鈴本演芸場五月上席夜(主任・権太楼、仲トリ・小三治)〜権太楼『鰻の幇間』に爆笑。これぞ喬太郎!?小三治『千早振る』の後に『お富さん』!

のいる・こいる・漫才
正朝 「唖の釣り」
小三治 「千早振る」
(仲入り)
とし松・曲独楽
喬太郎 「お富さん」
小菊・粋曲
権太楼 「鰻の幇間


横浜にぎわい座での『志らく百席』から直行で鈴本へ。途中、上野駅前で軽く食事したりもしたので、付いたのは5時半過ぎ。
「昨日と同じで、どうせ、立ち見かなぁ」と思っていたところ、「連休最終日とその前日」の落差は通常の「明日に仕事が控える日曜と明日も休みの土曜」以上のものであったようで、楽々座れてしまった。そういうものらしい。


正朝師匠の与太郎ものは、晴れ晴れとした明るさで愉しい。
小三治師匠の今日の「千早振る」はじっくりコミカルさを押し出すような濃い口の出来。
------ただ、前方の方に固まって、噺の途中もぐだぐだお互い同士で喋りあう女性客がいたが、鈴本で小三治の調子の良さげな高座なのに、お構いなくその態度。

------あ ぁ 、憎 し み で 人 が 殺 せ た ら !!

ウザい客、その名はオバサン軍団!
尼寺-----もとい、浅草へ行け!!(特に平日に)


食いつきで出た曲独楽のとし松師匠を挟み、喬太郎の演目が「お富さん」!!
小三治師匠は浅草のトリに出るので既に不在とはいえ、素晴らしい選択。常に果敢なチャレンジ精神挑戦を忘れない喬太郎師匠の前途に祝福あれ(詳細は後の個別感想で説明)。
そして、トリの権太楼師匠は「鰻の幇間」。これが素晴らしい出来!
サゲそのものは多少失速気味だったけれど、その直前がスゴイ。押しに押しまくる幇間の怒りの爆発と、その度に明らかになる恐るべき店の実態。こういう噺だと、爆笑派の雄としての実力が遺憾なく発揮され、その魅力にとても抵抗できなくなってしまう。
以下、小三治師匠「千早振る」以降について、個別の感想。

小三治「千早振る」


小三治師匠がたまにトリでも掛けるネタだが------どこを変えて、時間的な長さや印象の濃淡を調整しているんだろう?自分で生の高座に接した数だけでも4,5回は聴いている筈だけど、まだ定かには判り難い。
ただ漠然と、「えーと、今回はゆったりと《間》のおかしさで聴かせるより、少し表情をコミカルに強調したり、八五郎のツッコミのトーンを強めにしてるのかな?」などと思うくらい。


そういえば、「千早振る」の自称・物知りの先生と、それ以上に小三治師匠がよく高座に掛ける『天災』の心学の先生・紅羅坊名丸(べにらぼうなまる)の表現の違いなどは大変興味深いのだけれど-------前者が「どうこじつけようか」と四苦八苦したり、「それが畜生の浅ましさ」と無理に追い込んでおいて煙に巻いたりするのに対して、後者は余裕の態度で「どう諭してやればわかってくれるものかな」と飄々と言葉を編んでいく------そちらの毎回の印象の違いがどこから来るのかは、それ以上によく分からない。
去年、鈴本のトリで聴いた一席が他の数回と比べても断然良い出来だったのだけれど、どこがどう違ってそうなったのか、その後色々思い返してみてもおよそ見当がつかなかった。
小三治師匠の芸って、そういう意味でも面白いなぁ……。

喬太郎「お富さん」

八五郎「先生、この前伺った「千早振る」の話を娘にしてやったんですがね、学校で笑い者にされちまったそうですよ!」
先生「おや、そうか?そんな筈はないんだがなぁ」

どこかで聴いた-------それも非常に近い過去に-------噺を思い出させる出だし。
というか、この新作落語は、そのまんま「千早振る」の後日談。
「うん、楽屋にもう小三治師匠はもういない。やりますよ」とおどける喬太郎師匠。
その後、噺はますます過激さの度を加えていく。


「千早振る」の次に八五郎が持ち込んだのは、どういうわけか、「♪死んだはずだよ お富さん〜」という、春日八郎の「お富さん」。

八五郎「娘の学校で今度はこの歌がおお流行で……」
先生「どんな学校だっ!そんなところがあるかっ!!」

先生の抗議も虚しく、根問いものの古典を冒涜するかのような暴走は留まるところを知らない。


詳細はあえて説明しないが、

「えぇ!?それじゃ"アダナスガタノアライガミ"(仇な姿の洗い髪)ってのは、"仇なすガーターベルト荒神"なの!?そういう訳!?」

「じゃぁ、"イキナクロベエミコシノマツニ"(粋な黒塀、見越しの松に)というのは、"Let's Go 黒兵衛、Waiting for 神輿!"って意味ィ!?」

という下りからでも、そのやりたい放題の破天荒ぶりは十分伺えると思う。

「いやーっ!鈴本出入り止めになっちゃうぅ!!」
「一体、何を言ってるんだ!わけがわからん!」
「普段は池袋でやってるネタなんでね。これ、かなりの冒険なの」

という謎の下りや、噺の序盤で、

「よし、今日の客席に子供はいない」

と確認していたことに関してはノーコメント。
エエ、ワタシモナンノコトダカサッパリワカリマセンヨ?


……思い返せば、先月16日。「さん喬を聴く会/柳亭左龍襲名披露真打昇進記念公演」でもこの師匠は惚れ惚れするような暴れっぷりだった。
マクラではウルトラマン帰ってきたウルトラマンスペシウム光線発射の姿勢の違いを身振りを交えて熱心に説明。そして弟弟子の晴れの日に「諜報員メアリー」を掛け、途中で「やばい、祝いの席で死ぬだの殺すだの、ご法度だよ」と、いつも「ごめんね、古典じゃなくて」というのと同じ口調でこぼす……。
うん、いつまでも、こういう喬太郎師匠でいて欲しい。

権太楼「鰻の幇間

ちょっと関連で調べたいことなどもあり、まとめるのに少し時間が要りそうなので詳細後日。
ともかく笑えて仕方がなかった。


とりあえず、以上。