新宿末広亭三月中席夜の部〜主任・権太楼、仲トリ・さん喬


18時頃から入り、6列目くらいの真ん中辺りに座って聴く。

演目は、

春風亭正朝「看板の一」
柳家さん喬天狗裁き
柳家三太楼「宗論」
古今亭志ん輔「野ざらし
桂文生「人形買い」
柳家権太楼「立ち切り」

など。

以下、簡単に感想を。

正朝「看板の一」〜明るくからっとした雰囲気だけど……

先月、鈴本で聴いた「普段の袴」などでも思ったけれど、この人は、晴れ晴れと明るく、あくどい滑稽味や、嘲笑に傾く誇張などに頼らない笑いを生む噺家だと思う。ただ、それだけに、この噺のご隠居にあるべき陰影が、どうにも薄くしか描かれていないとも感じられた。


かつては鉄火場でその人ありと謳われ、四十代で引退し、今は齢六十を越え悠々たる人生を生きる老人。しかし、一度、壺を握ってみせると、その凄みと影が滲み出すようにその相貌に現れる-----この噺は、そうした演出が肝になるべきものだと思える。
ご隠居が退場した後の後半部分でも、猿真似をして失敗する若者を描く中で、どこかでご隠居がそれを苦笑しつつ、あるいはため息をつきながら眺めているような空気が残っていると、単なるあさはかな失敗話をからりと明るく描くだけのものから、より豊かに噺が広がっていくのだろうと思う。
……ようするに、(DVDで観た)米朝師匠の偉大さを再認識させられた、ということになる。

さん喬『天狗裁き』〜一人ひとりの描写を短くコミカルに描く短縮版


去年くらいに、鈴本あたりの主任興行で、この噺を四、五十分くらいかけて演ったのを聴いたことがある。その時と、今回二十分強くらいで演じた今日の『天狗裁き』は、筋の運び自体はほぼ同じ。ただ、前者が次々に現れては亭主を問い詰めていく面々を、じっくりと二度、三度と描写を重ねるようにして表現していったのに対し、今日はコミカルに誇張した形で、人物の登場直後の二、三の言葉と仕草で短く愉しく人物を描き出していた。
特に奉行の描写などは、さん喬師匠の並外れた声の張りと背筋を伸ばした姿の良さを存分に活かし、その威厳をたっぷり描きもした大トリでの演出と、8割方は滑稽さでリズム良く進めた今回との違いが明確だった。《場》に合わせた噺の扱いの巧さに、いまさらながら感嘆させられる。

また、この「天狗裁き」のように、人物同士がごくごく近い距離で接する------顔を寄せ合ったり、側に呼び寄せたり------噺においては、《聴いているうちに、自分がその時その時の聞き手の側に回っている登場人物になって、まさにその目の前で自分に向かって相手が喋っているように感じられる》というさん喬師匠の特徴が見事に活きてくる。

ただ、今回の高座に一つ傷があったとすれば、奉行が話す場面で、その目線から思い浮かべられる亭主との距離が、余りにも近過ぎたように思えたこと。せめて、あと1.5倍か2倍くらいは離れた位置を描くのが妥当だったのでは……。

三太楼「宗論」〜食いつきとして完璧な出来/父親の描き方の変化について。


この噺は、「初天神」「熊の皮」などと並ぶ、三太楼師匠の人気を支える人気演目の一つだと思う。老若男女満遍なく巻き起こした笑いの大きさでは、間違いなく今晩最高の高座といえそう。

特に、息子が結構な美声で歌う、いつの間にか別の曲(「里の秋」)になってしまう賛美歌に客席が拍手し爆笑する中で、「お前、途中から別の曲になってるじゃないか!」と父親のツッコミが入る下りなどは、もう客席を望みのままに好き放題に沸かせてしまう得意の場面になっている。
なお、途中で「さぁ、みなさんもご一緒に」と声にも出し、目顔でも誘いかけるのもいつものことだが、もし、実際に歌いだす人がいたらそれはそれで収拾がつかなくって-------実に愉しくなりそうだ。ぜひ、一度観てみたいものだと思う。

更に、客席をみた上で、父親に「ほら、みてみろ、子供まで笑っているじゃないか!」といわせたり、「お前は大学で何をならって来たんだ。処女が妊娠するわけがあるか。もしそんなことがあるなら、雙葉学園は赤子だらけになるだろう」「お父さん。子供もいる前でなんと言うことをいうんですか。言っていいことと悪いことがあるでしょう」というアドリブもウケにウケて、中入り後の食いつきの役割をこれ以上ないというくらいに素晴らしく果たしていた。


