『Landreaall』竜胆の物語として四巻〜十二巻を振り返ってみる

前日に続き、おがきちかLandreaall』について。


Landreaall』って、こんなことを考えがちの人にとってはたまらなく面白い話だと思います。

その時その時で、出来るだけ相手の気持ちを考えた上で、自分に正直なことを言い、行動したいと思う。


でも、≪その時≫には分からなかったことを知った後だと、「もっと他に言い方があったなぁ」と思ったりする。
あるいは、「その時はそれが自分の本心で、それ以上でもそれ以下でもないと思っていたけれど、その後いろいろ考えていたらやっぱりそれだけじゃなかった」と気づいたりする。
相手に意外な受け取られ方をされて、「いや、そういう意味でいったんじゃないんだ」と慌ててしまう。
そんなことがしょっちゅうある。


そうなった時、改めて≪今≫、前に言えなかったことを言うにはどう口にすればいいだろう?
以前言葉を向けた相手に、≪自分の思いが、考えがどう変わったのか≫がどうすれば伝わるんだろう?
「やっと、あの時あなたが言いたかったことが分かりました」ということは、どうすれば分かってもらえるんだろう?
「本当はこういうことを伝えたかったんだ」と教えるにはどうすればいいんだろう?



まぁ、『Landreaall』の登場人物たちの会話って、なんだかそんな話ばっかりです。
読んでいてたまらなく楽しくて、微笑ましくて、くすぐったくもあって------好きにならずにはいられません。



前回の主に一〜三巻の話を紹介した日記ではDX、イオンと六甲のそんなやり取り、関係を見ていきましたが、
http://d.hatena.ne.jp/skipturnreset/20081220
今回の日記では、四巻〜十二巻の間のDXと竜胆を巡る関係を辿ってみます。


○竜胆の物語として四巻〜十二巻を振り返ってみる


八巻後半(act41「アウトブレイク」)あたりから、十二巻中盤(act60「夜の果て」)までの間、≪ウルファネア篇≫としてDXと並ぶ主役としてスポットを浴びる竜胆。
「夜の果て」で話が一区切りした後にあらためて振り返ってみると、四巻での出会いから、竜胆がDXにどんな影響を受け、何を思い、どう行動したかが浮き上がって来ます。



DXは、そしてDXとイオン、DXと六甲は出会ってすぐ、≪自分の出来ない事/兄と自分の出来ないこと/自分と五十四さんの出来ないことを代わりにやってくれる相手≫として、見ていて楽しい存在になります。
竜胆はしかししばらくの間、≪それを自分も出来る≫とはまるで考えません。
しかし、DXたちと関わるうちに、竜胆自身も次第に変化していきます。
作中でレイ・サークが指摘するように、竜胆はDXが常々口にする、

「守られなくても平気だって思ってる」
という言葉を自分なりに受け止めていき、そうすることでこれまで抑えて来た思いを育てていった竜胆は、父の死の知らせとDXの励ましを受け、自分を賭けて行動に出ます。


しかし、その「守られなくても平気だって思ってる」という言葉をめぐって、DXは悩みます(ちなみにイオンの口癖は「私が守ってあげる!」です。アカデミー騎士団篇で、イオンもまさに、その言葉の意味を思います。他にも色々な意味で、ウルファネア篇とアカデミー騎士団篇は対となる構造を持っています)。
自分が思っていたとは大きく違う受け取られ方をしたのではないか(実際、そうではありました)。
自分の言動が、思いがけずアカデミーに利用され、アカデミーが本来守るべき竜胆を見捨てることに利用されたのではないか。
友人を助けるべく、また、本当に伝えたかった事を伝えるべく、DXも竜胆を追う。



・・・さて、ここで、DXがアカデミーで竜胆と出会って過ごした二ヶ月強(DXが来た時点で竜胆は留学三か月足らず(四巻p44)。竜胆の帰国直前で、留学期間5か月ほど(八巻p172))の間に。


竜胆にとって、DXたちを見るのがどんなに楽しかったか。
そんな竜胆がどんな過程を経て、≪自分も----≫と思うようになっていったのか。
「守られなくても平気だって思ってる」というDXの言葉の受け止め方のズレは、なぜ起こったのか。
事件が終わって後の二人のやり取りには、どんな思いが込められていたのか。


