「作家・北村薫の土曜読書会」第二回の覚え書き/長谷川修『舞踏会の手帖』(北村薫・宮部みゆき編『教えたくなる名短編』収録)について

「作家・北村薫の土曜読書会」第二回の覚え書き/長谷川修『舞踏会の手帖』(北村薫宮部みゆき編『教えたくなる名短編』収録)について

「作家・北村薫の土曜読書会」
NHK文化センター青山教室
第一回:2014年5月17日 課題本:『書かずにはいられない 北村薫のエッセイ』
第二回:2014年6月21日 課題本:北村薫宮部みゆき編『読まずにいられぬ名短編』『教えたくなる名短編』
各1時間半(18時〜19時半)

に行ってきました。



参加の思い出に、『教えたくなる名短編』収録、長谷川修『舞踏会の手帖』について、ネタバレ感想としてすこし書いてみようと思います。
今日……といいますか、つい先ほど、読書会第二回の質疑応答の中で触れた話なので。


最初に配布されたアンケートの課題本とされていた

「『読まずにいられぬ名短篇』『教えたくなる名短篇』収録作の中でもっとも印象に残った作品は?」

という質問に、長谷川修『舞踏会の手帖』と答えました。
以下、ネタバレ感想として、本編の内容及び、おなじみの解説対談で触れられている話は前提とした上で、いろいろと書いてみます。


これは冒頭から「死」のイメージを濃厚に描いた作品です。
そして、北村薫先生からの(アンケートを見つつ順に尋ねられていった)「どんなところが良かったですか?」との問いには、

「p344-345の

「私こそもともとディヴィヴィエに惚れ込む体質であるくせに、敢えてデュヴィヴィエをけなしてそれとは対蹠的のクレールを持ち上げ、また平賀の方はその反対に、クレールに近い気質を持つが故に、敢えてクレールを排してデュヴィヴィエを持ち上げている、ということであった。青年の心理というのはえてして、こんな風になりがちであろう」

というくだりが、解説にある

「二度と会わないであろう友に何よりの土産として映画の記憶をこういう方法で持っていく」

と対になって描かれていて、その両方があるのが素晴らしいな、と」

という旨、答えたのでした。


で、それを受けて北村薫先生の語りの中で「何回観ていくんだっけ……まあ、何回も観ていって」と原文に

「結局四日続けてこの映画を前後十三回ほど観た」(p348)

とあるところを流されたことを受けて、質疑応答の時間に「四日、十三には意味があるのでは」という質問を投げさせて頂いたのでした。


「四は死、十三は十三階段やタロットの13=死神などで、いずれも死のイメージを示しているのでは」、と。

まだまだ自分たちには膨大な時間が、先があると当然に信じていたからこその「青年の心理」で共に好きでたまらない映画の話に打ち興じた友は、突然に死の床についた。
作品冒頭で死を意識し続けた自身の人生について語った主人公も

「二十代で肺結核を患い、あと半年の寿命だと宣告された」(p332)

とあり、

「当時私たちは、旧制高校の学生だった」(p342)

というその頃にはメメント・モリはまだ彼からも遠い。
それが突然の病を得ていまや郷里で床に伏す友へ向かう主人公の胸には、自然と「星落秋風五丈原」(p349)や「遅かったぞ、由良之介!------」(p351)が浮かぶ
この語り手が数十年後になぞることになる『舞踏会の手帖』では、未亡人は輝かしい青春の日が既に遠いものであることを見出すまで、二十年の月日が与えられた。
語り手と友人・平賀にはそれも与えられず、あまりにも僅かな間に青春は死に否応なく直面させられている。
そうした物語の構造の中で、「四日」「十三回」は死に通じる意味を持つのでは、と。


そして、こうして一つの出会いや人生の顛末が丸ごと詰まったかのような、輝かしさと悲哀を共に凝縮したかのような味わいを持つ作品として、僕はこの『舞踏会の手帖』がとても好きだ、と。


まあ、そんな話をさせて頂いたつもりでした。
以上、読書感想代わりにでもあれば、イベントの参加記念としての覚書でした。


なお、『教えたくなる名短篇』では他では特にメリメ『すごろく将棋の勝負』、コンラッド・エイケン『音もなく降る雪、秘密の雪』が。
『読まずにいられぬ名短篇』では尾崎士郎『蜜柑の皮』、中島敦「『南島譚』より「幸福」「夫婦」」が僕は特に好きです。



あと、本日伺った話で印象に残ったものから幾つか、すこし。
人の読みは様々だが、「これが理解されないというのは許せない」というのはある、というお話。


例えば東野圭吾容疑者Xの献身』について

「「あんなのは純愛ではない」と言う人がいた。
当たり前だろう、と。
純愛ではなく自己愛で、また愛するということそのものに耽溺する抽象的な愛でもある。
だから、ああしたのだし、ああなったのでしょう」

また貫井徳郎『乱反射』について。

「どうみたってクリスティ『オリエント急行の殺人事件』を踏まえ、それを一歩進めた作品。
だが、ネット書評から専門家の書評に至るまで、誰もそれについて触れていなかった。
直木賞選考の際にそれが触れられないのはまったく構わなかった。そういう場ではないから。
しかし、推理作家協会賞でそれは決して許されるべきではない、と思った。
貫井さんとはデビュー作『慟哭』から強く押した経緯があるので、個人的な付き合いようなものはないものの、種贔屓と勘繰られはしないかとも思ってしまったが、決してそういうのではない。
とにかく、これはもう推協賞では推さずにはいられない。
熱弁を振るい、強烈に主張して……そして、無事受賞した。ああ、よかったなあ、と」


他にも『読まずにいられぬ名短編』収録の幸田文『動物のぞき』より「類人猿(抄)」「しこまれた動物(抄)」の朗読なんかも素晴らしかったなあ、と。