池袋演芸場・四月下席(29日)昼/さん光改メ柳家甚語楼真打昇進披露公演〜昇進・襲名披露ならではの大入りと賑やかさ

「これが池袋か!」という驚きの大入り。

連休直前の土曜ということもあり、「これが池袋か!」と驚かずにはいられない大入り。
中入り前には入り口の衝立が取り外され、そこにも人が立ち並ぶ大混雑。
熱気溢れる客席……である一方、後方の立見の人々の間からは「なんでこんなに入れやがる」という声まで幾度と無く聞こえてくる険悪な雰囲気が生まれてもいたが、まあ、それも含めて独特の楽しさだったかと。

三之助「初天神」〜まずは賑やかしの一席。

まずは三之助「初天神」で幕開け。賑やかで楽しさに溢れた、実にこの場に相応しい演目。
……個人的にはこの演目を聴くとどうしたって、三太楼師匠が思い出されてしまう。ちなみに、三之助さんと三太楼師匠は『オールフライト・ニッポン』の共同著者でもある。
ただ、これはもう、一ファンとして、早期の復帰を信じて待つだけだ。

彦いち師匠の漫談〜場を更に沸かせる賑やかさ


ともあれ、明るい高座で客席がいい感じに湧いたところで、続いて彦いち師匠が登場。
おなじみの「営業でひどいところでも落語をやりましたよ」という漫談。
ある日はセレモニーセンター(つまり葬儀屋)で高座、他のある日には長良川河口堰反対運動に招かれて一席。

「「ともかく高いところに座って……」と説明して「はい、わかりました」と明るく答えられた時から予感はしていたんですがね……。勘のいい方はおわかりでしょう!(場内すこし笑い) そう、長さは1m80ほど、幅はこれくらい(両手で肩より少し広い程度の長さを示す)。硬い木で出来てこのへんに窓もあるアレ(場内爆笑)。それに座ってはい一席……無茶苦茶だね、ホント」

「行ってすぐに気づいたんですがね、お客さん、笑いに来てるんじゃないんです。怒りに来てるんですよ。そこで、C・W・ニコルだのなんだのが喋った後で、「はい、皆様ごめんください。これからお笑いを一席……」って、それで笑ってもらえますか?笑えませんよ!
 それでも私もプロです。せめてサゲだけはしっかりやりきってやろうと思いましたよ。そのオチはですね……そのオチは……こう、(咳き込む振り)ゴホン、ゴホン、とやって……「おめぇ、それで河口堰反対運動に参加することにしたのか?」「あぁ、もうセキはこりごりだ」と(場内各地でやや笑い)。……そう、これが普通の寄席での反応ね。で、そこではまず、シーン……となってね。(ハズしたかぁ…・・・)と思ってると、最前列あたりでこう、客が話し合い始めて「おぃ、あれ、咳と堰が……」「え?」「だから咳と堰がかけてあるんだよ!」「ああ、そうか!」と、じわじわじわと広がっていって、「おぉ、そうなのか!」と笑いと驚きが……なんというかね、そういうんじゃないんだけどとね……」

と独特のくだけた調子で場を盛り上げていき、その後もいい調子で客席を沸かしていった。

仲入りまではご愛嬌。

その後、中入りまでの何組かはご愛嬌。


はん治師匠の「君よモーツァルトを聴け」で寄席にモーツァルトの名曲「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」が流れたのはちょっと愉しい体験。一門の大期待株・三三の披露の回には何を演ったんだろう?
小ゑんは「実在OL」。……申し訳ないが、この人のコレは、いつ聴いても不愉快な噺だと思う。愛嬌より、底の浅い悪意と嘲りの方を強く感じてしまう。
三語楼師匠は飄々と「不精床」を語り、馬風師匠は漫談。

お待ちかねの口上〜八割の笑いと、決して軽くない二分の堅さ


仲入りを挟んで、お待ちかねの口上に。
左から、さん喬師匠、馬風師匠、この場の主役・甚語楼さん、権太楼師匠、円歌師匠の五人が登場。


さん喬師匠が司会役を務め、口上のトップバッターを任せたのは馬風師匠。しかし、勿論馬風師匠、いつもの役回りとして大暴れ。
延々と主役そっちのけで「そんなことより今年は巨人が強いのがめでたい!貯金が12だよ、12!!」と語る語る。
権太楼師匠、円歌師匠のツッコミでようやく甚語楼さんの昇進・襲名に触れたかと思えば「何がめでたいって、10年も経てば円歌は勿論、さん喬も権太楼もこの世からおさらばしてます。そう、馬風、甚語楼の時代が来るんですよ、皆さん!」と絶好調の馬風節。
さん喬師匠、ぽつりと「うん、これも今日明日の二日の辛抱……」と呟く。
その後もてんやわんやで「大喜利みたいですが、口上なんですからね」とぼやいてみせる始末。
先日行った「さん喬を聴く会/柳亭左龍襲名披露真打昇進記念公演」のさん喬一門の口上でも、ノリこそやや違え、似たような賑やかさだったので、落語の真打昇進での口上というのは、こういうものなのか、という感想に(本当にそうなのだろうか???)