そうしたことを、四巻〜十二巻の幾つかの場面を竜胆視点から振り返り、竜胆の物語として捉えることで追いかけていってみたいと思います。



登場人物たちの思いが、その変化が、いかに丁寧に描かれているか。
一つの視点から話を見直してみると、改めて驚かされます。


特に竜胆の場合、後になってその思いがわかる場面では、いちいち竜胆も護衛の五十四(いつよ)さんも、思わせぶりな表情や発言をしてはいません。
むしろ、≪強く感情が出て当然の場面で普通の表情をし、普通に話している≫ことこそがなおさらその心を伝えます。
そこがなおさら、面白いと思わされます。



竜胆「…DXの部屋でもある」
DX「そうか 次からただいまって言うよ」
竜胆「…私も」
竜胆「そう言える相手ができて嬉しい」
(四巻p46)
何気ないDXの言葉は、「ただいま」と言える場所がない竜胆には嬉しくてたまらないもの。
九巻act44、帰国した竜胆を迎えた兄との対面と比べてみてください。
あまり感情を表に出さない竜胆の思いは、振り返って読めば短い言葉の前の二つの「…」によく示されています。


マクディ「まあいいか 王位継承権を持ってるだけで充分さ あんな嘘っぽい噂話どうでもいいよ 大事なのは血筋だ」
マクディ「フィルなんかと付き合うなよ 財布をくすねられるぞ」
DX「財布」
アレン&ロニー(マクディのいとこ二人)「僕らが友人になってあげるよ」「そうそう」
マクディ「昼間も言ったろ 友人は選べって」
DX「アハハ」
DX「ケツの穴蹴っ飛ばすぞアホ共!
DX「友達は選ぶよ フィルは最初の友達だ」
DX「竜胆は2番目」
DX「あとはまだわからないけど… 君たちと友達になるのは最後だと思うよ」
(四巻p81-82)


ライナス「どう思わせたいんだ? 油断させて何を隠してる? 玉座------」
DX「…放せ」
竜胆「ライナス!」
(四巻p89)
ライナスをたしなめる竜胆の表情の厳しさに注目。
登場間もないところなので印象が薄くなりがちですが、この後の物語を見ていっても、こんな厳しい表情をする竜胆は珍しい。


自分の思いと関係なく、血筋と来歴から王位に対する野心を詮索されたり利用されようとする苛立ち。
竜胆はDXに自分の立場を当然重ねる。だからこそ、DXの自分の心に忠実過ぎるほど忠実な言動に驚きもすれば、痛快でもあったでしょう。
ライナスの挑発を受けた次の瞬間、相手をひっくり返すDXの姿に驚く竜胆。
誰でも驚く対応ではあるけれど、そうされた時、「いつも笑っていなさい」と教えられていた竜胆にとっては、「そういうやり方もありなんだ」という強烈なショックになった筈です。


こうした体験を経ての変化が十巻p99。
抱えてきた思いを決定的に行動に移すことを決意した竜胆が、周囲に渦巻く勝手な思惑に一言、

「うるさいな」
と、これまでの竜胆では全く考えられなかった言葉を口にする場面に繋がっていきます。



「私もこの国の剣技は初めてだったから」
(四巻p128)
ここの竜胆、ちょっと面白い表情です。
厳しくも明らかにDXの未来に配慮して、騎士の剣の基本の型を教え込むゼクスレンと、それにまずは素直に従うDX。
11巻act53「光射す」の兄・竜葵の回想を思い返してみよう、というところ。
剣を受け取った時の嬉しさと、ゼクスレンを見ていて改めて思う、兄の自分への思いと。


五十四(一国の公主をかわいい子扱いとは…)
イオン「ウルファネアはバチカンのもっと西なんだよね」
竜胆「ええ」
竜胆「遠いところです」
イオン「行ってみたいな〜」
DX「脱出計画か?」
イオン「お兄の方が絶対やりそ〜!」
DX「お前と六甲も連れてくよ」
(四巻p133)
穏やかに笑う竜胆と、それを見やる五十四さんの表情(p46の「…DXの部屋でもある」の時もあるけれど、いつも笑顔の竜胆に、ことさら「にこ」と擬音が付けてある時の内心は色々と面白い感じがします)。


