『幸せになるためのイタリア語講座』〜手法と内容とが実にうまく結びついた「ドグマ95」作品。


ダンサー・イン・ザ・ダーク』などで知られる、ラース・フォン・トリアーらが提唱した「ドグマ95」という10個の主要な規則を定めた、映画製作の自主ルールに従って作られた作品。
トリアー監督作品『ドッグヴィル』を観て、「ドグマ95」に興味を惹かれて借りてみることになった。

wikipediaドグマ95
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%82%B0%E3%83%9E95
そういうわけで、まず、手法と描かれる内容の関係について少しメモを。


撮影は手持ちカメラで行い(③)、人物や場面の説明に不自然な効果音を使わず(②)、照明効果を禁止(④)する-------その手法により、それぞれ病気の親を抱えた女性二人(オリンピアとカーレン)のやるせない状況が、たまらない《日常》としてよく伝わって来る。描かれているのは一時の劇的な悲惨でなく、《それが彼女たちの毎日である》という感覚。


ホテルマンのヨーゲンが牧師であるアンドレアスにプールで悩みを相談する場面も、いかにも背景に音楽を流したくなるところだけれど、それをあえてしていない(②)。それによって、滑稽になりすぎず、過剰に重くならない印象が生み出されている。


イタリア人のウェイトレス、ジュリアの独白などもあくまで日常の空気の中で行われ、無理に観客を人物の内面に引きずり込もうとせず、静かに淡々と描かれる。そのためにかえって、素直に共感を覚えやすい形で、集団の中での孤独が表される。


突然病気に倒れたイタリア語講座の講師に代わり、事情の説明に現れた嫌味で風変わりな男も、普通ならばカメラワークやBGMで色々と娯楽的な演出をしたくなるところだが、それがあえて行われない。その結果、観ている自分達も自然にそこに集った人々の視線を共有し、胡乱な目で彼を眺めていくことになる。



そして、話が明るく展開していく終盤においても、手法と描かれるイメージは大変巧みに結びついているように思えた。


回想シーンが挟まれず(⑦)、具体的な過去の思い出も語られないからこそ、《それでも》お互いを大切に思い、いたわり合う姉妹の想いがより素晴らしいものに感じられてくる。


イタリアの空気は、デンマークに比べて一見してもう、実に陽気で愉しげだ(※)。彼らが向かったのは北イタリアのヴェネツィアなので、南のナポリなどになればよりイメージが際立ったのだろうけれど)。
自然な光にこだわる分、その土地柄の雰囲気の変化はごく自然かつ鮮やかに説得力をもって伝わって来ずにはいられない。


最後に、この映画屈指の名場面である、ジュリアがヨーゲンの告白に応えるシーンも、過剰な演出を戒めるこの原則ならではの味わいだと思う。ただ静かに、彼女と共にカメラが------映像が歩き、そして戻ってくる。何ともこたえられない、無条件に嬉しくなってしまう一シーン。
ここを最大の成功例として、全面的に手法と内容とがうまく結びついている佳作だと思えた。



なお、役者全員に好感が持てるのも------特に男優陣。中でもヨーゲン役のピーター・ガンツェラーという人------とても嬉しい。
ハル・フィンに「重要な話がある」と言ったところで、(ああ、ついにクビの話をするのかな)と思わせておいて、いきなり自身のとあるコンプレックスの話をし始めるところが特に好き。このキャラクター、いいよなぁ。
それと、例の別講座を担当している嫌味な講師にも、妙に惹かれてしまう(なんでだろう?)。


そして、この作品はこうしてゴチャゴチャと手法や演技などについてご託を並べなくとも、ともかく観ればハッピーな気分になれる映画。
6人の主人公達は誰もが親しみを持てる好人物で、人によってそれぞれ、その人なりの"お気に入り"が出てきそう。
------自分の場合、断然ヨーゲンだなぁ。

「イタリア」のイメージについて

------話題が「ドグマ95」から離れるが、「なぜ他の言語、国ではなく「イタリア語/イタリア」」なのか」というのは、よく言われるように《寒く暗いヨーロッパ北部に住む人々が明るい南の国・イタリアに寄せる憧憬》というのが大きいのだろう。
ちなみに、監督の出身も映画の舞台もデンマーク。そして、デンマークの国民的詩人といえば、アンデルセン。その代表作の一つに、読む人に《イタリア》への憧れを掻き立てることで名高い『即興詩人』がある。

wikipedia「即興詩人」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%B3%E8%88%88%E8%A9%A9%E4%BA%BA
他に「イタリア=憧れの南の国」というイメージでは、よくゲーテの『イタリア紀行』が取り上げれられる(ただ、そちらは読んだことがないのでよくわからない)。
まぁ、何はともあれ、アルプス以北のヨーロッパの人々------中でも、北欧は特にそうであるらしい------にとっては《イタリア》というのは特別なイメージを持った国であるらしい。