なお、一つ思ったのは、去年数度観たときには、いずれもともかく息子の側の面白さで笑わせていたのが、今年になって初めて聴いたこの「宗論」では、父親をよりしっかりと描くことで、更に一周り愉しい話に進化していたのではないか、ということ。
大まかに言えば、父親が息子のペースにひたすら押され、呑み込まれていたバランスから、父親の方もけっこう粘り、取り乱し方を抑えてがんばらせる方向へと少し舵が切られていたと思う。


ちなみに、この「宗論」と「初天神」とは、共に小三治師匠も十八番としている噺であり、その特徴は、親子二人が実は似たもの同士で、その感覚が水面の二つの波紋が段々と重なっていくように描かれることだと思える(小三治師匠の「初天神」の評で、「二つの同心円が云々」というものを読んだことがあったとも思う)。
そして、最初は息子の波紋が勢いが良かったと思っていたら、段々父親の側からも元気に輪が広がってきて、むしろそれに押し包まれるようにして二つの円が重なっていくことにその妙味がある。

三太楼師匠も、そうした小三治師匠のような演出に徐々にシフトしていくのだろうか?あるいは、現行の演出と並ぶような形で、もう一つの引き出しとして新しい工夫を重ね、育てていくのだろうか。
ともあれ、今でもたまらなく愉しい噺であると共に、今後の変化も実に楽しみだと思う。


志ん輔「野ざらし」〜うーん、一体、なぜだろう。。。


なぜだか分からないのだが、いつ聴いても、この人の噺を面白く聴くことができない。
不思議なのは、いつ聴いても、決して下手なようにはみえず、むしろかなり巧い部類の人に思えること。また、今回もほかの日でも、客席の反応だって、決して悪くはない。
それなのに、かれこれ二十席くらいは聴いて、いずれもほとんど愉しく思えないというのは、よっぽど相性が悪いのだろうか……。

ひょっとすると、いつかその原因がわかれば、逆説的に、自分が落語のどのような面が好きなのかもより深く分かってくるのではないだろうかとも思う。


文生「人形買い」〜まさに上方噺らしい魅力


なんといっても、人形を買って帰る道中の、小僧が大旦那の姿を生き生きと描き出す下りがいい。
若旦那が捨て方に困っていたゴミ同然の品を、首尾よく売り払うことに繋げることになった、店であったやりとりの話もいいが、それよりもなお、たまらなくいいのは、茶碗蒸しの下りだ。
歯も抜け落ちた大旦那はそれでも食欲旺盛------というよりも、どこまでも意地汚く、中に入った栗や支那竹もいちど口に含んで食べられないことを確認した後で、はじめて小僧に寄越して食べさせる。そこで、「栗もこうなっちゃあ、味も落ちますなぁ」というのが小僧の弁。


実にまあ、えげつないといえばえげつない描写だが、そのえげつなさも含め、こうしたところにこそ、上方噺のいかにも上方噺らしい特有の魅力があるのだろう。大旦那自身の台詞はなくとも、その姿がありありと鮮やかに浮かび上がる様や、笑いと共に店の厳しい上下関係を匂わせたり、とにもかくにも強烈な生命力に溢れているところなどは、なかなか江戸・東京の落語には真似のできない領分だと思う。

権太楼「立ち切り」


権太楼師匠が語る間、場内がシンと静まり返った見事な高座。
特に優れていたのは女将の情の描き方で、この師匠らしい、語りに滲む湿り気をうまく抑えて聴かせた名演だった。ただ、前半の番頭と若旦那は、正直言って大店の番頭と遊び人のボンボンというにはどちらも野暮ったく、番頭には貫禄が、若旦那には色気と我儘が足りないきらいはある。


ただ、なんといっても興味深かったのは、伝統的なこの噺の演出と幾つも大きく異なる部分があったこと(ただ、私は米朝師匠の『立ち切れ線香』など、上方の噺家の映像や録音でしかまだ聴いたことがないので、幾つかは東京の「たちきれ」では一般的な変更なのかもしれない)。