生まれゆえに帰れないことと、イオンの身分への無頓着さ。
兄との対立を煽られる事情で帰れず、≪帰らせない≫監視として五十四さんがいることを知っている竜胆と、「お前と六甲も連れてくよ」とウィンクするDX。


五十四さんにとっては辛いやり取り。
竜胆にとっても勿論辛くないわけがないけれども、人の身分や立場にこだわらないイオンの言動、兄妹主従気兼ねなく語る彼らの姿は≪出来ないことを代わりにやってくれる相手≫としてそれ以上に好ましく映ったのではないかと。


「彼らの鍛練は見ていて飽きないな」
(四巻p166)
竜胆にとってきっと、楽しくてたまらない光景。
・・・ずいぶん後の話ですが、七巻act34「FlapFlap」でイオンがDXに挑戦する場面に竜胆を居合わせさせないのが、ちょっと面白いところだと思います。


ともあれ、こうした積み重ねがあって、今度はDXにとって竜胆が強烈な影響を与える場面を迎えます。


DX「つまらないことしたかも…」
竜胆「何故だ?」
竜胆「DXは------高名な将軍の息子で火竜と戦ったから そのくらいがたいしたことで 妹や友達のために怒るのはそれよりつまらないことだと思うのか?」
DX「……」
竜胆「あ すまない」
DX「いや…」
DX「そうなんだよなあ〜…そうじゃないはずだったんだけどな…」
竜胆「私はDXがうらやましい」
竜胆「妹のために怒ったりするのは当然のことだ 私は-----」

竜胆「家族のそういう…絆のようなものになじみがないから でも君が怒ったのをつまらないことだとは思わない」
(五巻p74-76)
ここでも、「そういう…絆のようなもの」の「…」と、その時の表情が面白い。
勿論(いい加減蛇足を重ね過ぎているような気もしますが…)、DXとイオンの関係が竜胆にとってどういうものかということに加えて、ここでは「高名な将軍の息子で火竜と戦ったから」には、≪竜哭の血が濃く竜因が強く、儀式を行う素質が高いから≫ということで勝手に思いを取りざたされ、≪父や兄のために≫という思いはおよそ顧みられない、竜胆の思いが込められているのだと思えます。


DX「……ありがとう」
DX「竜胆がいてくれてよかったよ」
竜胆「私もDXを見てると」

竜胆「弟ができたようだ すごく楽しい」
竜胆「どうした?」
DX「(……いまだかつてないほどのアイデンティティのゆらぎが…)」
(五巻p76-77)
最後のDXの凹みぐあいはコメディタッチですが、竜胆にとって、この「弟ができたようだ すごく楽しい」がどれだけの意味を持った言葉かは、これまで見てきた通り。
……三巻での六甲の名前の由来(「激しい吹雪をまとう霊峰の名前です 伝説では大虎が護っていたと」(p37))あたりもそうですが、とてもシリアスな場面でのコメディやユーモアの使い方も、なんとも言えず好きです。


なお、ここでの二人の思いのギャップもとても面白いところ。
DXは、自分とイオン、六甲が普通にやっていることが、どれだけ竜胆にとってありがたいものなのか、分かりません。
竜胆にとっては、自分がやりたかったことを軽々とやってしまっているDXが、幼い時からの目的を失い、傷つき、空虚な思いを抱えてもいて、今の竜胆の発言にどれだけ助けられたか。「……ありがとう」の「……」にどんな思いが詰まっているかは分かりません。


「六甲はDXの忠実なニンジャだ 私には彼が望んでそうしているようにみえるが…」
(五巻p128)
竜胆は同じくニンジャに守られ、馴染みもあるというだけでなく。
役目と思いとの葛藤に悩む五十四さんが、どれだけ≪竜胆の忠実なニンジャ≫でいられればいいと思っているか知っていて。
また、自分もまた、心から父や兄の力になりたいのに、それが許されない立場でもあって。


六甲は幸せだろうとも思えば、≪その幸せじゃダメなんだ≫というDXとイオンについては、それは色々口を出したくもなるんでしょう。
随分物語が先に進んだ後のものですが、次のコマ、ともかく好きと言えば全部好きな『Landreall』の中でも、一際好きなものです。




