『マラーホフの贈り物2008』Aプログラム/世紀末覇王伝説カルメン

マラーホフの贈り物2008』Aプログラム/(2/10夜、五反田ゆうぽうとホール)を観てきました。
あまりに面白かったので、早速感想をまとめてみましたよ。なんだかエラい変なノリになりましたが。。。

以下、公演の上演順です(この順番は当日会場で発表されるもののようです。演目は同じでも、並びは日毎に多少変わることもあるのかな?)。

=第一部=
「牧神の午後」
牧神:ウラジーミル・マラーホフ
ニンフ:井脇幸江
ほか東京バレエ団


エスメラルダ」
ヤーナ・サレンコ
ズデネク・コンヴィリーナ


カルメン
マリーヤ・アレクサンドロワ
セルゲイ・フィーリン


くるみ割り人形
イリーナ・ドヴォロヴェンコ
マクシム・ベロツェルコフスキー


=第二部=
白鳥の湖」第2幕(全編)
オデット:ポリーナ・セミオノワ
ジークフリート王子:ウラジーミル・マラーホフ
悪魔ロットバルト:木村和夫
ほか東京バレエ団


=第三幕=
白鳥の湖」より“黒鳥のパ・ド・ドゥ”
マリーヤ・アレクサンドロワ
セルゲイ・フィーリン


「アレス・ワルツ」
ポリーナ・セミオノワ


「スプレンディッド・アイソレヘーション」
イリーナ・ドヴォロヴェンコ
マクシム・ベロツェルコフスキー


ドン・キホーテ
ヤーナ・サレンコ
ズデネク・コンヴィリーナ


「ラ・ヴイータ・ヌォーヴァ
ウラジーミル・マラーホフ

この公演でまず第一の見ものは当然のことながら、マラーホフの『牧神の午後』(ニジンスキー版)になると思います。
男性ダンサーが《軽やかな跳躍や回転を徹底的に廃し(原文ママ。「排し」じゃないのかな)、登場人物たちは身体を横に向けたまま動く》(公演プログラムより引用)という制限の中で、人ならぬ《半神》と化さなければならないという、伝説のトンデモ演目。


……このマラーホフというダンサーについては以前、2006年に「世界バレエフェスティバル」のAプロBプロ及び「ジゼル」全幕をまとめて観て、ある程度どういう人か知ってはいました。
ようするに、この人は《ひとたび跳び上がれば、《半神》にでも《神》にでもなれるダンサー》だと。
ええ、《空中で止まってみえる》というのはあまりにも使い古された文句ですが、それが現実に目の前に現れるとなると《使い古された》も何もないですよね。だって、そう見えるんですから。仕方ないでしょう。確かに止まってましたよ、あの人。


そして、この『牧神の午後』なわけですが……-
そうなんですねぇ。。。この人、跳ばなくても《半神》になれるんですねぇ。。。
冒頭、舞台中央に築かれた緑の丘の上で寝そべるマラーホフ=牧神。この時からもう、完全に《半神》ですよ、この人。
しかもこの演目の幕切れなんて、《独り取り残された悲しみにくれる牧神は、ニンフが残していったスカーフを見つけ、これで自らを慰める》(公演プログラムより)ですからね……。
スカーフを床に引いて、腕立て伏せの構え。普通にやったら情けないことこの上ない話ですよ?こんなの。
それでも、《半神》。それでも、高貴。……えーと、もうね、誰か、この人何とかしてください。


突然話が飛びますが、ミュージカル映画の大傑作『イースター・パレード』に、フレッド・アステアとジュディ・ガーランドが乞食に扮して踊る「A Couple of Swells」とう名ナンバーがあります。

もしも仮にマラーホフが踊ろうものなら、さぞかし高貴な乞食が出来上がることでしょうね。
アステアとはまた違った、ステキな違和感が面白そうです。
マラーホフ演じる牧神にひたすら圧倒され、半分感動し、半分は呆れもしつつ……-なんだかそんなことを考えていました。