しかし、勿論、締められるべきところは締められるのは当然のこと。

「甚語楼というのはあの志ん生が名乗っていたこともある名前。その一時をもってしても、その大切さがわかるでしょう。真打になったということは、いよいよ、こうして並ぶ我々のライバルとなったということ。これからも頑張っていってもらいたい。また、本日お集まりの皆様にも、末永くご贔屓のほどをお願いします」

と見事な餞を贈ったのは落語協会会長・円歌師匠。

「真打になってからは、何か、例えば一つの噺でいい、「これならば誰にも負けない」という得意技を持って欲しい。そうでなければ生き残っていけませんよ。例えば相撲取りでも、「この人は右の上手を取れば強い」といった得意の形があるでしょう。そういうものです。ここに並ぶ面々は、皆そういう何かを持っています。10年、そう、10年後には、そうした何かを見つけていて欲しいですね。皆さん、その間、どうか暖かく応援してやって下さい」

とは、愛する弟子に向けられた権太楼師匠の言葉。


そうして八割の笑いを交えながら、決して軽くない二分の堅さを織り交ぜた口上の後は、さん喬師匠、円歌師匠、権太楼師匠が今度は自らの高座でトリの新真打が出る花道を作っていく。


さん喬「長短」〜差し向かいで話されているような独特の感覚


和楽社中のいつもながらアットホームで和やかな雰囲気の太神楽芸の後、まずはさん喬師匠が登場。
今日の演目は「長短」。いつもながら、この師匠の噺では、聴く自分も登場人物になって、その時喋っている相手から差し向かいで話されているような感覚を持たされる。
さん喬師匠のこの噺では、のんびり屋の男が二人の奇妙な友情をゆーーーくりと語り、「どーーーっか、気がぁ・・・・合うんだなぁ・・・」と語る、気短かな男が苛立って割ってはいる直前の、聴く側の脳裏で短気な片割れのイライラが高まっていく雰囲気がたまらなくいいと思う。

円歌「中沢家の人々」〜円熟の芸

円歌師匠は勿論、「中沢家の人々」。
今回は20分以下の短縮版。場所により出番により客層により、円歌師匠のこの噺は自在に編集され、語られるのだという。三太楼師匠の会の打ち上げの際、師匠が敬意を込めてそう語っていたのが思い出された。まさに円熟の芸。

権太楼「代書屋」〜十八番中の十八番もやや不調??


権太楼師匠は香盤での予告と異なりこの出番。十八番の「代書屋」で愛弟子の晴れの舞台を盛り上げようとする。
……ただ、この噺家のこの演目にしては、出来もそれほど良くなく、客席の反応も普段に比べて少し弱い。今日がたまたま不調だったのか、最愛の一番弟子との衝突が師の側にも尾を引いているのかは、《その後》の権太楼師匠の高座を聴くのが今日が初めてという身には勿論わからない。

紙切り・正楽〜妙な注文に困惑


膝代わりの正楽師匠の紙切りでは最後に「ドラえもんの藤娘」というわけのわからない声がかかり、正楽師匠も呆れ気味。
しかし、それでもやってしまうのが芸というもの。首を振って幾度か手直ししながら、確かに藤娘の扮装をしたドラえもんを切り抜いてしまうのだから凄い。
……もっとも、正楽師匠では鈴本でいつか、「堤義明!」というもっと無茶な注文に、「野球のユニフォームを来たライオンがバットでスーツの男を打ち飛ばしている」という見事な答えを出してみせたのを観たことがある。今回のような注文でも、どうということもないのかもしれない。

甚語楼「不動坊」〜健気かつ陽気に大ネタをやり通す。

トリは勿論、今日の主役・甚語楼さん。
この晴れの日に挑んだのは「不動坊」。過去にも現在にも、多くの大看板が手掛けている大ネタを、健気に陽気にやり通し、客席の反応もまずまず。
本人も権太楼師匠もまずはホッとしたのではないだろうか。


とにもかくにも、真打昇進披露や襲名という場には、独特の華やかさ、緊張感、賑やかさがある。
その面白さを十分に楽しめた会だった。