(そして幸せだろう 六甲は)
「私も幸せだ」
十巻p104
・・・ちなみに、DXたちと竜胆の話から逸れるので手短に書きますが、ここでDXが六甲のことについて凹んでいるのは勿論、それに先立ってのライナスとルーディの関係を聞いて、≪俺と六甲もそうなれればいいのにな≫と思った直後にアレだったから。
で、そこらへんの機微をイオンもはっきり分かっていることあたりからも分かるように、色々無頓着なのとDXが過保護なのでいろいろ機会がないだけで、イオンもDXや他の主要人物同様、考えるべきことはしっかり考えます。
そこらへんがもっとはっきりするのはDX不在の中での≪アカデミー騎士団篇≫での急成長だったりするんですが、脱線が過ぎるのでそれは別の機会に。


イオン「心配じゃない?」
竜胆「はは」
竜胆「私が心配などしたら身の程を知れと怒るような兄だ」
(六巻p18)
少し前の「家族のそういう…絆のようなものになじみがないから」と重なる表情。


ここらへんから、竜胆の事情が割合はっきり読者にも提示されて来ます。
DXもこの直前、そこらへんに何か事情があることに気付きます。
その転換点が、p17右下のコマ。




竜胆「そうだな……真夏の昼でも触ると冷たい」
イオン「へーっ不思議!リド詳しいね」
竜胆「……」
五十四「濤家(とうけ)は五領のひとつですから…」
イオン「えーっ」
DX「…」
(六巻p17)
この、「…」の部分。
王位継承に関しては生まれからも育ちからも、まさに今起きた事件からも敏感にならざるを得ないDXには、竜胆が語らずとも何かしらそれに絡んで多くの問題を抱えていることは推測がつきます
だから、「私が心配などしたら身の程を知れと怒るような兄だ」と語る竜胆にそれ以上斬り込まない(イオンに斬り込ませない)ため、「…あ もうこんな時間か」なんてあまり似合わないことを言って話を打ち切ったりします。
ただ、元々の性格からも問題の性質からいっての常識的な判断からも、自分の経験からも、あえてDXはそれ以上聞こうともしませんし、調べも調べさせもしません。
「銀蹄夜」の後の宴会(八巻act40「いつでもいつまでも」)でその場の流れで竜胆が語るまで、DXはその話題に突っ込みませんし、リドが酔いの余りそんなことまで話したことを忘れていると聞くと、一緒に聞いたルーディと一緒に気まずそうに目を見合わせたりしてます。
そして、あえて事情を深く尋ねないまま、≪竜胆なら大丈夫≫という信頼を元に、大切な思いならばそれに従うよう、背中を押します。
DXが竜胆が自分から話そうとはしなかった事情を調べるのは、竜胆からの手紙に、
「どうして国に帰る前に急いで書いたんだろう?」
(九巻p128)
と疑問を覚え、五十四さんから六甲への依頼で竜胆の明らかな危機を感じ取ってから。
DXには、そういう節度があります。




竜胆「六甲の仕事はDXを助けることだ」
竜胆「DXが何をしようとしているのかわからないから六甲はDXを守ることしか考えないんだぞ」
ライナス「お前意外と斬り込むな」
竜胆「そうか?」
DX「何をするべきか」
DX「わかってないというのも……しんどいもんだ」
(六巻p109)


ここで竜胆が「そうか?」と自然に切り返すのは、この問題は竜胆自身考え続けてきて、あまりにも馴染みの深いものだから。
そして、他の部分ではずっと≪自分が本当はしたかったこと≫を軽々と自然にやっているように思えたDXがそれから逃げたことに驚き呆れたから。


そこらへんは、十巻の以下の下りあたりからも察せられる話。
どちらも、最も竜胆らしいセリフの一つ。
そして、この前後数ページは、個人的に『Landreaall』の中でも屈指の名場面だと思います。




「私が大切にしないものを あなたはずっと大事に護ってくれた ありがとう」
(十巻p102)
「私がうまくできないから 代わりにしてくれているんだな 本当は私の五番ではないの…」
(十巻p103)
「私は竜胆さまの五番です……竜胆さまが戦わないから私もそうしてきました 竜胆さまが戦うなら私も戦います」
(十巻p109)




「DX」
「私だけでもすることはわかる…」
(六巻p130)
DXも驚く、竜胆の大きな転換点。


すぐ前に、DXに「DXが何をしようとしているのかわからないから六甲はDXを守ることしか考えないんだぞ」と言い、DXは「わかってないというのも……しんどいもんだ」と答えて。
・・・では、自分は?と言葉は竜胆に返ります。


