『WHITE ALBUM2』ネタばれ感想その5〜北原春希の言動・選択を家族問題のトラウマとその影響を重視して考えてみる(中編)

2012-11-18
WHITE ALBUM2』ネタばれ感想その4〜北原春希の言動・選択を家族問題のトラウマとその影響を重視して考えてみる(前編)
http://d.hatena.ne.jp/skipturnreset/20121118/p1
2012-09-27
WHITE ALBUM2』ネタバレ有り感想その3〜雪菜・春希・かずさを結ぶ三つの基本的な構図
http://d.hatena.ne.jp/skipturnreset/20120927/p1
2012-09-21
WHITE ALBUM2』ネタバレ有り感想その2〜雪菜とかずさの八日間
http://d.hatena.ne.jp/skipturnreset/20120921/p1
2012-09-20
WHITE ALBUM2』ネタバレ有り感想その1 〜「ゼロから once again」
http://d.hatena.ne.jp/skipturnreset/20120920/p1

に続くネタばれ感想。

※2014-12-25
WHITE ALBUM2ミニアフターストーリー』、ネタバレ感想
http://d.hatena.ne.jp/skipturnreset/20141225
を追加。


[4]なぜ、あんなにもかずさが一番なのか(後編)


まずは前編のまとめ。


春希は家族問題、特に母親との「相互不干渉」を大きな欠落として抱えている。
病的なまでのお節介焼きとなったのも、おそらくかなりの部分がそれによるもの。
北原春希にとって、その欠落をぴったり埋める存在として冬馬かずさは明らかに小木曽雪菜よりも大切な存在だった。
しかし、春希・かずさ共に相手に向ける自分の思いに疑いはなくとも、各々が自分を激しく嫌うがために、相手に愛されていることを信じる事ができず、相手の言動・思いについても誤解を重ね続け、踏み出すべき一歩を正しく踏み出すことができなかった。
また、二人ともが自分たちの望み……欲望は「正しくない」と感じ、「正しい」雪菜への憧れを抱えていた。
そして、踏み込めなかった二人だからこそ、踏み込んだ雪菜の思い……その告白を自分たちのそれよりも尊重すべきだと思おうともした。


それを踏まえて後編ではまず、春希が一度思いに応じた雪菜を裏切るに到る心情についてみていく。


春希は性格的にも背景的にも、一度寄せられた思いに応えた相手を簡単に裏切ることが出来るキャラクターではない。
まず、考えに考えた上で、できるだけ誠実に振る舞おうとするのは春希の地の性格でもあるだろう。
そして、自身が両親の別れによって深く傷つけられた人間である以上、一度結んだ関係を壊すなどということは、彼にとってタブー中のタブーということになる。
だから、雪菜が交際成立後に執拗に持ちかける「三人」での時間(かずさは後にそれを「拷問」という。その通りだろう)を過ごしても、雪菜の方を向き続けることを選び、その延伸として、雪菜の誕生日パーティーをあえて早めて二人で祝おうと提案もした。


それがなぜ、裏切りに進んだか。


結論からいうと「春希だからこそそうせずにはいられない」特製の煉獄を物語の作り手に入念に整えられてしまったから。


雪菜の誕生日を祝うべき日に、春希はかずさの母、冬馬曜子と出会う。
その出会いが引き金となる。
会ってしまい、その話を聞いてしまったがために。
春希は雪菜を置いて、空港までかずさを迎えに向かってしまう。


以下、長く引用。


※下記引用では春希の家族のトラウマに特に絡まない部分を「(中略)」として省いている。
ここで本編の該当箇所と引用を比べてもらうと「いかに中略部分が少ないか=この裏切りにおいていかに家族トラウマが強調されているか」が分かるかと思う。

唯一の救いは…
雪菜が今、独りぼっちじゃないってこと。


俺がいなくても、家族の皆が、
彼女の寂しさを和らげてくれるだろうってこと


(中略)


「曜子さんに、会った」
「喋ったのか?母さんが…?」
「思ったよりずっと普通で、ずっといい人だった。
かなりほっとして、ちょっと拍子抜けした」


『娘のボーイフレンドと話すのは初めてだから
結構緊張してるのよ』と言われたときは、
一瞬、からかわれてるのかと思った。


「あたしも、自分の母親があんな人だってわかったのは、
つい最近のことだよ」
「みたいだな」


学園祭のとき、冬馬の母親は、
わざわざ娘の演奏を聴くために帰国した。


それも、コンクールでもコンサートでもない、
ただの余興のために。


「やっぱ歳取ったな、あの人も。
昔みたいに周りを全部敵に回すような
パワーがなくなった」
「そうなのか?
…見た目は化け物級に若いままだけどな」
その時に、二人の間に何があったかは、
詳しく話してくれなかったけど…


それでも、何らかの誤解は解け、
いくばくかの絆は回復したみたいだった。


「あんな母親をずっと憎んでたなんて、自分が情けないね。
ホント、気づいてみればただの痛い勘違い娘だ、あたし」
「冬馬…」


(中略)


それは、元はと言えば、
冬馬曜子が提案したことだったらしい。


冬馬の卒業とともに。
母親の活動拠点の移動とともに。


二人で、オーストリアに一緒に住もうって。


そのために、母親は現地で新しい一戸建てを探し、
冬馬の教育環境を整え、一度は諦めたはずの、
あの、辛くて厳しい英才教育を再開しようって。


三年間放っておいて、
いきなりそれはないんじゃないかって…
ちょっとだけ、あの冬馬曜子に言ってしまったけど。


けれど彼女は、かつて冬馬を見捨てたことをきちんと認め、
その上、今の冬馬の才能を、はっきりと認めた。


「…どこ行くんだ?」
「タクシーで帰る。
ここまででいいよ」
「駄目だ。
一緒に雪菜のところに行くんだ」
「疲れてるって言ってるだろ?」
「なら電話しろ。
冬馬が話すんだ」
「………」
「おい、待てよ冬馬!」


でも、そんなことよりも大きかった衝撃は、
冬馬が、自分の意志で、母親の提案に従ったこと。


反抗する権利を与えられていながら、
最後まで、行使することはなかったって、こと。


(中略)