続いて第一部には定番の演目が続きますが……-感想はほぼパスということで。。
良く出来てました。踊り、皆さん巧かったです。でも、そんなに印象には残りません。
特に男性ダンサーはいずれも《高貴で優雅》という印象の方ですが……-そういうタイプの方を、そのブランドの本家本元と並べるのはちょっとばかり酷なのではありませんかね? いくら相当の実力者たちでも、色褪せて見えてしまいませんか?
例えば、こういった演目に合うかどうかは別問題として、ラスター・トーマスみたいな個性がぶつけられていれば、もう少し色々と違ったのではと思うのですが。


あ、ただ、マリーヤ・アレクサンドロワ「カルメン」だけは別です。
これだけは特別。マリーヤだけはガチ。
いやぁ、強烈ですね、この人。
なんというかもう、世界に向かって独り喧嘩を売っているような、そんな風情。


もうね、印象を一言でまとめれば《オットコマエーー!!》という方ですよ?


《女性ダンサーらしいノーブルな優美さ、触れたら折れそうな可憐さ……-?なに、それ。それを私に求めるの?この私に。私にだけはそんなものは無用。クズ籠にでも放り込んでおきなさい! そして見なさい!この美しい筋肉を。この溢れ出で、留まることなきパワーを!! このマリーヤ、引かぬ、媚びぬ、省みぬ!我が生涯に一片の悔いなし!!》


とか、なんかいまにもそんな台詞を叫びだしそう。
もうね、《超姉貴》とお呼びしたくなりました。犬と呼んで下さい、姐御。この人に命令されたら、それがどんな無理難題でも、到底抵抗の余地なんてなさそうですよねぇ。
しかし、一つ疑問なんですがこのマリーヤ姐さんのカルメン、本当に恋なんかするんですかね。恋愛なんかより、スペイン統一戦争にでも乗り出しそうじゃないですか? 絶対、そっちの方が似合いますって。《野郎ども、しっかりついてきやがれ!》《へい、合点だ!》なんだかそんな妄想が浮かびますよ、この人の踊りって。《民衆を導く筋肉の女神》の図。世紀末覇王伝カルメン
まぁ、なにはともあれ凄まじい踊りでしたよ。共演していた男性ダンサー?ああ、いましたね。そんな人も……。



休憩を挟んで第2部。
ここは丸々35分使い、「白鳥の湖」第2幕を全編上演。


バレエの《王子様役》というのはストーリーを客観的に眺めると、どの演目でもたいてい実に頭が弱く、情けなく、《いったいなんなんだコイツは》という人物であるように思えます。
そして、その典型、誰もが認める代表選手こそは、この「白鳥の湖」のジークフリート王子であるわけですね。
その王子役のダメっぷりを、ダンサーの高貴さや清潔さ、凛冽さで無理やり押し切るのが舞台の眼目となるわけですが……はい、当然のように押し切られますね。だって、マラーホフですから。
誰か、《あいつこそがバレエの王子様》というテーマソングでも作ってあげるべきじゃありませんかね、この人。


なお、この「白鳥の湖」ではロットバルトの木村和夫さんも名演だと思えました。
……悪にも悪なりの心踊る想い、抑えきれぬ喜びや期待感がある。
この人の感情豊かな踊りから、私はそんな印象を受けました。


ただこの演目、後半に行くにつれて多少ダレて来た感がありまして……。
どうも、群舞がその……ナニがアレな部分があったかも……いえ、あくまでド素人の個人的な感想ですけどね。
……すいません、正直、かなり眠かったです。
というか、少しの間意識が別世界を彷徨ってました。



さて、その後再び15分の休憩を挟み……-第三部が始まりました。
……ええ、ぼんやりしていたところを叩き起こされましたよ。
その光景たるや、まさにに鎧袖一触。客席は阿鼻叫喚の地獄絵図……じゃなかった。客席から湧き上がるのは、この公演一番の割れんばかりの拍手でした。
ええ、勿論、あの人ですよ。マリーヤ姐さんによる黒鳥です。