ここで、何かを望むなら、DXは止めない。
そして、何かをやることこそを≪褒めて≫くれるかもしれない。
それなら------とも思う。
DXは六甲を困らせているが、自分は五十四さんが「うまくできないから 代わりにしてくれている」ことに委ねてしまっていて。
もっと言えば、≪竜胆が友達のために怒ったり泣いたり動いたりすることを抑えているから、五十四さんがゼクスレンから≪母親代わり≫と揶揄されるくらい代わりにやりつつ、役目との間で苦しんでいる≫ということにもなって。
そして、DXが六甲に家族のようであることを望むように、五十四さんが自分に、もっと何かを望み、動いてくれることを望んでいることを知っている。


・・・そういうわけで、ここでの「私だけでも」は今そこにいるDXとライナスに加え(あるいはそれ以上に)、五十四さんが居なくてもということでもあると思います。




ヒューイ「僕はあと一年で…」
ヒューイ「一生の可能性を測られるんだぞ 僕にだって才能はある!でもルーディがいる限り…作品を並べられたら僕の評価は脅かされるんだ」
ヒューイ
「ルーディーの作品(いし)は
 カディス家に守られて
 サレーの名を継いでる」
ヒューイ「生まれのせいで当たり前みたいに抑えつけられる気持ちが君にわかるか!?」
(六巻p164)
※ここでの、


「ルーディーの作品(いし)は
 カディス家に守られて
 サレーの名を継いでる」


という言葉の使い方がなんだかやたらに好きです。
なんだか、『マクベス』の「グラームスは眠りを殺した、だからコーダーは眠れない、マクベスに眠りはない!」なんて台詞が妙に好きだったりするので。
前作、『エビアンワンダー』だともっとそうした言葉遊びの傾向が強いんですが、演劇的な台詞劇としての面白さも、おがきちか作品のとても大きな魅力だと思います。
……こういう言葉を扱うしゃれっ気って、自分にも欲しいな。。。


・・・まぁ、そうした脱線はさておき。


「生まれのせいで当たり前みたいに抑えつけられる気持ちが君にわかるか!?」


よりによって竜胆にこの台詞が向けられるというのが凄い。
でも、竜胆はきっと、ここで「ふざけるな」と怒るよりも(勿論、怒らないわけがありませんが)、抑えつけられてると感じる中で、ヒューイが≪行動を起こした≫ことには、何かを思わずにはいられなかったのでは。
それはDXが口にする、「守られなくても平気だって思ってる」を竜胆がどういう意味に受け取っていくことになるかとも関わっていったように思えます。


一方で、「「生まれのせいで当たり前みたいに抑えつけられる」からといって≪行動を起こした≫ことで、予想していた以上の害が周りに降りかかる実例も改めてまざまざと見せつけられ、望まれていないことを知りながら動くことを、竜胆は改めて抑制しなければならないとも思ったのでは。


そして、面白いのは、次の場面。



DX「あれっリド…それ」
竜胆「たいしたことはない」
DX「無理するなって言ったのに」
竜胆「君こそ」
DX「大丈夫か?」
竜胆「君こそ」
DX「ハハ ごめん がんばってくれてありがとな」
(七巻p92)


五十四「DX公子に戦えと言われたんですか?」
竜胆「違う 自分でなんとかしようと思って…」
五十四「・・・」
竜胆「でも DXにほめられた」

五十四「ほめられたんじゃないですよ 感謝されたんです」
竜胆「どう違うんだ?」
五十四「・・・」
(七巻p113-114)

ここでDXは、五十四さんが気付かされたズレがまだ分かりません。
で、後になってへこまされます。


DX「リド やってみるだけならできないことなんてそんなにはないんだ ダメだった言われてることを全部やらないでいたら できないこととやらないことの区別がつかなくなるぞ」
DX「自分のこと何もできない人間だななんて思いたくないだろ そんな人間は無害かもしれないけど 良識があるってことじゃない」
竜胆「……」
DX「たくさん喋ったら 疲れた…」
竜胆「DX…」
竜胆「私は無害な人間だ」