「ごめんな、北原…」


最後に泣きそうな顔で、
俺に向かってまでも謝って。


だけどその謝罪は、
俺に向けられてるように見えて、
やっぱり雪菜だけを気遣っていて。


そんな冬馬を、俺は…


「え…?」
「ごめんなさい。
乗りません」


その、上げていた右手の手首を掴み、
強引に歩道に引き戻す。


(中略)


「どうして…
どうして俺の前からいなくなろうとするんだよ!?」
「っ!?」


そして…
常識的に言っていいことと悪いことがあるとすれば、
間違いなく後者に分類される言葉を吐いた。
とうとう、自分の気持ちと正直に向き合ってしまった。


「どうして俺に一言の相談もなく?
どうして、どうして…っ、冬馬っ!」


『雪菜に嘘をついた』ことじゃなく、
『俺から離れようとした』ことに、ブチ切れた。


「俺ってその程度なのかよ?
お前にとって、そんなもんだったのか!?」


そして、俺から離れようとするだけでなく、
用意周到に、俺の思い出まで挽き潰していくような、
その冬馬らしくない態度が、許せなかった。


「………」


冬馬の困惑と怒りが、表情からすうっと消えていく。


俺が熱くなればなるほど、その顔に白さが増し、
なにもかもが、無に帰すかのように冷めていく。


「答えろよ…っ」


だから俺も、リアルタイムで青ざめていく。


ぶつけていた強い言葉も、どんどん力を失って、
尻すぼみになっていく。


『あ、駄目だ。俺やっちまった。おしまいだ』って…
嫌でも、そんな冷たい理解が冷たい汗に形を変え、
背中を這っていく。


だから…


「お前は…その程度だよ」
「〜っ!」


その言葉を聞いた瞬間、
口の中に、鉄錆臭い味が広がった。


「その程度だから、なんにも言えないんだ」


当然続くはずの痛みは、
もう、痺れてしまって感じることもできなかった。


「海外に行くことも、離ればなれになることも、
あたしがどんな気持ちを抱えてるかも言えない。
…お前はその程度の奴なんだよ」


「意味わかんないって…
友達じゃ、なかったのかよ、俺たち…」


「友達でなんかあるもんか。
言いたいことも言えない奴のどこが友達だ?」


「笑うなよ…」


さっきまで冬馬を睨んでた目が、
今は道路の一点を見つめてる。
笑ったまま、冬馬に叩き潰されて、
俺の行き場のない思いが、本気で行き場を失い、
目から溢れ出そうになる。


「あ〜、馬鹿馬鹿しくなってきた…
なんであたしがこんなふうに言い訳がましく
ヘラヘラしなくちゃならないんだ?」


「だから、笑うなって…」


「なにが『俺の前からいなくなろうとする』だ…
よくもまぁ、そんな痛い台詞が口から出るな。
北原、お前、何様のつもりだ?」


「やめろよ…」


零れる…


馬鹿みたいな俺の勘違いが、
足下に、染みを作る。


友達でもない、ただの知り合いに、
ズタズタにされて。


雪菜には家族の絆があることが、裏切る自分にとって唯一の救いと春希は思う。
裏を返せば、どれだけ春希が家族の絆に憧れているかということ。


そして《親に捨てられた子ども同士》というのは春希とかずさの大きな繋がりの一つ。


学園祭前、「届かない恋」の作曲に入れ込みかずさが倒れ、看病に入って二日目。
ひたすらに春希から離れないことを求めるかずさは以前一言だけ口にして話題を逸らしていた、母親に「見切られた」話をしていて。
それに対する春希の思いが以下の通り。

冬馬のお母さんは、
冬馬を悲しませたことに対して罪がある。


彼女を『世間的に悪い子』にしてしまった責任がある。
だって、親なんだから


(中略)


誰にでも、色んな事情がある。


家のこと、家族のこと、友達のこと…
人と比べて自分を慰めたり、余計に落ち込んだり、
足掻こうとしてかえってドツボにはまってしまったり。


そんな、誰もが持ってる『自分だけの事情』って、
本人的には生きるか死ぬかの問題だと思ってても、
端から見ると、実は大したことなかったりして。


しかし、この日に曜子と会って春希が知ることになったのは、かずさはもう、母親と和解していたということ。
娘の「余興」のためにわざわざ帰国する母親。
誤解が解け、回復された絆。
「気づいてみればただの痛い勘違い」だったと語るかずさ。
母親からの提案で始まろうとしている辛くて厳しい、でも、それだけに深く触れ合うことになる英才教育。
母親は、過去をしっかりと見据え、認めた上で、改めて娘を認めた(「かつて冬馬を見捨てたことをきちんと認め、その上、今の冬馬の才能を、はっきりと認めた」)。
娘は、過去にこだわって反抗する権利を与えられながら、自分の意志で母親と絆を結び直すことを選んだ。


北原春希は心を強く寄せた相手に「見捨てられる」という状況には常に劇的な反応を示す。
その状況でしかみせない壊れかたを、必ずしてみせる。作中において、例外はない。
相手の都合も心情も良識もなにもかも振り捨て、子どものように拗ね、怒り、一方的に責め立てる。


たとえば、cc千晶ルート12月30日。
これまでずっと春希ひいきだった雪菜からはじめて拒絶された(雪菜TRUE ENDルートでかずさとの酔いつぶれながらの会話「今、かずさがそう思うのは、初めて自分が拒絶されたからだよ。…今回だけ選ばれなかったからだよ」「いつもいつも、かずさを抱きしめてた春希くんが、いきなりかずさを突き放したから…だから、根に持ってるだけだよ」対応する反応)クリスマスから、千晶にすがった春希がとことん千晶に溺れ続けて数日後、目覚めると千晶の姿が見えなかった時。


たとえば、cc麻里ルート年明け。
やはりクリスマスから麻里に心を寄せた後、年末出張に《置いていかれた》と感じ焦燥に焦燥を重ね、休むこと無く働き続けずにはいられなかった春希の姿。
そして、麻里に自暴自棄の勤務を見ぬかれ、マンションに連行されての暴発。



