おがきちか『Landreaall』/竜葵様の憂鬱

さて、前回はおがきちかLandreaall』4巻〜12巻におけるDXと竜胆の関係を、主に竜胆視点で振り返ってみました。

○竜胆の物語として四巻〜十二巻を振り返ってみる
http://d.hatena.ne.jp/skipturnreset/20081221/

それでそこそこまとまって≪はい、終わり≫でもいいんですが。
書いている間に、更に「竜葵視点ではこれってどんな話だったの?」という話をするとまたすこし、面白くなるかと思えるところがありました。


※ついでに言えば、≪すでに重い権力と義務を背負っている≫竜葵の覚悟と苦悩がここまできちんと描かれていることは、≪これから権力と義務を背負っていく≫中で初めて本格的に苦闘するアカデミーの面々が描かれる、12巻〜13巻のアカデミー騎士団篇の各々の役割と苦悩の描写に深くつながるものでもあります。


そういうわけで、以下、本題です。



○竜葵・濤の憂鬱


「石頭」だの「頑固親父」だの、散々な言われようだった竜葵様。
でも、この話、竜葵兄さんの立場から見ていくと、なかなか味わい深いものがあります。



まず、竜葵は竜胆の意図と思いをどれくらい分かっていたのか。
実は事件直後にもう、

「竜胆は引き際を見極めて自ら降りようとしていた」
(10巻p160)
と見て取っています。
・・・いいですねー。素晴らしい兄弟の絆ですね、よかった、よかった。


ただ、これがもう、とにかく素直じゃない上に不器用なわけですね。
あと、それ以上に竜葵様、色々と難しい立場なわけです。
後から振り返れば、そんな竜葵様の気苦労と憂鬱がよーく伝わってくるように思えるのが次の場面。



竜葵「(琅螂(ろうとう)は残り4本 3本祓(き)ったか…)」
竜葵「…甘言に弄されたか 苦言に煽られたか 命を惜しまぬ者は愚か者だ」
竜胆「死ぬ気ではありませんでした」
竜胆「守られて死なないだけでいるのは 生きているうちに入りません… ここで死ぬのはそういうことです」
竜胆「生きようとしたので 死を覚悟しました」
(11巻p84-85)
竜胆は7本のうち、3本を祓って《1本多い4本》を《あえて》残しました。
正に「失敗なんかしてない」んですね。これ以上やってはいけない、出来る限りのところまでやり遂げている。
で、これ、竜葵にすれば、それが分かるからこそ、ますます苛立たずにはいられません。


この人からすればもう、≪竜胆が「命を惜しまぬ」こと、「私がいても意味がない」と思いがちなことを、誰よりなんとかしたいと思い続けて来たのは自分だ!≫と言いたいところなわけで。
それに、《誰より先に竜胆の資質を見出して、それを伸ばそうとしたのは自分なんだぞ!》と。


それを、



「己の価値は己で知らねば糧にはならん」
(12巻p41)
とぐっと抑えて来ていたわけです(ちなみに、この1ページは正に竜葵の立場を集約したともいうべきやり取りで、この後延々続けるのは、いわばその解説ともいうべきものです)。
竜胆が自分を尊敬していることは痛いほど伝わってくるだけに、自分が安易に認めてしまっては、《兄の役に立つ自分》としてしか竜胆が自分を認められなくなるかもしれない。それでは意味がない。



事情が明らかになって振り返ってみれば、DXが「褒めてくれると思って」と言われてへこみ、「私がいても意味がない」と聞いて(おいっ!)と思うのに負けず劣らずというか、もうそれ以上に《そうじゃないっ!!》と怒鳴りたい気持ちはよく分かります。


ようするに、竜葵様はDXのシスコンぶりに勝るとも劣らないブラコンであらせられるわけですが、よく出来ていすぎる竜胆はそれを一向に発揮させてくれないという。
その視点から読み返すと、そりゃあまあ、竜葵様、大変です。