DX「俺の友達に無害な奴なんかいないよ」
竜胆「帰れるだろうか…」
DX「リドが望むなら」
DX「誰もリドを止めないさ」
DX「…寂しくなるけどな」
(九巻p10-p13)
ここでDXが竜胆がウルファネアに旅立つ前に話したのは、DXが「妹や友達のために怒」った後で駆けていった、天馬の像のところですね。
DXが自分のやったことの意義を自分自身では認められず、逃げて行った場所。
そしてその後部屋に戻り、竜胆から思いもかけず、一番必要としていた言葉を受け取ることになって。


・・・さて、ここで。
既に「何かをする」ことの嬉しさを知った竜胆ではありますが、「何かが出来る」と自分を信じられません。
父が葬られる前に、遂に死に目にあえなかったけれど、挨拶をしたい。
そして、父の死後、大きな責務を担う兄の助けになりたい。
ただ、どうしても自分が兄の力になれるとは思えず、ヒューイのように自分の都合で周りを傷つけるだけになってしまうのではないかと怖れます。


妹と友達のためにあれだけ怒り、再度友達のために命を的にした賭けに出たDXとその友人たち。
竜胆は彼らが好きでたまらないけれど、自分自身はずっと彼らの脇にいて、彼らが自分が出来ないことをしていくのを見ている存在だと思い込んでもいたように思えます。


それが改めて「俺の友達に無害な奴なんかいないよ」と言われ------彼らと同じ仲間、≪既にもう、そう認められている≫と告げられてみて。
竜胆は≪彼らの仲間である自分≫を素直に受け入れられること-----彼らに何かがあったなら、自分もDXと同様、自然に命を賭けても守ろうとするであろうこと------に気付いて、驚いたんでしょう。
そして、≪そう思える自分≫を失いたくないと思った。
その思いが、竜胆を動かします。


「DX 私は大丈夫 覚悟の上だった」
「私は------それでも竜胆という名をもらったから」
「あの時 君と話して目が覚めた 私はずっと考えていたんだ 君が責任を感じたならそれは違う」
「上手くやるつもりだった だから、また会える その時に話せば…」

「君なら私を褒めてくれるかと」
「でも礼が言えて嬉しい」
「DX 父と話せた 間に合ったのは君のおかげだ」
「本当にありがとう」
(11巻p55-57)
「嘘はついてない ちょっと…」
「気が立って… へこんでたから…」
(11巻p78-79)
DXが「気が立って… へこんでた」のは、竜胆とのこのやりとりから。


・・・≪褒めてくれるかと≫はないよなぁ、と。
≪対等の友達だろう?少なくとも、俺はそう思ってるんだけどな-----≫と。


更に、この「本当にありがとう」は、マリオンが手紙で告げた「ありがとう」を思い出させたことでしょう。そして、それがあまりに違うものであることも。
その「本当にありがとう」も、「私は大丈夫 覚悟の上だった」も「竜胆という名をもらったから」も、「私は自分の歌を得た…後悔はしないわ」(一巻p37)とかぶるものです。


マリオンとのエピソードはその後のDXの人格や考え方に常に強烈な影響を与えた、きっとDXのその後の人生全ての原点になるもの。
例えば、ルーディを助けた≪聖名≫の事件の時も、改めて「(後悔しないなんてウソだ)」(七巻p59)と思い返し、その思いを強めています。
そして今回も、DXは≪大丈夫、ありがとう、後悔はしない≫という相手の≪本当の望み≫を知っていて。
そうなると、DXは大切に思う相手が≪本当の望み≫を諦めるのが我慢なりません。




竜胆「も… もういい 私は…」
DX「もういいとか言うなよ」
DX「ぶっとばすぞ」
(11巻p148)
元々そういう人間だったのが決定的な事件を経て、ますますそういう人物であることに凝り固まったわけですね。
竜胆「DX!!!」
竜胆「君に…」
竜胆「兄上の何がわかる!! 父上や 家族の -----…」
竜胆「ことを… 知らないくせに--------」
DX「……」

DX「俺はリドのことならわかる」
DX「リドは 家族のために怒るのが 竜と戦うくらい大事だって知ってる」

竜胆「…… まいったな…」
(11巻p153-156)

