《政治》の面から見たトリノ五輪開会式(1)〜まず大前提。要するに、アメリカこそ世界で一番傍迷惑であると共に、絶対敵に回してはいけない国でもあるわけで。


現在の政治情勢下において「ヨーロッパで」五輪を行うとなれば、その政治的なメッセージというのはつまるところ「アメリカさん、ちょっといい加減にしてくれませんかね」に尽きる。
詳しく言えば、「戦争だの紛争だのが絶えないのはイスラム云々より、あんたらが一番大きな原因だろうが。他の連中に散々平和だ平和だと抜かしておいて、ただでさえ世界ダントツ最強の軍事力を更にガンガン強化した末に、難癖つけて無茶苦茶強引に戦争始めては、世界のどの国よりド派手に暴れまわるだけ暴れまわってんのはてめえらなんだからな。
大体、昔っからそうだったよな、原水爆にしたって、まっさきに開発して、しかも唯一実際に使いやがったのはお前らだ。その後も人の庭(植民地)に首突っ込んではあること無い事吹き込んで煽りやがった上に金も武器も好き放題バラ撒きまくるだの、留学制度でシンパ作りまくるだの、軍隊・食糧・石油の三点セットの飴と鞭で世界中に手ぇ出しまくりやがるだのなんだの、ほんっっっとうにやりたい放題やってくれたよな(正直いって、めちゃくちゃ羨ましかったよこの野郎)。
しかし、毎度毎度、何十年この方ずーーーっと思い続けていることなんだが、せめて、やるにしてももっと巧く出来ないのか、この万年外交音痴が。なんだあのイラク戦争の不始末は?どうしたって逆らえないってんだからせめて、戦争をおっぱじめる大義名分くらいは、まっとうに理屈も証拠も揃えてくれることくらいはこっちでも期待してたんだがね。信じらんねぇよ、全く。んでもって、ぶっ壊すだけぶっ壊した後の後始末、ありゃあ一体なんだ?とことんぶっ叩いた後で乗り込めば、「ギブミー、チョコレート、ジェネラル・マッカーサー!」とでも大歓呼して迎えてくれるとでも思ってたんか?テメェの杜撰なやり口を嫌々支えるために、俺達の政権が一体何ヶ国でひっくり返ったと思ってやがるんだ、あぁん?」ということ。

ただ、それを正面切ってそのままぶちまけるのは出来ない相談なので、リッパなオトナで見事に政治的人間であるところのヨーロッパの皆さんは、それをどう表現するか知恵を絞るわけだ。


で、そもそもの前提として、「なぜそれが分からない人が多いのか」と良く思うのだけど、アメ公こそ現代において世界で一番危険な連中で、歴史的な経緯の上でも地政学的にも現在の政治情勢(冷戦終結とブロック化)を考えてみても、とりわけ日本にとっては物騒極まる存在で(黒船で無理やり開国させたり、大陸に行こうとすれば脅してきたり、果てはこの前の戦争で日本をとことんぶちのめしてくれたのは一体どこの国だ?)、「味方じゃなくなる?じゃあ敵か?敵なんだな?」という素敵な考えに走りがちな上に、「いざとなったら俺たち、引きこもって自分達だけでやれるもんね」という思考法を伝統的に持っている(モンロー主義だの孤立主義だの色んな表現がある)愉快な相手で------要するにあの国のご機嫌を取らないということは、直ちにあの国からトンデモナイ目に合わされるということを意味する。選択肢なんざ、初めからその中でのmore betterしかないに決まってる。


つまるところ、アメリカ合衆国というのは「近所では誰も逆らえない暴れん坊のガキ大将」で、日本は長年その腰巾着を相勤めているわけであるからには、ガキ大将に逆らえば、まず当の本人から「この野郎。さんざん面倒見てやった子分のくせに生意気だ」とひどい目にあわされる上に、周りも「いい気味だ」としか思わないこと------特に歴史上いろいろあって、愛憎混じった大変複雑な感情をお持ちの「最近どんどん腕力をつけてきたし親も羽振りがよくなってきた新しいガキ大将候補」なんかは大喜びで素敵な仕打ちをしてくれるだろう------など、大前提としてわかってないとお話にならない。


それに、ただでさえ粗暴なガキ大将は、ここしばらく家庭の不幸(社会の理想像の喪失)が深刻になってきたり、随分前に一家が大きな事業に失敗して以来(ベトナム戦争)どうにもそれまでほど羽振りが良くなかったり、ごく最近になって普段蹴飛ばしたり踏みつけたりしていた近所の不良少年に、思いがけず突然家のド真ん中に踏み込まれた挙句、派手にぶん殴られて相当痛い目を見た結果(9.11)、(身勝手極まる話だが)心底アタマに来ていたり、その反面で不安でたまらなくなり、やたらと独善的に信心深くなってみたりと(ブッシュ再選ゴア敗北)、あらゆる意味で物凄く危険な兆候をみせているのであるからには、「取り扱い注意!危険!爆発物在中(超強力!!)」という札をぶらさげて不幸な犠牲者を求めて歩き回っているも同然なわけだ。
こうなってしまってはもう、どこか空気を読めない他の誰かがいっちょド派手にムシャクシャを発散させる犠牲の羊になってくれるか------事実、やめとけばいいのに軽薄にそれぞれの家の庭で大騒ぎした国が二つほど、正にその流れでどんな弁解もなんのその、無理やり家に乗り込まれて大暴れされるという、それはそれは不幸で悲惨でやりきれない目にあわされたわけだ(アフガニスタンイラク)。それで多少はやりどころのない怒りを発散させて、一時の発狂寸前の状態に比べれば随分穏やかになったとはいえ、まだまだ予断を許さない------、ガキ大将が「大人になる」のを期待するか、他のガキ大将(中国)をうまくノせたり、おだてて取り入ったり、なんとかご理解ご協力を頂いたりしたり、近所の皆で手を組んで牽制したり(EU)してバランスを取るかしない限り、どうにもこうにもご機嫌を取り続けるしかない。それはあまりにも歴然としていて動かし難い現実である。ガキ大将が随分昔に比べて力も魅力もなくなって来ているにしても(例えば、1940年代、50年代のアメリカって、ミュージカル映画を観るだけでも、とにもかくにも凄い国だとしかいいようがない。そりゃあ、あんなのと戦争しちゃあいけないよな。フレッド・アステアジーン・ケリーの国と戦争?冗談じゃあない)、まだまだ腰巾着をひねり潰すくらいの力は十分過ぎるほど持っているんだから。