・・・継承の儀さえ滞りなくやり、自分が確固たる立場を築いてしまえば、老いぼれ共も竜胆を利用しようと思っても出来ない。
それからなら多少行き違いがあっても、余計な邪魔をされずに竜胆に活躍の場を与え、《兄である自分に認められるまでもなく》、自分で自分の価値を信じられるように見守っていってやれるのにと思っていて。


そんなところに、竜胆が帰って来てしまう。
竜葵にすれば、《もう少しだけ待ってくれれば、自分が状況を変えてみせるのに》と言いたい所です。でも、竜胆のために、それは口に出来ません。
今は《竜葵が継承の儀を何の気懸かりもなく行えるため、どうでもよい竜胆のことなどに煩わされることのないよう竜胆を遠ざけていたのだ》とでも思っていてくれればいい。
いずれ、竜胆は十分過ぎるほど濤家の男子に相応しい立派な弟で《どうでもよい存在などではないのだ》と自覚した後に真意を察してくれればいいし、もしそれが伝わらず自分を恨むようになっても、それが竜胆が自立する助けになるなら、それでもいい。


・・・多分、そんなことを思っていたのに、竜胆は既に竜葵が自分の価値を高く認めているなどとは期待すらせずに、《認められるに足る力があることを証明しなくては》と性急な行動に走ってしまう。
そこに(ちょっと待て!)と駆けつけようとすると≪ニンジャ風情≫に邪魔され、あまつさえ、

「自分の命などとるに足らぬと思っている弟君をお望みか!」
(10巻p111)
とまで言われてしまって。
・・・ここで竜葵様、もうよくよく自分の思いが理解されないことには慣れているのでキレてしまいこそしませんが、(下郎風情に何が分かるか)という思いもあり、ズンバラリンとやってしまう。
すると今度は、竜胆がその返り血をきっかけに切り倒されたニンジャに気づいたことで大きく心を乱し、誰より大切なただ一人の弟が窮地に陥ってしまう。
竜葵様、踏んだりけったりです。


ですので、ここでもう一度場面を戻しますが、

「…甘言に弄されたか 苦言に煽られたか 命を惜しまぬ者は愚か者だ」(11巻p83)
というのはもう、竜葵にすればきっと、せいいっぱい譲歩したところで。
本当は、《ニンジャは信じられても、この兄は信じられないのか!》とでも怒鳴りたいところでしょう。
そして、
「守られて死なないだけでいるのは 生きているうちに入りません…」
「ここで死ぬのはそういうことです」
(11巻p84)
という竜胆には、竜葵様、それはもうさぞ気落ちなされたことでしょう。
必死に剣を修行していた竜胆、自分をよく抑え、周りの有象無象に付け入る隙を与えなかった竜胆をよく知っている竜葵からすればきっと、《お前が「守られて死なないだけでいる」人間だなどと、誰が言ったか!》といいたいところでもあって。


そんな中、竜葵はどこまでも自分を抑え、竜胆に国を背負う濤家の男子としての心得を説きます。

「…お前の覚悟に巻き込まれたものがいる」
(11巻p85)
《自分の行為が何を招くか考え、何があろうと起こったことに責任を取る。そして、《取り切れる》ように行動するのがお前の役割なのだ》と。
これって勿論、《お前はその役割を受け止め、果たせる人間だ》と認めているからこその発言です。


竜葵は竜胆の思いに応えてやりたい気持ちを抑え、≪自分の命を軽んじ、守りきれると配慮した部下を守りきれていなかった竜胆を窘(たしな)めなければ≫という義務を優先します。


・・・まぁ、ある意味似たもの兄弟ではあるわけですね。つまり、抑え過ぎなわけで。
改めて見ていってもそりゃあ≪アンタもまぁ、せめて、竜胆の気持ちが分かっていることを匂わせる程度には何か言えないんかい≫とでも突っ込みたくなるところ。
※例えばDXが後でこの時の話を聞きでもすれば、≪だったら怒鳴ればいいのに≫とか言いそうなところではあって。
それがひょっとすると対応として概ね正しいのかもしれないというのが、大変微妙だったりもします。