即ち、第一に芸者の名前が「小糸」ではなく「おせん」である。
次に、最後に三味線が奏でる地唄が「雪」ではなく、「黒髪」になった。
そして、噺を「無理ですよ、若旦那。もう線香が切れています」とサゲる。
……それぞれ、その意図はある程度わかるようにも思う。


まず、芸者の「小糸」という名は最後の三味線の音色と響きあうものだが、「おせん」という音は線香の「せん」と結びつくものとして出されたのだろう。張りつめた糸がぷつりと切れるイメージに対し、静かに立ち消える線香の幻像ということか。


次に、地唄「黒髪」。
このページから歌詞を引用させてもらうと、

「黒髪の 結ぼれたる 思いには 解けて寝た夜の 枕とて 独り寝る夜の仇枕 袖は片敷く妻じゃと云うて愚痴な女子の心も知らず しんと更けたる鐘の声昨夜の夢の今朝覚めて 床し懐かしやるせなや積もると知らで 積もる白雪」

というもの。
一方、「雪」は、

「花も雪も 払えば清き袂かな  ほんに昔のむかしのことよ わが待つ人も我を待ちけむ 鴛鴦の雄鳥にもの思い羽の凍る衾に鳴く音もさぞな さなきだに心も遠き夜半の鐘 聞くも淋しき独り寝の 枕に響く霰の音も もしやといっそせきかねて 落つる涙のつららより 辛き命は惜しからねども 恋しき人は罪深く 思わぬ ことの悲しさに 捨てた憂き  捨てた浮き世の山蔓」

この変更に関しては、

「ほんに昔のむかしのことよ わが待つ人も我を待ちけむ」

「恋しき人は罪深く」

の二箇所を中心として、地唄「雪」は噺とあまりに美しく絡まり合うので(歌詞だけでなく、曲としてCDで聴くと更に強くそう思う)、控えめにいってもいい変更だとは思えない。


最後に、サゲの変更については、上方の《本来のサゲ》は大阪弁ならではの、《これしかない》とうい決定的な言葉なので、それでなければいっそ、誰も誤解をしないよう、はっきりと「無理ですよ」といってしまうのがいいという発想だろう。事情はわかるけれども、何とも寂しい変更だとは思う。


なお、『立ち切れ線香』は、北村薫ファンならば、そのことによって『つるつる』などと共に、印象深い演目の一つでもある(ただ、それらのように詳しく説明され、ほぼ明示的に作中の謎と絡みもする噺よりも、その第一作「織部の霊」と「茶金(はてなの茶碗)」との関係のような、伏せられた噺は更に印象的でありもするのだけれど)。

ところで、私には、桂文枝さんと《落ち》という話なら、触れたい落語がある。
「『立ち切れ線香』という噺がありますよね」
(中略)
「私は、あれを最初に、文枝さんで聴きました。そしてすぐに、地歌の『雪』のCDも買いました」
 円紫さんは、にっこりし、
「《ほんに昔の、昔のことよ------》」
 と、その一節を口にする。続きの《我が待つ人も、我を待ちけむ------》という沁み入るようなくだりが、頭にすらりと浮かんだ。
(中略)
「でも、あれの《落ち》はどうなんでしょう。------小糸が、もう三味線をひかないというのは」
(中略)
「そこまでが、とてもいいだけに、あれでその世界が壊されてしまうような気がするんです。あそこで《アハハ》と、笑いたくはないんですけれど」
「ふうむ」と、円紫さんは、にこやかな顔を崩さず、「だったら、笑わなければいいんじゃないんですか」
 珍しく、からむな、と不思議な気がした。
「でも------」
「あなたは今、《線香がたち切れたから、小糸は、三味線をひかない》といいましたね」
「はい」
「僕も、東京の落語家さんが、そう演っているのを聴いたことがあります。《ひかないわけだ。線香が立ち切れています》という風にね。それはそれでいい。これもまた落語らしい終わり方です。ただ、関西の演り方は違うと思うんですよ」
「----といいますと?」
「気をつけて聴いてごらんなさい。米朝師匠も、文枝師匠も、《小糸は、ひかしまへん》とはいっていない筈です」
「------は?」
円紫さんは、真顔になり、

……というわけで、これに続く言葉は、北村薫ファンならば当然知っている筈。
ファンでない人も含めて、肝心要の続きを知りたい方は、東京創元社より刊行、北村薫『朝霧』収録「走り来るもの」を読んでみよう。……まあ、シリーズものの五作目だけど。