逢坂みえこ『桜酒一献』〜初期の傑作短篇集

ぶ〜け」昭和57年8月号に掲載された「美味しいのがいい」をはじめとする初期作品を集めた短篇集。
これが、最近まとめて読んだ、この作者の文庫化されていない(『火消し屋小町』を除いた)作品群の中で、ダントツにいい一冊!(他の本の作品も軒並み良作なのは勿論だけど。この人の作品でダメなものを読んだことがない。)

各篇紹介その1「美味しいのがいい」〜デビュー作というのに相応しい作品

「美味しいのがいい」の最後のページ、一心に作品に向かう彫刻家志望の青年と、彼がスケッチブックに「老職人の像」として描いた豆腐職人の祖父の姿。なるほど、振り返って思えば、実にこの人のデビュー作にふさわしいと思う(ただし、単行本未収録の雑誌掲載作品としては「ぶ〜け」同年4月号に掲載の「めざせ 一曲千金!」がある。ちなみに未読)。

各篇紹介その2「楽園怪談」〜ディケンズ風の古き良きアメリカのコメディ映画へのオマージュ?

昭和59年の「楽園怪談」。ドタバタアクション風味が目立つ、楽しい作品。作者が映画、中でもディケンズ的な暖かさのあるアメリカのちょっと古いコメディ映画が大好きなんだな、ということが伝わってくる。登場人物それぞれに違った魅力と価値観がきちんと与えられ、破天荒な中にも真摯さが、真剣さの中にも明るいナンセンスが絶妙に混ざり合う。そして、実に綺麗ですっきりした構成力がスピーディな展開で読者を飽きさせない。そんな作者の輝かしい才能は、もうこの頃には作品の1ページ1ページにはっきりと刻印されている。

各篇紹介その3「桜酒一献」〜ファザコンな逢坂先生。

昭和60年の表題作「桜酒一献(さくらざけいっこん)」。
ああ、この人、本当に「お父さん」が好きなんだなぁ、と思う。きっと、それってこの作家を好きになった大きな理由の一つだな。


各篇紹介その4「またお逢いします」〜初期における最高傑作。鼻血に汚れたウェディングドレスの持つ意味。

昭和63年の傑作「またお逢いします」、いかにも逢坂作品らしい印象的なタイトル画と、ヒロインが浮べる様々な笑顔。あまりに鮮やかな印象を残すその姉。過剰な深刻さや溢れすぎる感傷を軽やかに防ぐ、これぞ一流というユーモア感覚。良作揃いのこの一冊の中でも特に心惹かれる、どこまでも逢坂印の好きにならずにはいられない作品。

なお、これまた野暮の極みの説明だが、画家とか優れた漫画家といった人種は、普通に読者が思っている以上にいろいろ考えて作品を描く。この作品ならば、ヒロインの姉が鮮やかな登場を見せるシーンに込められた象徴的意味にそれが明らかだ。
幼い日のどこまでも輝く思い出を裏切ったと、それが不条理だとわかっていながら---そして、一方で愛する愛する姉の幸せを祝福したいと望みながら---その怒りを抑え切れなかった妹。
突然のショックに気を失った妹が意識を取り戻した時、彼女が目にしたのは、正に今、心から愛する人との結婚という生涯での最も喜ばしい、二度とはない《時》を迎えた姉が、その身を飾る純白の衣装を血に汚すのも構わず、妹からの祝福を喜び泣き崩れる姿だったのだ。そして同じく晴れの日の衣装をぼろぼろにしながら、友人にからかわれつつも少し離れて姉妹を見守る新郎の姿は、妹が憧れ、姉が恋した彼の値打ちをしっかりと証明している。
ともあれ、この作品のためだけにでも、逢坂ファンはこの一冊を是非手に入れるべき!