しかし、とはいえ、竜胆の止めの一言はエグい。

「私にとっては… 家族と同じでした」。
(11巻p86)
・・・なんというかまぁ、竜葵様、報われませんね。。。



さて、そのやりとりはこの問題に、どこの何者とも分からない子供が飛び込んで来てからのもので。
ソイツは結界を通り抜けたり竜気の感じられる剣を持っていたりと、その背景も不明な上、何をやり始めるか分からない。
竜葵は竜胆の意図に関わらずその行為が反逆だと看做されることを避けるべく苦慮すると共に、国を背負い、儀式を問題なく行う義務がある立場から、何者にもそこに付け入られるわけにはいきません。
ここで身元不明の子供に頼ることは勿論、真意を明かすことなど出来るわけもない-----真意とやらがそう簡単に伝わってくれるようであれば、竜胆も自分も苦労などしない------という考えになるのは相当程度、仕方の無いところです。


そこで竜葵は覚悟を決め、竜胆を(竜葵に出来る範囲で)助けようと決断します。

「しかし 濤家の問題は濤家のものだ」

「濤家が基(もとい)は五領の大儀」
 千睡琅(センスイロウ)と領民の命
 そして竜胆 お前の命…」
「全てを引き受けるのが
 当主の覚悟と知れ」
(11巻p116-118)
前日に竜胆に説いた、「お前の覚悟に巻き込まれたものがいる」の台詞とその前後と合わせて考えると、竜葵の思いと立場が分かりやすくなると思います。


・・・さて、ここで。
その闖入者はこの国のためにも竜胆のためにも正に揺るがぬ権威が必要とされる局面で、真正面から楯突いて来た上、



「友達を救うのに権利なんかいるか」
(11巻p128)
と啖呵を切り、迷わず果敢に行動して来てしまいます。


・・・ここでははもう竜葵としては、力で黙らせるしかないでしょう。
それが出来るものなら竜胆のために動いてやりたくてたまらない兄としては、聞いてしまえば迷わないとは言い切れない。しかし、大きく不安定になってしまっている国を背負う立場として、どこの誰とも分からない相手の話しを聞き、今自分が動揺するわけにはいきません。
毅然とした揺るがぬ姿勢を貫いた上で竜胆も解放し、いずれ儀式も見事にやりおおせてみせてこそ、国を守り、竜胆を危険と見てこの際排除しようとする動きを封じることが出来もします。
竜葵としては、《自分以外に、誰がこの責務を引き受けるだけの力と覚悟があるか》と言いたいところです。


だから、DXがその身分と責務を明らかにしたことで、竜葵としても、相手の話を聞ける状況が初めて生まれたということになるわけです。
そして、そうなった時、竜葵は問答無用で相手を黙らせられたにも関わらず、内政干渉を受け入れるリスクを侵してまで相手の言葉に耳を傾けています。
これは一国の命運を預かる竜葵としては相当重い決断です。


これは例えば事態を見守る満月、竜胆、五の一(いろいろ察しがいい竜葵付のニンジャ)などにとっては、その決断の重みが分かるがために大きな驚きであり、



五の一「上さま…」
(12巻p9)
《それが迷わず出来るくらい、竜葵にとって竜胆が大切な存在なのだ》という何よりの証拠でもあります。


まぁ、まだ権力の重みを引き受けていないDXに比べ、竜葵様は色々と動きづらくて大変、というわけです。


※なお、一方で同じく既にそれぞれの立場を引き受けているウールン公主や玉階アニューラスは折に触れて権力を持つ立場の心得を語ります。例えば、ウールンの次の台詞は、竜葵が竜胆に説いた心得と大きく重なるものです