春希のこの異常は、父親に、そしてその後春希の心情としては母親に「捨てられた子ども」としてのトラウマによるもの。
常に人の問題を解決すべく首をつっこみ、結果的にうまくいかなければ自分を責めてばかりの北原春希が「置いていかれる」というただ一つの状況においてだけは、それと真逆の反応を必ず示すことに理由がないとはとても思えず、あるとするならこれをおいてないだろう。


その春希がここでは二重の意味で置いていかれるのだと思い込む。


もうすでに「帰るべき場所」となっていた誰より愛する相手が、自分を置いていく。
同じ「捨てられた子ども」としての痛みを共有していると思った相手が、勝手に和解を終えて自分を置き去りにしていく。
それも《自分よりも母親を選んだ》のですらない。だって、かずさの言葉は雪菜だけを気遣っている。
しかも、《自分が愛し、憧れたカッコいい冬馬かずさ》すら、これまで見たことのない、卑屈な笑みを浮かべた「俺の思い出まで轢き潰していくような、冬馬らしくない態度」で壊していく。


こうして、あまりにも重ねられすぎたトラウマの痛みが必然的に春希に最低の言葉を口にさせる。
自分に裏切られ傷ついた雪菜を思いやるのでも、「愛しているから残ってほしい」とまず己を差し出しての告白でもない。
あまりにも春希に似合わない、でも、春希だからこその、ただ一方的な糾弾。

そして、春希は自分が言ってしまったことの最低さにふさわしい、当然に続くだろうと思えたかずさの言葉に打ちのめされる。
自分はとことん置いていかれる。
それは大切な母親と比べて捨てられたのですらなく、はじめからわざわざ去って行く事を伝えるまでもないくらいの程度の価値のない存在だから。


しかし、春希にとってそれは本当の煉獄、逃れられない魔女の呪いの序曲でしかなかった。
本編は直後に続いたかずさの台詞で幕を開ける。

「そんなのはなぁ………っ、
親友の彼氏に言われる台詞じゃないんだよ!」
「っ!?」
「あたしの前から先に消えたのはお前だろ!?
勝手に手の届かないとこに行ったのはお前だろ!」
「え…」


ふたたび目を上げると…
そこには、俺が零しそうになっていたものが、
もう、とめどなく溢れていた。


信じられないことに、冬馬の瞳から。


「手が届かないくせに、ずっと近くにいろなんて、
そんな拷問を思いついたのもお前だろ!」


冗談でも、なんでもなく…


こんな言葉と態度を、冗談でできる奴なんか、
この世にいるわけがないって、信じられるくらい。


「なのに、
なんであたしが責められなきゃならないんだ…?」


その震える口からこぼれる言葉と、
その歪んだ表情から溢れる感情が、
冬馬の叫びと同調していく。


「あんな…毎日、毎日、目の前で、心抉られて…
それが全部あたしのせいなのかよ…酷いよ…っ」


それでも…


「冗談………だよな?」


俺の口は、相変わらず冬馬の言葉を否定する。


「まだそんなこと言うのかよお前は…」
「だって冬馬…お前、俺のことなんかなんとも…
俺だけが、俺だけが勝手に空回りして、
変に諦めきれなくって、情けないなって…」


だって、否定しなければ…
逆に、今までの俺の決断が全部否定される。


「だから俺…せめて誠実にだけはなろうって。
雪菜にも、冬馬にも、嘘だけはつきたくないって」
ずっと、冬馬のことを想っていたことも。
雪菜に、あっという間に惹かれていったことも。
「雪菜が告白してくれた時だって、
冗談だろって言いそうになったけど…
それでもものすごく真面目に考えた」


雪菜の歌声に引き寄せられたことも。
冬馬の演奏に身を委ねていたことも。


「けど、雪菜のこと、好きか嫌いかなんて聞かれたら、
そんなの考えるだけ無駄だろ?好きに決まってる」


じゃあ、どっちが一番かなんて聞かれたら、
本当は、結論が出てたってことも。


「そう言ったら、雪菜はまた冗談みたいに喜んでくれた。
それで、さすがに本気なんだって、気づいた」


だけどそんな、自分の勝手な思い込みよりも、
思いをぶつけてくれる相手の言葉の方が
強くて尊いって、そう信じたことも。


「それでもやっぱり、冬馬にも嘘はつきたくなかった。
だから、冬馬には一番に知らせた」


何も言ってくれなかった相手には、
俺の思いは届いてないんだって、
そう信じてしまったことも。


「あたしに最初に言うことが誠実なのか…?
そんなののどこが誠実なんだ?」
「だって冬馬………俺たちのこと、認めてくれるって」
「人を傷つける事実を堂々と相手に押しつけて、
それで自分は誠実でしたってか?」
「傷ついてるなんて知らなかった。
だってお前、いつも通りだった…」
「そんなの、女の扱い方を何も知らない、
つまらない男の無知じゃないか」
「そうだよ、俺はそういうつまらない普通の男だよ。
冬馬みたいな奴が振り向くはずのない…」
「そんな女のこと何も知らない奴が、
あたしの想いを勝手に否定するな!
あたしがつまらない男を好きになって何が悪い!」
「そういうことは最初に言ってくれよ!
俺なんかにわかるわけないだろ!?」
「言えるわけないだろ!
雪菜がもう言っちゃったのに…
雪菜を傷つけるってわかってるのに…っ」


「自分の勝手な思い込みよりも、思いをぶつけてくれる相手の言葉の方が強くて尊いって、そう信じた」
「何も言ってくれなかった相手には、俺の思いは届いてないんだって、そう信じてしまった」


二つのくだりは春希と母親との相互不干渉とのトラウマと絡めた時、俄然、重みを増す(春希がかずさのキスに気がついていさえすれば、あるいは、その後にかずさが逃げなければ。未来は当然に大きく変わっていたということにもなる。codaでかずさが第二音楽室で試みた「やり直し」の重さにもつながる)。


ここであえてより大胆に、もう推測だ解釈だ考察だというより、憶測として踏み込むならば。
ここ周辺の一字一句は、春希とかずさの関係を春希と母親とのそれに重ねて考えることも可能だと思える。


