今井哲也『アリスと蔵六』4巻感想「アレ?おまえら逆になってるぞ」

アリスと蔵六 4 (リュウコミックス)

アリスと蔵六 4 (リュウコミックス)

はじめに、四巻について。
幼く可愛い少女たちについての割と重い展開や背景が語られても、まず紗名を巡る物語全体に今巻でもp63に一コマ登場の"(後の)紗名"によりある種の保障が為され、特に今描かれている話については「すこし後 親友になる 三人の出会い」(3巻p157)と予め告げられていて安心できた。
この作品については、それは(スリルや意外性を損なう欠点といったものを大きく上回る)大きな美点だと個人的に思う。


また、構成として、紗名が気づくp90「アレ?おまえら逆になってるぞ」も面白くて。
ここでの逆転はあさひとよながの双子についての話なのだけど、それは"アリス"≒紗名と世界との関係の反転を示唆するものでもあると思う。
"赤の女王"敷島羽鳥の能力が紗名の周囲の「日常」を脅かしたことに対して、かつて異界の住人(後述するように"アリス"よりもむしろ"赤の女王")として「日常」という不思議の国に迷い込み、その営みやルールを勝手放題に踏みつけようとして蔵六にゲンコツを喰らった彼女が今は少女・紗名として、大切に思う人々の営みを思うが故に「私は たぶん 生まれて初めて/ほんとに怒った」(p40)。


冒頭に書いたように"割と重い展開"ではあるんだけど、こうして紗名が怒れたことってきっと、ただただ喜びや楽しみに満ちただけの生活が続くよりも一層、ものすごく喜ばしいことで。
それは作品として、そういう風に描かれていると個人的に思う。


なお、以上の感想は三巻の感想とも連動したものなので、少しそちらにも触れる。

アリスと蔵六 3 (リュウコミックス)

アリスと蔵六 3 (リュウコミックス)


三巻ではなんといっても、紗名がきちんと"大人たちに子どもらしい元気な挨拶をしている(そして、それが微笑ましく受け入れられる)"描写の度なんとも嬉しくなった。
一方で、紗名≒"アリス"が出会う新たに登場した9歳の少女・敷島羽鳥≒"赤の女王"を苦しめている辛い日々の始まりが"子どもたち同士でするにはちゃんとし過ぎてしまっていた挨拶"だという構成、巧くてキツいな、とも思わされる。
一方で、止まった街での買い物でもお金を払う「みんな止まってるけどさすがにお金は払わないとね……」(p142)は北村薫『ターン』で、自分以外の人間が居なくなった町でも主人公の森真希(29歳の女性版画家)がきちんと店に代金を置いていった姿と重なる。キャラクターと世界との関係を描く上で、大切かつ重要な描写だったと思う。
それと、紗名が弾みで出したブタたちのその後もフォローされているのがいい。
これも、キャラクターと世界との関係描写の上で大変意義深いものだと思う。
異能によって起こした出来事について、当人または周囲がきちんと責任を取ったり、フォローしたり(、隠蔽したり)する。
描かれているのはそういう世界であり、そういうキャラクター達なのだということを示しているのだと思う。


なお、先ほど紗名≒"アリス"としたけど、紗名の方こそはかつて研究所から「赤の女王」と呼ばれていた存在だった。
しかし、幸運にも蔵六と出会い社会の中に生きる一人の人間としての在り方を教えられ育てられたことで、紗名はこの世界という彼女にとっての"不思議の国"で不思議="もしゃもしゃする"に次々にであっていく"アリス"となった。
そもそも「赤の女王」は彼女を研究対象や道具としてしか扱わない連中が勝手につけたラベルであり、紗名自身が名乗ったものではない。
蔵六と出会った当初の無礼で傲慢な子どもだった紗名の振る舞いは、それこそ名づけられた通りの「赤の女王」だった。歪んだ女王が、きちんと(不思議の国に分け入った)幼い女の子になった、なれたことの象徴、証明が三巻でしばしば描かれる紗名のきちんとした挨拶なのだと思う。
4巻では扉絵などでもうはっきり、紗名=アリス、敷島羽鳥=赤の女王と示されもする。


今度は、かつて"赤の女王"だった紗名=アリスが、新たに現れた"赤の女王"=敷島羽鳥=突然顕在化した能力によって日常が恐ろしい"不思議の国"と化してしまった少女(とその従者たる友人・美浦歩)と世界との間を(かつて彼女自身をそう助けてくれた周囲の人々と共に)取り持つ番が来ていて、それによって彼女たちは「すこし後 親友になる」(3巻p157)のかな、と今後の流れを勝手に予想していたりもする。

※2015/2/7追記。
ふと思い出したのだけど。
以前書いたこの感想記事は、こちらと併せ読むとちょっと面白いかと思う。


今井哲也さんの RED GARDEN まとめ
http://togetter.com/li/164015
○朝まで生アニメ語り「RED GARDEN
http://togetter.com/li/319382


また、一応こちらもそれなりに参考にするのも楽しいかも?


今井哲也さんによる『魔法少女まどか☆マギカ』感想
http://togetter.com/li/400518


他にもシムーン、ヴァルヴレイヴ関連の今井先生のtweetはこの感想記事でポイントとして書いた話との関連でもそれなりに興味深いのでは……と以前から思っていたりもする。


なお、『RED GARDEN』については過去に自分の感想記事も。
○アニメ『RED GARDEN』全話感想
http://d.hatena.ne.jp/skipturnreset/20121115