こう返されたら、竜胆はもう、「まいったな」としかいえないでしょう。
元の言葉は改めて言うまでも無く、「DXは------高名な将軍の息子で火竜と戦ったから そのくらいがたいしたことで 妹や友達のために怒るのはそれよりつまらないことだと思うのか?」 (五巻p75)で。
ここで、そのまま竜胆に返すなら、「家族や友達のために怒るのが」になるところ、あえてDXは「友達の」は口にしなくて。
言わないことが、かえって《言うまでもなく》当然なんだ、という思いをよく示してもいて。
それが分かるから、例えば、「済まない」や「ごめん」と謝ることも出来ません。
DXからすれば、やっと、竜胆に《謝らせないこと》が出来たというところ。




DX「リド…みんな誤解してる どうしてこんなことになったんだよ」
竜胆「私は失敗した」
DX「ちゃんと言えよ」
DX「失敗なんかしてないって」
DX「兄さんの助けになりたかったんだって 言えよ」
DX「自分にはそれだけの力があるって」
DX「うまくいったんだろ」
(中略)
DX「五十四さんは信じた」
DX「多分…竜胆って名前をくれたお父さんも」
DX「俺も信じる」
竜胆「……  兄上に…万一のことがあったら 私がいても意味がない」
(12巻p14-17)
これ、凄く面白いところです。
DXはわかっていて。
そして実は、竜胆が最も分かって欲しかった兄、竜葵もずっと前に分かっていて。
言ってしまえば、竜胆、DX、竜葵の三人の中で一番《分かっていなかった》のはもう、圧倒的に竜胆なんですね。


ただ、竜葵視点での竜胆との間の物語はこの次の日記でまとめて見ていくとして(今度はすぐに続けて掲載します)、まずはDXと竜胆の物語として続きを見ていってみます。


「…彼女のケガについて私が謝っては彼女の誇りを傷つけるから お礼を言います」
(十二巻p35)
この前後の竜胆、《いいよなぁ》と思います。
五十四さんにとって、何より嬉しくてたまらない言葉である筈です。
そして、五十四さんも竜胆も、《口に出さずとも》お互いの思いがこれだけ分かりあえると信じられることが、嬉しく、誇らしいでしょう。
竜胆の成長を鮮やかに映す場面です。


※この漫画、ここまで見てきたように、言葉のやりとりを大事にします。
ですので、≪お互いに言葉にしなくても伝わる関係≫というのがますます掛け替えのないものとしてクローズアップされもします。DXとイオンの関係は、その最たるものですね。


竜胆は六甲にも、彼を大きく後押しする言葉を自然に投げます。
(ここでの本筋と反れるので簡単に書きますが)六甲をニンジャらしくなく扱おうとして、その上で《そんな六甲だからこそ》、

「DXは六甲がいれば大丈夫だね?」
と声を掛ける。
《聖名事件》の後、イオンに、
「六甲がいれば大丈夫だと思ってたのに!」
と言われてしまった六甲にとっては、素晴らしい道標になってくれる言葉です。
……次の日記で詳しく書きますが、引き比べて、《竜葵様、いろいろとご苦労様ですねぇ》とも思わされますけどね。。。


竜胆「すまない 迷惑をかけて」
DX「役に立ったなら褒めてくれ」

DX「……んーーーー 今はまあ それは…いいか」
DX「謝ったりするなよ 首を突っ込んで痛い目にあったのは俺の自業自得」
DX「リドと五十四さんが助かってよかったよ」
竜胆「う… ん」

はい、ここが竜胆の抱えていた問題の核心です。
DXは(うわ、どうしようかな)と悩んだ後、少し切り込んでみていますが、言葉どおり「今はまあ それは…いいか」と《まだ難しいかなぁ》と思ってます。
でも、竜胆はようやくあの《聖名事件》の時の、「ほめられたんじゃないですよ 感謝されたんです」という言葉の意味が腑に落ちて、気づき始めています。
逆の立場になってみて、≪役に立ってくれたよ。よくやった≫なんて言いたくないと分かっています。
友達だから、対等。
《何かをやってくれたから》ではなく、その相手がその相手であること自体がもう、お互いにとって既に価値あることなんだと。