○春希の拗ねた言い分。


自分は母親が好きか嫌いか。母親は自分が好きか嫌いか。本当は、結論が出ている。
でも、何も言ってくれないから、勝手に自分の思いは届いていないし、相手の思いも否定することにして。
後で関係を「伝統芸能みたいに確立された」というように。
「いつも通り」が続いたから「傷ついてるなんて知らなかった」。
最初に言ってくれないとわかるわけがない。
そうだよ、愛されていた、今も愛されている子どもなんかであるわけがない。


○その反論。


母親の気持ちなんかわかっていない(わかろうともしない)無知でしかない。
母親が息子を愛して何が悪い。
でも、言えるわけがない。
まだ小学六年生の息子に醜い争いをみせ、離婚して、どうしようもなく傷つけてしまったのがわかっていて、言えるわけがない。
そんな中で普通の母親なら褒めるしかない優等生を演じ、親が助けるべき隙一つみせず、なにもいわずに、でも明らかに傷ついてすぐ側にいる。
そんな拷問を考えだしたのはお前だ。
傷つかないわけがない。


あえて暴論を承知で書いた上記を踏まえると。

だって、否定しなければ…
逆に、今までの俺の決断が全部否定される。

ここで全否定されたのは、かずさと雪菜に対する選択だけではない。
春希の「最大の暗部」である母親との関係についても≪悪いのは母親ではなくお前ではないか≫という告発となりえる(あくまでやたらと自罰的な春希視点では。客観的というか、個人的な感想をいうなら「いや、やっぱり比較すれば母親の方がずっと責任重いよね」と思う)。


ここで春希がその重なりを意識しているかどうかというと、意識していないだろう。
当人が意識することすら抑圧するからこそのトラウマだ(トラウマで働く防衛機制)。
それは、他者からの指摘でも自分で気にせざるを得なくなった場合でも共通して、春希が必ず母親との関係について「大したことではない」と言うことからも明らかで、この作品に置いてトラウマがきちんとトラウマとして描写されていることを示すものでもある。
そして、意識せずともそれに関わる事柄は無意識の深層において強力無比に作用し、決定的にその選択を左右する。


ちなみに作中のトラウマ描写といえば「雪が解け、そして雪が降るまでの以下の地の文での説明も面白い。

今のところ、かずさ本人は単なる好みの変化と気にも留めていない。
けれどもし、カウンセラーか精神科医が彼女を診察したならば、その心の闇が味覚に深刻な影響を与えていたことに気づいたかもしれない。
本人の知らないうちに、かずさの脳はずっと前から悲鳴を上げていた。
味覚にくらいは刺激を受けたくない、と。
舌先にくらいは痛みを感じたくない、と。

閑話休題
北原春希はここで、小学六年生の時の親の離婚から今に至るまでに重ねてきた選択、その生き方の全否定をされた。
その傷跡の深さは察するにあまりある。


しかし、更に話は続いていく。

俺の胸と頬を、激しい拒絶の意志が貫いた。


「はっ、はっ、はぁぁ…っ」
「と…冬馬…?」


胸を思い切り突き飛ばされ、
次の瞬間には、頬を思い切り引っぱたかれてた。


どこまでも明確な、拒絶の意志。


「ふざけるな…ふざけるなよっ」


もう遅いって。


「冬馬、俺…
俺はお前のことがさぁっ!」


今の冬馬は、
もう俺のことを振り返ったりはしないって。


「なんで…」


俺なんか、眼中にないんだって…


「なんでそんなに慣れてんだよっ!」
「………ぇ?」


そう、言ってくれればよかったのに…


「雪菜と…何回キスしたんだよ!?」


なのに、冬馬の口から出た言葉は…


「どこまであたしを置いてきぼりにすれば
気が済むんだよ!?」


信じられないくらいの悲しみが籠った、
心からの嫉妬、だった。


「心からの嫉妬」は突きつけるのは、冬馬かずさは春希の「母親(の代わり)」ではないということ。
かずさは春希を愛する「女」なのだということ。
だからこそ春希にとって母親よりも大切な、たった一人の誰よりも愛する相手なのだということ。


こうして春希を徹底的に打ちのめして、かずさは去っていく
春希は衝撃の中その場で雪の中で立ち尽くして、無意識のうちに雪菜に助けの電話を入れ(この心理が極めて面白い。次の日記で触れる予定)、自宅での看病に。
そこでの会話の一部。

「わたし、そろそろ帰るね。
お父さんたちも帰ってくる頃だし」
「…どこか出かけてるの?」
「………う、うん。
ええと、朝からみんなでショッピングモールに。
そう、買い物して、食事して、映画見るって…」
「そ、か。それもごめんな。
雪菜も行くはずだったんだろ?」
「い、いいんだよ。
もう、今さら家族みんな揃ってってのも恥ずかしいし」


そんなの嘘だ。
雪菜に…小木曽家に限って、そんな断絶はない。


雪菜は、俺のために無理をしてる。
こんな、裏切り者の俺のために…


結局、春希は高熱で二日間寝こむ。
学園祭前のかずさを看病した二日間と対比する時、雪菜にとっての残酷さが際立つ。


ここで春希が雪菜を包む家族の絆を改めて思ったことには、二重の意味がある。
無意識に、春希は「だから雪菜を裏切っても助けはある」という言い訳を得ていただろうこと。
そして「自分なんかが雪菜と一緒に、その温かい輪の中に入っていっていいのか」とも思っただろう。


そして春希とかずさは顔を合わせないまま日々は流れ。
以下の引用は2月14日、かずさが告げる別れの言葉。

「親孝行、してくる。
これからは、雪菜みたいないい奴になるんだ、あたし」
(中略)
「だから…いつかまた、三人で会おうな?」
「かず、さ…」


それは、今でも雪菜が求めていること。
そして、かつて俺が求めていたこと。
けど冬馬…
お前、今、その言葉信じてないだろ?
ただ、信じ込もうとしてるだけだろ?


「ずっと一緒って訳にはいかなくなったけど…
それでも雪菜と北原は、今のあたしにとって、
かけがえのない、たった二人の友達だから」


俺を友達に仕立てることで、
俺の口を封じただろ?


