九井諒子『竜のかわいい七つの子』感想

九井諒子作品集 竜のかわいい七つの子 (ビームコミックス)

九井諒子作品集 竜のかわいい七つの子 (ビームコミックス)

竜のかわいい七つの子』は絵柄においてもストーリーにおいても多彩な魅力に満ちた第一短篇集、『竜の学校は山の上』に続く第二短篇集です。


こちらも全篇、絵柄、題材、展開いずれにおいてもバリエーション豊かなまるごと全部おいしい作品になっています。
表紙の発色や手触り、カバー裏、中表紙、目次と隅から隅まで丁寧に作られた、手に取ると愛着が湧く一冊です。
なお、現在「第六話「子がかわいいと竜は鳴く」がまるごと試し読みできますので、未読の方はまずはそちらがお勧め。

「子がかわいいと竜は鳴く」試し読み
http://natalie.mu/comic/pp/kuiryoko/page/3


以下、個別の作品についてつらつらと。
紹介というより「こういう風に読んでみて、面白かったよ」という報告なんですが。


表紙の背にもいる第五話「金なし白祿」の虎。
実物をみずに描いたといわれる金毘羅宮の応挙の虎(とても猫っぽい)がベース(だと思います)なので鳴き声も「にゃーん」(p181)になるようで。これがもう、とてもかわいい。
表紙の背 p181
「応挙 虎 金毘羅宮 表書院」と検索したりすると元絵の数々(多分)が出てきますから、比べてみるとより楽しいかと思います。
例えば、中でも一番有名な「水呑みの虎」の右の虎↓とか。
円山応挙「遊虎図」より。


第六話「子がかわいいと竜は鳴く」のp228、ヨウのあきれ顔がいいなあ、と。
残酷なルールの中で酷薄な判断・選択を迫られ続けている人物が、そこから(一時でも)逸脱する場面です。
それに続くコマの枠線を大きく踏み越えて崖を飛びおりて離れるヨウの姿がとてもいいと思います(p227最後のコマのジャンプと「離れる」度合いの差が飛びおりの描写の差にそのままなっています)。
p228  p227


一方、p226中ほど「……無意味なことだからだ」のヨウの目、表情の描き方は作者が登場人物に≪人の理から外れた道理≫を語らせるときの特徴的なもの。p214左上、兵士たちの前で正体を顕す場面でも似た表現があります。
p226 p214
この一冊はどの作品でもオチの温かさの印象がとても目立ちますが、そういう視点、表現も強みとして持っている作者さんです。


第四話「狼は嘘をつかない」。
冒頭の育児漫画パロディからの趣向が好きです。そこからああ展開してああ落とす。
例えば須藤真澄の架空博物館案内漫画「全国博物館ルポ」(『あゆみ』収録)、アシモフの「再昇華チオチモリンの吸時性」(『母なる地球』収録)、シュテンプケ『鼻行類』のような楽しさ。傑作だと思います。


そして第三話「わたしのかみさま」のタイトル提示ページの八百万大行進(p96)、p109の集合住宅のわんこ神。
もう、この絵、いいですよね。ひたすら、いいです。大好きです。


最後に表紙折り返し右、超能力双子妹の見えそうで見えな……いや、なんでもありません。


こんな感じで、人によって、実にいろいろと好きなところが見つかり、大いに楽しむことができて。
そして、自分なりの味わい方を人に伝えたくなる短篇集だと思います。