「王族の義務は己のために死なぬこと
民のために死ぬことじゃ」
(12巻p61)
もう一方では後でDXが触れるように、竜葵と竜胆の関係はDXと六甲とも結構重なる部分があったりはするわけです。
・・・でも、それでも二人の距離は随分と遠い。
そのギャップが諸々、面白いところでもあり、DXが今後埋めていかないといけないところでもあるんだろうな、と思えます。


・・・で、そんな中での竜胆の言葉がこちら。



「言っても 誰にも信じてもらえなかった」
「…近付こうとすれば」
「兄上や満月さまに疑われると諌められ
 離れていれば逃げるなとけしかけられる」
「私がどう考えていようと-----」
(12巻p15)
この「私がどう考えていようと----」は、
竜胆「五の十四に私は 命を捨てるなといいました」
竜葵「主がどう思おうとニンジャは己を人とは思わん」
(11巻p86)
という諌めを受けての言葉でもありますが、こう言われてしまうと竜葵としては立つ瀬がありません……。


ただ、それでも。

竜葵「まだ私に不安があるか」

竜胆「いいえ」
竜胆「兄上」
(12巻p26-27)
この二言だけで、竜葵はもう、全て報われた思いでしょう。ああ、ブラコン万歳。
まぁ、だから。弟の恩人を打ち捨てて転がしておいているのも、ささやかな復讐として微笑ましくみておきたいところ。実に暖かい場面です、はい。


≪------そんな子供よりも何よりも先に、お前には誰よりも信じるべき兄がいるだろうが≫と。


気持ちのままに動くことがそれはもう、出来なくて出来なくて出来ないでいた竜葵様の、せめてもの勝利宣言です。


良かったですね、竜葵様。


・・・まぁ、でも。


竜胆「でも きっとまた… がっかりさせた」
DX「(そんなことないと思うけど)」
(十二巻p83)
先はまだまだ長そうですね。はい。


・・・しかし、竜胆が帰国した直後、自分の怒りにも怯まず、

「私の意思で戻りました」
「ここは私の家です」
(9巻p101)
ときっぱり口にしたことは嬉しかったでしょう(だからこそ《自分の家》なのに兄を頼ってくれないことには深く傷つき、苛立ちもしたのでしょうけれど)。


そして。

竜胆「…私は愚かです」
竜葵「お前は子供なだけだ アトルニアで何を得た」
竜胆「…何かを得ようと望むことを」

竜葵「これから何を得る」
竜胆「…」
竜胆「国…」
竜胆「国が…新しくなります それを見て参ります」
(12巻p78-79)
再度の出発に際して投げ掛けた自分の問いに、はっきりと自分の意義と目的、未来を見据えた言葉を返したことに竜胆の確かな成長を感じとって、誰よりも嬉しく、誇らしく思ったでしょう。



ただ、これまでにせよこれからにせよ、その成長については相当程度、≪対等の友人≫たるDXに託さざるを得ないわけで。
それこそ六甲ではありませんが、「(お察しします)」(12巻p42)というところ……。
「あれは旋風鳥(パクラワ)の雛だ」(12巻p56)と認めざるを得ないだけに、信頼は出来るものの、だからこそなおさら忌々しい。
兄心(?)はフクザツですね。
竜葵様の憂鬱は随分と晴れはしたものの、形を変えてもうしばらく続きそうです-----がんばれ、竜葵様。


ただ、この件は竜葵にとってもただ嬉しいというだけでなく、≪これで更に≪先≫を見据えられるようになった≫ということでもあり。
つまり、儀式を問題なくやりおおせるだけでなく、完璧にやり遂げて自身は竜哭に上がる(ウルファネアの王になる)。
そして竜胆には、竜葵が強烈な覚悟と自負を込めて守ってきた濤領の主の座を。


しかしまぁ、事件を経たことで竜胆への期待と信頼はここまでのものになったのに、口に出しては「お前は子供なだけだ」ですから。まぁ、なかなかに面白いお兄さんですね。