「だからさ、だから…雪菜」


白々しいぞ…


「お前と北原は、今のままでいてくれ」


嘘ばっかつくな、馬鹿野郎…っ


「あたしの…帰る場所でいてくれよ」


やっぱり狡いよ、お前。


この「口封じ」は春希に対してあまりにも有効で。
高校三年のこの日だけでなく、その後何年間も春希の足を縛りつけ続ける。

「あたし…やっぱりピアノが好きだ」
「母さんも…実はそんなに嫌いじゃないんだ」
「だからあたしは、
自分が選んだ道が正しいって信じてる」
「親孝行、してくる。
これからは、雪菜みたいないい奴になるんだ、あたし」
「っ!」


完成、した。


丸一日以上、机の上で唸っても、
一行も進まなかった原稿が、
たったの一時間で仕上がってしまった。
(cc/春希の回想・独白/かずさに対する記事の第二稿を仕上げた時に思い浮かべていたかずさのイメージ)


春希はその原稿をかずさとの訣別なのだと思い込もうとして書いた。
しかしクリスマスの日に雪菜が喝破した通り、それは熱烈なラブレターでしかない。
春希が再びかずさに向き合うには、かずさが残した「親孝行」という口封じに再び向き合い、乗りこえる必要があった。
実は春希とかずさとの時間はこの原稿から再び流れ出してしまっている。
ドラマCD『一泊二日の凱旋』にある通り、このラブレターはかずさにも届く。
そして、この原稿をはじめとする日本における冬馬かずさの話題つくりと盛り上げが、やがて来日公演へと繋がっていったから。



※なお、春希のかずさへと向かう足を留めた要素はあと一つあり、「住む世界が違う」という意識。
これも例の親の離婚における、父親と母親の実家の格差という話が尾を引いている。
以下をはじめとして春希がかずさとの「住む世界の違い」を口にする回数は少なくない。

「だって、この曲を聴けばわかってしまう。
…俺とは、圧倒的に住む世界が違うって。


きっと、俺と二人だけの閉ざされた世界に入るため、
かずさはこんな凄いものを、ずっと隠していた。
(coda/春希の独白/かずさはコンサートで春希への別れをピアノの音色をもって告げる)


話を戻す。
そして迎える、卒業式の日。

「春希、お前は俺とは違うんだ。
…俺みたいになって、俺を失望させるなよ?」
(IC/武也/卒業式の日)

「雪菜と春希がつきあい始めたことと、
あのコが留学することに、何の相関関係もないって!」
「…ないと思う?」
「その程度のことで自分の将来を決めたりするもんか。
彼女の言う通り、ピアノのことと母親のためだよ」
(IC/依緒と雪菜/卒業式の日)


その夜、かずさに電話が繋がった時、BGM「Twincle Snow Instrumental」が流れ出す。

酷いことしたのは俺なのに…


なのに、俺だけが、雪菜とずっと一緒にいて、
これからも一緒にいられるって約束されてて。


「安心していいよ…
マズいことは何一つ書いてないから」
「そんなこと聞いてない…っ」
それって…
何一つ、本当のことを書いてないって…


親友なのに、まったく本気の言葉を伝えてないって、
そんな哀しいこと言ってるのと同じじゃないか。


「ぅ…、ぅ、く、ぅぅっ…」
「なぁ、泣くなよ北原ぁ。
お前、男のくせにみっともないぞ」
「せめて笑って送り出してくれよ。
これがあたしたちの…最後の会話なんだからさぁ」
「嫌だ…
最後だなんて言うなっ」
「駄々をこねるなよ…まるで子供だ」
「会いたい、会いたいよ冬馬ぁ…
どこにいるんだよ…っ」
「駄目だ。教えない。
だって、もう会わないって決めたんだ」
「〜〜〜っ!」


冬馬の言葉が、俺の心に、
冷たい氷の柱となって突き刺さる。
優しさに満ちてるのに、冬馬だって我慢してるのに…


それでも、痛くて辛くて悲しくて、
どうにかなってしまいそうだった。


「俺…冬馬が…」
「やめろ」
「好きだ」


「………」


だから俺は、少しでも痛みを和らげたくて、
とうとう、春に続く道を閉ざしてしまう。
ごめん、雪菜…
俺、もう雪菜のところには戻れない。


「春に続く道を閉ざしてしまう/ごめん、雪菜…/俺、もう雪菜のところには戻れない」。


三人の名前は、北の原に(荒涼とした枯れ野)に冬の馬が走る組み合わせと、春を希(のぞ)む憧れと雪の中に咲く菜の花というセット。
名字=家族(環境というか、過去から絡みつき縛るもの)での繋がりと、名前=個人(与えられた環境や過去から脱しようとする望みと憧れ)での繋がりという対比でもある。
「こんな一枚の葉もつけない 枯れた木」(「時の魔法」)が春希のセルフイメージということでもある。


「安心していいよ…/マズいことは何一つ書いてないから」
「親友なのに、まったく本気の言葉を伝えてないって、/そんな哀しいこと言ってるのと同じじゃないか」


一つ、あるいは踏み込みすぎた憶測。
春希は母親と会話抜きでどうやりとりしているのか。
描写はないけれど、母子は無味乾燥なメモでも介して最低限のことだけ伝えているのではと思う。
それはかずさがそんな哀しい手紙でしか雪菜に触れられなかったことと、春希の中で(おそらく無意識に)重なる。



「駄々をこねるなよ…まるで子供だ」


WHITE ALBUM2』全編を通じて、耐えがたくトラウマを直撃されたときの春希にはこうした退行が頻出する。
一方的に駄々をこねるといった内容面のほか、「〜だもん!」といった語尾変化などとして現れたりする。


そして、その果てに溢れる思いに耐えきれず、春希とかずさは触れ合い、一夜限りの契りを結ぶ。


なぜ、一夜限りか。
春希もかずさも、相手が自分にとって掛け替えのない相手であることは確信しつつ、相手にとって自分がそうであることを信じ切れないから。
"自分なんか"のために、相手から大切なものを奪うことはあまりにも正しくなく、耐え難く、やってはいけないことだと思いこんでしまうから。
そして、二人ともが、ただでさえ価値のない自分がその上せっかく得た"正しさ"を失ったらますます無価値になり、そんな自分だけを相手に残すわけにはいかないと思ってしまうから。


