思えますので、司波深雪さんはたいへん賢明なキャラクターであるとも思えたりはします。
ちなみに僕はそんな司波深雪さんという異常なキャラクターが(あくまでフィクションのキャラクターとして)大好きです。


魔法科高校の劣等生』の司波達也司波深雪兄妹には、たとえばラインハルトに対するハンス・エドアルド・ベルゲングリューンみたいな存在と苦言がどこかであった方がいいのではないか」みたいなことは、そりゃあ思ったりもします。
でも、「そういうの一切無しでどこまでも突き進んでいってしまう」という豪快さも、それはそれでこのまま見ていきたいと思ってもしまいます。


なお、本記事の続編がこちらです。

2014-06-09
続・『魔法科高校の劣等生』の司波達也・深雪兄妹の異常性について(原作小説最新巻まで既読のファン向け)
http://d.hatena.ne.jp/skipturnreset/20140609/


それと以下、関連するまとめです。

○アニメ版『魔法科高校の劣等生司波深雪の描写を中心に、原作小説及び各種コミカライズとの関連、アニメにおける達也・深雪についての特定描写両立の困難性等々について。
http://togetter.com/li/665771
佐島勤魔法科高校の劣等生』は「システムを変える物語」か「システムには疑問を感じないまま勝つ」物語か。仮に後者だとすれば「何のために勝つ」のか(web小説版既読前提)
http://togetter.com/li/175776
佐島勤魔法科高校の劣等生(2)』感想(主にweb版既読者むけ)
http://togetter.com/li/173127
○web小説既読組向け:佐島勤魔法科高校の劣等生』の面白さについて
http://togetter.com/li/173482
※上記関連まとめで書いてる自分の感想には今振り返ると諸々直したいところがあり。
たとえば「成熟」という言葉が適切でもなければ面倒でもある気がしますので、「達観」に置き換えたかったりはします。
しかし「これはこれで数年前のものとして、これでいいか」と思ってしまってもいます。


あと、関係ありませんが最近のアニメの話題ということなら。
なんなら、このあたり↓もついでに観ていってやって下さい。最後のなんかはタイトル通りに完全に他の方の感想連投だけですが。

「『Frozen』(『アナと雪の女王』)感想まとめ」
http://d.hatena.ne.jp/skipturnreset/20140512/
「『selector infected WIXOSS』5話放映終了後のTL」
http://togetter.com/li/662763
キャプテン・アース』に関するtweetあれこれ」
http://togetter.com/li/664486
id:noirseさんによる『たまこラブストーリー』ファーストインプレッション」
http://togetter.com/li/665606