ミュージカル『TOMMY』〜どうしようもないダメ公演。


まったくもって、ひどい出来のシロモノ。
歌も、演奏も、演技も、演出も、舞台美術も、歌詞の訳も、ともかく全てダメ。
それなりに楽しめるのは、《遂にトミーの三重苦の原因が両親にもわかり、名医の元に連れて行かれ、両親が遂に諦めてそれぞれのエゴを剥き出しにし、そして鏡が割れ、抑圧されたトミーの感覚が解放される》という一連の場面くらい。
キャストとしても、子供時代のトミーを演じた役者が多少観れる程度だったと思う。


もともと、ストーリーそのものは、安易な自己啓発セミナーか、キリスト教色の随分混じった新興宗教程度の深みしかない。
臨死体験を代表とする何らかの奇跡的な体験のあとで、「私は神を観た!全ての存在には意味があるんだ!この世に生きてるみんなが大好きだ、わかってくれるかい!?わかってくれよ!!」といった具合に騒ぎ出す人は、古今東西尽きることがない。

ただ、この作品ではそれに戦争の後遺症、児童虐待、ヒッピー文化、"奪われ、虐げられた者"の無垢なる聖性といった要素をうまくくっつけた上で、劇中でいったんカルト集団を形成させて打ち壊すという一応の予防線も張ってみせもし、それら全てを「See Me Feel Me」に代表される力の有るメロディーと歌詞にのせて送り出してくる。
そこまで工夫が整っているなら、うまくやるならば、《それでも》観客を自己陶酔の輪に引きずり込むだけのエネルギーの爆発を生み出すことも出来るだろう。あそこまで自己をとことん投影させたキャラクターを聖化して、全く恥じることの無いらしい、ザ・フーの音楽の厚かましさと思想的・哲学的な(韻律の美しさやメロディー構成などが音楽的にどうなのかといったことは、また別の問題)底の浅さなどはさておき、その場での熱狂的な空気を愉しむには十分な舞台が生まれただろう。実際、もしもブロードウェーでかつてそれが実現されたのでなければ、トニー賞は獲れなかっただろう。

しかし、それを今回のような下手な演出や演技でやられたら、ただひたすら阿呆らしく、「さんざん騒音を撒き散らした上に、何をこいつらは自己完結して胸糞悪い多幸感に浸り切っていやがる」としか思えなくなる。


……たとえば、日本でも作詞・作曲兼ボーカル&ギターが一度死にかけて戻ってきた後で------ただでさえ、初期の作風からどんどんと拗ねまくるだけの一見カッコいい《反抗遊び》の方向に向かっていたのが、より一層性質の悪い方向に急加速して-------どうしようもなくイカれ宗教じみた曲を連発するようになった、超人気ロックグループがいる。それも鬱陶しいことこの上ないが、それでもそのグループの歌に、厳しい世の中で弱った数百万の人間の心の隙間にツケ込むに足る、十分な力があることは認めざるを得ない。
突き詰めていえば、その手の方向性なら、「ワカンナイ」「なぜか上海」「夢の中へ」「氷の世界」などを生んだ井上陽水のような深さにまで到達しないのであれば、所詮単なる甘えた道化でしかないと思うわけだが、道化なら道化として、せめて《その場》では観客を騙しきって愉しませてくれるくらいの技は見せて欲しいものだと思う。


あまりにアホくさいので、演出の瑕疵についていちいち触れるような真似はしないが、どうにも嫌気がさしたのは、最重要部分の歌詞の訳。

"See Me, Feel Me, Touch Me, Heal Me……"を、「僕をみて 感じて さわって 癒して……」と二回目から主語を抜いて訳すのはどうかと思う。「Me, Me, Me, Me」のリフレインはこの歌詞とメロディの眼目だろう。たしかに"BOKU"という音は続けて出されると響きが良くないが、それでも、ここでは「ぼくをみて ぼくを感じて ぼくにさわって ぼくをいやして……」となるべきだろう。



宮部みゆき『ぼんくら』


時間の都合で感想後日(3/12)。