かずさからみて------
春希には、雪菜がいる。かずさと春希が共に憧れる"正しい"人間と共に歩む未来を、願い求める温かな家庭を------自分さえいなければ春希は手にすることができる。
母から見捨てられたと感じたことで全てを投げ出しそうになっていたからこそ、雪菜と小木曽一家が与えられるだろうものが春希にとっていかに尊いかわからずにはいられない。
誰と触れあうことも拒んできたからこそ、そんな自分にさえ入り込んできて、受け入れ、かけがえのない親友になった雪菜は憧れであり、到底敵わない相手であり、自分などより遥かに春希を幸せにできる人間だと思わずにはいられない。
春希が閉じこもった心に触れ、揺らして。雪菜がその揺れる心に踏みこみ、挑発し、励まし、引き出して。過去の全てだったピアノも母も自分の元に戻ってきた。二人が昔手にしていたすべてを与えてくれた。
二人のおかげで、ピアノと母と、もう一度生きていける。その返礼が二人から幸せを奪うことだなんてあり得ない。やっていいわけがない。そんな自分は嫌わずにはいられない。ただでさえ価値を見いだせない自分を、これ以上嫌うなんて耐えられない。
春希に雪菜を、雪菜に春希を返すしかない。自分が消えるしかない。逃げるしかない。


春希からみて------
かずさはピアノと、母親を取り戻した。その二つとの関係を共に深めていく、才能あふれるかずさにしか歩めないウィーンでの音楽の道が今、その前に開かれている。
同じくかつては当然に与えられていた幸せな家族を失ったからこそ、母親との絆の重さを決して損なってはいけない尊いものと感じる。
エゴを表現する術を見失ってしまい「完璧に灰色」の世界に沈んでいたからこそ、かずさという人間、そのエゴ、その人生そのものであるピアノの価値を強く思い、憧れる。
一方、ひたすら正しくないと思う問題を正しく解決しようとすることを繰り返してきた、それだけが価値の自分がただエゴのためにそんなにも貴重なものを損なう間違いを犯してしまうなら、もう、この手には差し出すべき何物も残らない。
かずさが進むべき道の豊かさに比べて、そうして僅かな価値すら喪った自分などに一体何が与えられるのか。旅立ちを止められるわけがない。止めていいわけがない。



先だって重ねられてきた過去の全否定の傷が深ければ深いほど、たった一晩でも心も体も重ね合わせられた歓喜は激しいものになる。
歓喜が激しければ激しいほど、それが一晩限りのものである悲しみが刻み込まれる。
そのプロセスに加え、更にあの空港の一幕が重ねられる。



かくして、北原春希は冬馬かずさという魔女の掛けた呪いの中に絶対的に囚われてしまう。
WHITE ALBUM2』introductory chapterとはそういう物語。




この呪いの極めて悪質かつ厄介な一面として。
あまりにも北原春希の抱える家族問題のトラウマ(本人いわく「最大の暗部」)と結びつき過ぎているがために、春希自身がその絶対的な重みを直視しないこと、そして、しばしば向き合うのを拒んで逃げ出してしまうことがある。


ここで、『WHITE ALBUM2』というゲームにおいては「出現するが選べない選択肢」があることについて触れたい。
ccでの「(冬馬曜子凱旋来日の)コンサートに行く」というもの。


これについて『ゲーマガ』2012年3月号のインタビューでシナリオの丸戸史明

「もしかしたら、コンサート会場でかずさと出会えたかもしれない。けれど物語としては、展開がドラマチックになる可能性だけつまんでいますから、そういう物語的に「おいしいところ」だけ選ぶと、「cc」でかずさと再会するルートっていうのは僕には作れません(笑)」

と語っている。
つまり≪もしそれを選んでしまえば揺るぎなくかずさEND一直線で面白味がないから≫という理由を挙げているのだけれど。


これに関しては作劇の都合なのだなどというよりも。
ここで決して「コンサートへ行く=かずさが今自分をどう思っているかに決定的に直面する」ということは選べない、母親に対しての「相互不干渉」の臆病さと同様に、あるいはそれ以上の恐れを抱いて立ち竦んでしまい≪そのことだけからは逃げてしまう/しまわずにはいられない≫のが北原春希という人間なのだと考える。


codaでかずさが来ることを懇願し続けた来日コンサートから逃げてしまうのも同様。
「そのことだけからは逃げずにはいられない」のが春希だということ。
演奏を通じてかずさから別れを告げられるのか、あるいは何を犠牲にしても抑えきれない心を伝えられることになるのか、春希にはわからない。
しかし、そのどちらにしても、春希は怖くて向き合えない。
だから、逃げる。


なお、もしあそこでコンサートにいっていたなら。
雪菜が正しく懸念したとおり「かずさのピアノに吸い込まれてしまう」結末が待っていただろう。
いくら訣別を決意してコンサートに臨もうとしたと宣言していても、いざ最前列に春希の姿を目にしてしまえば、かずさのピアノは別れではなく一途に奔流のように向う心を弾いただろう。
ピアノはかずさそのもの。そこに偽りは込められない。
そして「かずさそのもの」を浴びせられた時、春希がそれに抵抗できたなどとは到底思えない。


いうまでもなく、雪菜は春希がトラウマのためにかずさにいかに心を囚われているか直視しないことの最大の犠牲者。

「でも、彼が間違いを犯すのは、
彼にセンスがないからじゃない。
ただ、最初から公平じゃないんだよ」
「はぁ?」
「すごく真面目に考えて、思い悩んで、
正しい結論に辿り着いた上で、
自信満々に逆の選択をしてるだけだよ」
「何だ、それ…」
「だから、間違ってるように見える。
…ううん、明らかに間違えてる」
「…意味わかんない。
なんでそんなことするんだ」
「相手を思いやる心に、あまりに引きずられるから。
…かずさのことばかり、ひいきするから」
(coda/雪菜&かずさ/引きこもったかずさの説得に雪菜が訪れて6日目の夜)


