ナバロンの要塞〜素晴らしいエンターテイメント性と、一貫したテーマの描写が見事。

時は第二次世界大戦中。
エーゲ海周辺地域へのナチス・ドイツの大侵攻を前に、約2000名のイギリス兵は早急な撤退を迫られていた。しかし、それを阻むのが、ナバロン島(映画のために設定された架空の島)の断崖絶壁に据えられた二門の巨大砲。
イギリス軍は幾度となく要塞砲の攻略を試みるも、悉く無残に撃退されてしまう。遂に確実な全滅を意味する大侵攻を七日後に控えたある日、イギリス軍フランクリン少佐率いる六人の特殊工作員が砲台破壊の任務を与えられ、ナバロン島へと旅立っていった……。


その六人とは------

①不可能に近い任務に自ら手を挙げて挑む、野心家のフランクリン少佐(アンソニー・クエイル)。
②ドイツ語・ギリシア語を話し、聳え立つ絶壁をも上りきる技能を持つ登山家であり、フランクリンの負傷後に一行の指揮を引き継ぐマロリー大尉(グレゴリー・ペック)。
③彼と深い因縁を持つ、部下を持たぬギリシア軍大佐・スタブロウ(アンソニー・クイン)。
④爆薬の天才的専門家で、これまでに輝かしい戦功を挙げながら、将校への昇進を頑なに断り続けてきたミラー伍長(デヴィット・ニーヴン)。
⑤「バルセロナのブッチャー(屠殺者)」と仇名される、ナバロンのレジスタンス首領の息子でナイフの達人・パパデモス(ジェームズ・ダーレン)。
⑥機械の専門家の無線兵・ブラウン(スタンリー・ベイカー)。

さて、この映画は《限りなく不可能な任務に挑む、種々雑多な背景と技能を持った専門家達》という、冒険活劇の一類型を代表する、J・リー・トンプソン監督による名作中の名作といわれる。1961年製作。
主演は勿論グレゴリー・ペックだが、クインはこの映画でも、主役を喰う名演を見せる。


157分の長さを数々の見せ場で飽きさせないスリルと迫力は、いちいちこの上言葉を重ねるまでもない。ただただ、観て、それを楽しめばいいというもの。
もっとも、この映画には別の大きな見所もある。即ち、(以下、重度のネタバレになる部分は白文字で表記)「この映画においては、《敵》に対し少しでも人間的な同情や信頼を寄せた人物は、悉く裏切られることになる」という展開と、それが示唆するメッセージだ。


①スタブロウの家族を失わせた、過去のマロリーの判断。
②一行を捕らえて尋問する中で、SSのサディスト将校を抑えようとしたドイツ軍将校。
③止むを得ない自衛以外は相手を殺すまいと決意していた、磨耗した殺し屋・パパデモス


そうした《人間》としてあるべき思いは、《戦争》の中では、自らを滅ぼす業火にしかならない。


そして《砲台の破壊》という任務と並ぶ、ドラマの中心となる、負傷したフランクリンを巡るチームの葛藤も、《戦争》という魔物の持つ堪え難い厭わしさをはっきりと映し出す。
マロリーの決断は最初は人間としての尊厳を守ろうというものだったが、それはやがてブラウンが「人間性への侮辱だ!」と叫ぶ、冷酷非道な計略へと変わっていく。
「敵を憎むあまり、敵よりも更に卑劣になることを恐れる」と口にしていた男が、止むを得ず選ばされた《第三の選択》。無論、その選択はかつての自分の戦場での《寛容》、甘い信頼が生み出した悲劇への慙愧の念が大きく関わっているのは言うまでもない


即ち、これらの要素はこの映画が、人の心を愉しく沸き立たせずにはおかないエンターテイメントの文法と一体になって、ヒステリックな絶叫や、お涙頂戴の悲劇の押し売りなどとははっきり一線を画した、見事な《戦争》という狂気に対する大批判を展開していることを意味しているわけだ。


マロリーの多くの台詞の中にも、そのテーマがはっきりと示されていることは言うまでも無いが、それに加えて序盤における一行を送り出した将軍の言葉もまた、その主題を囲む、物語の鎖の輪の一つだといえる。


「これだけの情熱を平和に向ければ、随分と安上がりになるだろうに」
「あなたは哲学者のようですね、将軍」
「ああ、哲学だとも。人を死地に送り込む者のな」

また、不可能と思われた任務は、現地人による抵抗運動の協力もあってこそのものだった。
しかし、その成功は島の解放ではなく、その地域からのイギリス軍の《撤退》の成功を意味するに過ぎなかったわけだ。それどころか、ナチス・ドイツは懲罰として村を焼き、要塞が失われても、変わらず島を支配し続ける。
だからこそ、スタブロウは愛する女と共に、懐かしき故郷・クレタへと帰らずにナバロンに留まることを選ぶ。


このスタブロウこそは、マロリーとの因縁や、一行が最初に集ったときのスパイの処置の場面などで、《戦争の冷酷さ》を体現するようなキャラクターとして描写されてきた人物。
そのスタブロウの心がパパデモス姉弟との関わり合いを通じて変化し、最後に実に《人間的》な決断を下すというのは
上記の映画のテーマを考えるとき、実に見事な構成だと言える。


以上。