更に、DXは続けます。




DX「竜胆の兄さんとは二度と戦いたくない 俺はさあ 勝てないケンカはしない主義」
DX「逃げて生き延びられるくらいは強いし」
竜胆「(傭兵だな)」
DX「だから守られなくても平気だって思ってる」
竜胆「(そうなのか DXは) …私は」
竜胆「国を追われることも 周りの大人の言い分もどうでもよくて… ただ…」
竜胆「兄に認めてほしくて…」
「だから」と、笑って六甲を見ながら言うDX。
DXが恐れるのは、自分の中に自分が納得できる以上の価値を見て、誰かが自分を犠牲にしたり、他人を傷つけたりすること。
自分のことなら自分で責任を取れるけれど、《自分のために》されたことまでカバー出来ないから勘弁してくれよ、と思う。
《俺は俺の好きなことを俺の責任でやるから、他の人も俺のためなんかでなく、自分のために何かをしてくれればいいのに》と思う。
特に、家族や友人たち、DXが大切に思っている相手には、《自分以上に俺を大切にして欲しくない》と思っている。
≪それが、「守られなくても平気」という口癖の意味なんだ≫と。


そう言われるともう、竜胆としてはもう、兄に言ったように、「守られて死なないだけでいるのは 生きているうちに入りません」なんて、《自分には何かをしなければ価値なんてない》という発想を基にした言葉は返せません。
だから、竜胆は「兄に認めてほしくて…」という、《自分の気持ち》《自分の望み》を言います。
竜胆はようやく、誰のためでもなく自分のために、《自分が何かを望むこと》を認めます。
ここに、DXが願い、(そして後述するように)竜葵が願い続けて来た、竜胆の大きな成長があります。


ただ、その成長があっても、まだまだ解決するべき課題は山積みなわけで。
それをよく踏まえた次のやりとりも実に面白いものです。


竜胆「でも きっとまた… がっかりさせた」
DX「(そんなことないと思うけど)」
DX「…んー リド」
DX「やりすぎたことはどうしようもないけど 足りなかった分はあとで取り戻せる」
DX「いつかここに帰れる日が来るさ 今はアトルニアに行こう」
DX「アカデミーも リドの家だ」
竜胆「…うん」
DX「(竜胆は力が欲しくて命を賭けた)」
DX「(俺は欲しくない力で竜胆を助けた)」
DX「(バランスだ 俺たちに必要なのは)」
DX「(アカデミーで学べるんだろうか?)」
(十二巻p81-85)
・・・DXは、《大切な誰かのために《竜》と戦い、その後になって色々へこみまくったこと》でも、竜胆の先輩ですから。
DXがエカリープの皆を「がっかりさせた」と思い込んでしまっていた後、彼らからどんな反応を受け取ることになったかというと……。
そういうわけで、DXは竜胆が落ち込む気持ちも十分過ぎるほど分かった上で「(そんなことない)」とも思うし、(でも、相手自身に言われるまでわかんないだろうなあ)とも思って考え込みます。
そこから出して来た言葉がまたすこし面白くて。
この時DXの脳裏をよぎったのは多分、ウルファネアに向かう時、父母から貰った言葉。
ファレル「あんたは信用を失くしちゃったの」
ファレル「あんたが自分の命を守らないんじゃないかって不信が 六甲やあんたを不自由にするの」
リゲイン「取り戻すのは不可能じゃない」
リゲイン「お前ならできるさ」
(十巻p136-137)
≪やりすぎてしまって失ったものもお前なら取り戻せると父さんは言った。出来るかどうかわからないけど、やってみなくちゃ。俺が出来るなら、竜胆だって出来る。それにやりすぎたんじゃなくて足りなかったんだから、それならもっと楽だろ≫と。
ここでもDX、頑張って自分の経験を活かそうとしているんだろうと思います。


そして、お互いに理解が深まった二人の関係を綺麗に一度まとめるのが、「アカデミーも リドの家だ」という一言。



竜胆「…DXの部屋でもある」
DX「そうか 次からただいまって言うよ」
竜胆「…私も」
竜胆「そう言える相手ができて嬉しい」
(四巻p46)
この出会いの頃はお互いのことも、それぞれが自分にとってどんな存在なのかも知らなくて。
・・・今は知った上で、DXはその言葉を口にし、竜胆は頷きます。

以前の日記で見ていった、マリオンと火竜との物語の綺麗な円環も美しい構成でしたが、
http://d.hatena.ne.jp/skipturnreset/20081220
DXと竜胆のこの物語も、実に整った構成をしていて、読み返す毎に楽しくなります。

■関連日記■
おがきちかLandreaall』/竜葵様の憂鬱
http://d.hatena.ne.jp/skipturnreset/20081222/