上に引用した話は、雪菜とかずさを巡る春希の重大な選択にはいつも当てはまってしまう。
ただ、これが他のどこよりもぴったりあてはまってしまうのはどの場面かというと。
cc雪菜ルート、12月28日から31日にかけてこそ、雪菜が語ったことそのままだということになる。
28日に麻里と電話し、29日に家に押しかけてきた千晶に背中を押され、30日にかつてのバイト先で小春に励まされ、31日、武也と依緒に二年参りに誘われ……関わりを重ねてきた面々の助けを経て、遂に春希は遂に雪菜に思いを告げる。

「どうしても、謝りたかったから」
「どうして春希くんが謝るの…?」


雪菜のそんな反応は、
俺の鼻の奥までつんとさせる。


「だって俺、雪菜の言う通り、嘘ついてたから。
かずさのこと、忘れてなかったから」
「っ…」


きっと今の俺は、
今の雪菜と同じような顔をしてるんだと思う。


「そして、これからも…
かずさのこと、ずっと忘れる訳がないって思うから」
「う、ん…」


けれど、今は理性を保たなくちゃならない。


だって、ここから先は、絶対に譲れない。
言い負ける訳にはいかない。


「それから、それからさ…
これが一番謝らなくちゃならないことだと思うんだけど」


(麻里)『北原なら、できるよな?』


誰かが勇気を与えてくれたから。


(千晶)『それでも、好きだから?
諦められないから?』


誰かが答えを教えてくれたから。


(小春)『わたし、前向きなひとならOKです。
必死に頑張ってる人なら、嫌いになんかなりません』


誰かが…
正しい道を、指し示してくれたから。


「それなのに俺…
やっぱり雪菜が大好きだから」
依緒「っ…」
武也「あ…ぅぁ」
「ごめんな…きっぱり振られたのに。
諦め、悪くって」


電話口からは、
声も息遣いも途絶えてしまっていた。


…何かが固いものにぶつかったような、
大きな音が響いた後から。


「じゃあ、おやすみ。
それと…あけましておめでとう」


だから、俺の言葉がどこまで雪菜に届いたのか、
今の俺にはわからない。


「できれば…
今年も、よろしくな」


それでも構わない。


今、決着をつけるべきは俺の心の問題だから。


雪菜の気持ちの問題は、
雪菜がいる場所で解決しなくちゃならないから」


この「感動的」な場面こそが実は、

「すごく真面目に考えて、思い悩んで、
正しい結論に辿り着いた上で、
自信満々に逆の選択をしてるだけだよ」

という話そのもの。


よく読むならば、あまりにもはっきりしている。

「今、決着をつけるべきは俺の心の問題だから。

雪菜の気持ちの問題は、
雪菜がいる場所で解決しなくちゃならないから」

その通り。
だからこそ、北原春希はここで絶望的なまでに間違っている。
あえて不可能だったと思えることを要求してしまうならば。
春希はここで自分に、


≪ならばなぜその時、二年参りを選んでしまい、コンサートに行くことを選ばなかった?≫


と問うべきだった。
さらにいうなら、本当に自分の心に向き合うというならば。
春希はコンサートに行くべきだった。行かなくてはいけなかった。
春希の心の問題の決着は、なによりもまず、冬馬かずさに対してつけなくちゃならないから。
かずさに対する気持ちの問題は、かずさがいる場所で解決しなくちゃならないから。
そして、目の前にその機会は与えられていた。
北原春希は、それから逃げた。

「だから、間違ってるように見える。
…ううん、明らかに間違えてる」

「相手を思いやる心に、あまりに引きずられるから。
…かずさのことばかり、ひいきするから」


そして小木曽雪菜は、そんな自分にとってあまりにも辛い思い人の心の真実を直視し、理解し、受け入れ……傷つき、泣き、迷い、悩み……それでも自分の幸せをしっかりと見据え、それに向かって歩みを進めることができる人間で。
北原春希という人間を誰より深く理解し≪春希が間違い続け、裏切り続けることを知りながら、それを赦し続けること≫で春希にとって掛け替えのない存在となり、そうであることを続けた女性。
そして、最後の最後でその惨(むご)い関係性から抜け出し、新たな関係性を築いてみせたのが小木曽雪菜という、規格外の凄みをもったキャラクターの真髄。


続いての日記では、


[6]なぜ、かずさが揺るぎない一番である一方で雪菜もまたかけがえのない存在なのか


ということで、そんな雪菜の在り方について……そして≪小木曽雪菜がどれだけ春希にかかった呪縛のために苦しみ、そしてどのようにしてその呪縛を解いてみせるに到ったのか≫を書いていきたい。




※その前に二つほどこぼれ話。


(1)coda冒頭でのストラスブールでの春希とかずさの再会について


シナリオがcodaまで進むと、開始画面もストラスブールの街並みになる。
で、ストラスブールはドイツとフランスが長く争奪戦を繰り広げたアルザス・ロレーヌ地方の首府。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%96%E3%83%BC%E3%83%AB
「言語や文化の上ではドイツ系であるといえるが、下記のように1944年以降、政治的にはフランスに属する」。


春希がフランス語でタクシー運転手と話して、かずさはドイツ語で裸足で怪我も負った様子を心配する通行人と話し、それを聞いたはじめフランス語で話していた相手はドイツ語に切り替えて忠告を重ねる……といった細かい演出と共に、あからさまに春希・雪菜・かずさの関係と重ねられる形で選択された舞台。


言語や文化……心の上では5年前からかずさに呪縛され続けたままだが、5年前、そして3年前からははっきりと社会的には雪菜と共にいるのが春希。

2014年12月22日追記
ちなみにPS3版での追加シナリオ『不倶戴天の君へ』において、かずさが初のオーケストラとの共演で奏でるのが「closing」改め(冬馬曜子の思い出とこだわりからも)フランス語の「cloture」だというのも。
また、かずさが主な拠点にしていたウィーンでなく、パリでのコンサートになるのも。
「不倶戴天」といいつつ、かずさが孤高の自分の世界から雪菜の「みんなが幸せに」の世界に「国境」を越えて歩み寄っているという表現かとも思う。

ここでどれだけ「かずさに呪縛されてしまっているか」をあからさまに示してしまうのが、ホテルに送り届けて治療を続けている時にでる選択肢の「後」。


「近いうちに申し込むつもりだ」or「二年前からつきあってる」


一見、重要な選択にみえる。
実際、前者を選択すると春希は、

ある意味、決定的な言葉を告げながら、
クローゼットにちらりと目をやる。


そこにかけられたコートのポケットには、
そのため(「プロポーズ」とルビ)のアイテムがしまい込まれていいる。


その、魔法のリングが、
俺に勇気を与えてくれた。


過去からの因縁に連なる思い出の魔女に、
最後の戦いを挑む勇気を。


冒険を、終わらせてしまうための勇気を。


……と大変勇ましいことを独白してくれもする。


しかし、それ以降。
春希はもう、ただただひたすら、かずさが自分に向ける言葉と心を必死になって探っている。
はっきりいえば、それでもかずさが自分に心を向けてくれることを期待というか、切望してしまっている。
語るに落ちるというか、台無しだ。



未練を残しながらというか、未練たらたらで雪菜との待ち合わせの時間を過ぎてもギリギリまでかずさとの時間を引き延ばす春希。
明日にインタビューがあるということを支えに"してしまって"、春希は"一旦の"別れを告げる。


で、そのインタビュー。
春希は他の相手には……昨晩プロポーズするはずだった雪菜に対しても。あるいは他の誰より雪菜に対してはとりわけ……避ける母親との関係に自分から踏み込み、仕事もそっちのけで激昂する。

「全然違います。
…そんなの、昔と全然違う」
「なんだと?」
「いいお母さんじゃないですか。
どこが気に入らないんですか?」
「母親としては全部だ。最低の母親だ。
どうして子供は親を選べないんだろうな」
「つまらない一般論だ」
「喧嘩売ってんのか?」
「吹っ掛けてるのはそっちだろ?
娘をバカンスに連れ出す母親のどこが最低だ?」
「あたしは行きたいなんて一言も言ってない。
しかもこんな取材があることを隠してまで…」
「それでも一緒にいること、お前全然嫌がってないだろ。
一緒にいてもいいって気にさせてくれる親なんだぞ?
お前、その価値全然認めないつもりか?」
「っ! 自分と比べるな!
他人の家の事情なんてあたしは知ったことか!」
「羨ましがって何が悪い!
妬んでどうしていけない!
お前、完全に仲直りしてんのに贅沢にも程があるだろ!」
「春希! お前!」
「は〜いはい、そこまで〜。
今は仕事中ですよ〜、お互い」
(coda/春希、かずさ、曜子/ストラスブールでの再会翌日のインタビュー中)


これ、つまりはかずさに向かって≪五年前、お前が取り戻した母親との関係を壊せないから、引き留められなかったんだ。それをなんだ!≫と全力で叫んでしまっているということなわけで。
この激昂そのものが、やはり語るに落ちた雪菜への裏切りということになってしまう。


そして、それ以上の最悪かつ決定的な裏切りが、インタビューも終えて別れ際の一言。

「かずさのピアノ…久しぶりに聴きたいな」
「………春希」

それは、完全に弾みで、
自分でも、どうしてそんなことを言ってしまったのか、
前後の文脈からも完全に意味不明で。


言ってしまったあとの独白も含め、なんというかもう「これはひどい」としか。


ピアノは、かずさという人間そのもの。
言葉では嘘をついたり口をつぐんだりはぐらかしたり正論に逃げたりできても。
かずさはピアノで嘘はつけない。心を隠すこともはぐらかすことも、逃げることもできない。


ようするに≪本当の心を聞かせて≫と言ってしまっている。
婚約者持ちが五年前に別れた昔の彼女にいっていい台詞であるわけがない。


「完全に弾み」
「どうしてそんなことを言ってしまったのか」
「完全に意味不明」


北原春希は自分の罪を数えないといけないだろう。
勿論、かずさを来日公演に踏み切らせたのが春希のこの言葉であったことは言うまでもない。



(2)ICでのかずさとの別れから、春希がウィーンに足を運ばなかった事情


もちろん、なによりもまず(これまで延々書いて来た通りに)春希がかずさの気持ちを確かめることだけは怖れに恐れたからだろう。
ただ、物理的な面でも一つ仕掛けが盛り込まれている。


これはこちらのHN「火輪」という方のSSにある話なのだけど。
http://www.mai-net.net/bbs/sst/sst.php?act=all_msg&cate=18&all=31274

『冬休みの間に目標額を達成したいんです。
 貯金と合わせて20万用意しないと』
『20万って…
 ヨーロッパにでも行くつもりか?』
『よくわかりましたね。
 スペイン、イタリア、フランス8日間の旅です』
『…正解を引き当てておいてなんだけど、
 どんだけブルジョアな卒業旅行だよ』


cc小春ルートのこの会話について、

20万と聞いて、ヨーロッパ行きがいきなり出てきた俺の発想の不自然さには、気付かなかった。
動機は違えど、同じことをしようとしていた時期が俺にもあったってことには、気付かなかった。
(上記URLのSSより)

と捉えている。


春希は当然、そのことを考えずにはいられなかっただろうし、バイト三昧の間に(家賃や生活費を払ったり、少しずつ親に学費や生活費を返したりしながらも)まとまった貯金が出来たなら、貯金がある種圧力となって春希にかかってきたりもした筈。


ただ、春希はICからCCの間、かなり長い期間にわたって≪母親の病気のため(親友・武也が嫉妬するほどの普段の春希に比べてすら異常な深度の肩入れはこれ抜きには考え難い)≫に進学が遅れ、せっかく入った大学も中退しようとする友人・ 友近浩樹のための尽力で貯金をできていない(「歌を忘れた偶像」)。


この為に、ウィーンへの旅費として十分な額が貯まらなかったのではないかと。
ある意味、春希にとっては直視したくない問題の先延ばしともなっている。
細かいけど、面白い仕掛けなのではないかと。


※2014/06/09 追記
この記事、続き(後編)を大変長らく投げ出してしまっていて、すみません。
代わりというわけでもないのですが。

PS3版『『WHITE ALBUM2 幸せの向こう側』

の追加シナリオ「不倶戴天の君へ」関連の、
一連の感想やりとりへのリンクを追加しておきます。
https://twitter.com/sagara1/status/451928839975735296