いや、凄かったですねぇ、これも……。


ジークフリート王子、もうオデットなんてほっておいて、マリーヤ姐さんのオディールに御国の命運を託してみませんか?きっと、世界征服も夢じゃありませんって》


そんな妄想が脳裏を駆け巡りましたよ。
……といいますかね、ジークフリート王子、このマリーヤ姐さんを放り出して、オデットの姿を求めて走り出すんですか?
それはいい度胸ですね、王子。後ろから張り倒されて昇天しないよう、お気をつけを。まぁ、注意したところで無駄だと思われますが。それは勇気ではなく、無謀と言うのです。
きっとこのオディール、ロットバルトもアゴでこき使ってますね。ええ、たかだか悪魔如きに、マリーヤ姐さんを止めることなど出来るわけがないのです。
あのハムレットだってこう言いました。
「この天と地との間にはな、ホレイショー。我々の哲学では想像も出来ないことがあるのだよ。例えば、マリーヤ姐さんの無限のパワーとか」
ニーチェもこう忠告しています。
「マリーヤ姐さんを覗き込むとき、マリーヤ姐さんもまたおまえを覗いているのだ」
多分、ゲーテあたりも何か言っていることでしょう。


……さて。続いての演目。ポリーナ・セミオノワ「アレス」
無音の空間に浮かび上がる、枯れた黄色のスーツを着た細身の女性の姿。
やがて音楽と共に、緊張感のある優雅さが、明るい可憐さに代わる。時折みせる笑顔がとても可愛らしい……


……いや、ほっとしましたよ。
これぞ、女性ダンサー。普通の。いや、普通からは遥かにかけ離れて素晴らしい踊りでしたけれど。つまりほら、《マリーヤ姐さんとは違うよね》ということで。
正に、一服の清涼剤。楽しいひと時でした。
この演目だけでなく、ダンサーその人も好きにはならずにいられないような、そんな踊りでした。


しかしですね……また妄想ですみませんが……-もしもこのプログラム、ここで代わりに「シルヴィ・ギエム「TWO」」とかだったら大変ですよね。
《これってバレエですか?それとも女性格闘家たちの模範演舞ですか?しかし、お二人とも強そうですねー。きっと倒せますよ、曙や清原程度なら。うーん、朝昇龍あたりとは互角かな》とか、謎の空間が出現しちゃいますよ。
《開けてびっくり玉手箱、『マラーホフの贈り物』はパンドラの箱だった》というオチに。あれ、なんだかそれはそれで面白そうだなぁ……。



さて。気を取り直して次の演目へ。
「スプレンディッド・アイソレヘーション」です。


これ、結構ド直球のお話ですね。


一組の男女が登場。
男は真っ裸に白のトランクス一丁(よっ、兄貴ィ!)。
女は上半身は薄い白のブラウス、そして長い長い白のスカート。
女に、そのスカートにすがる男。
苦悩し、時に男を支えようと試み、時に逃げようと動く女。
やがて女はスカートを脱ぎ捨てる。
男と女は手を繋ぎ、足を高く掲げ、共に未来へと歩みだす……


ただ、この作品の背景には、グスタフ・マーラーとその妻アルマのエピソードがあるそうで。
マーラーはアルマに、結婚前に作曲家としてのキャリアを諦めるように求めた。アルマは彼に全てを捧げ、自らのキャリアを捨て、彼を支えたのだった。「スプレンディッド・アイソレーション?」は、男女の関係を探り、その関係のために自らの一部を犠牲にするということについて考える》(例によって、パンフレットより引用)
……ふーん、なるほど。



ブービーに控えていたのは、「ドン・キホーテ」。
お祭りにはつきものの演目、ひたすら明るく、ド派手な踊りですね。


また唐突に古いミュージカル映画で恐縮ですが、これを観ていて、《ああ、ジーン・ケリーってこういうのに憧れていたんだな。なるほど、バレエの中でもいかにもドン・キホーテなんか好きそうだもんな、あの人》なんてことを思いました。
至高の傑作『雨に唄えば』の幾つかのナンバーや、実に幸運な評価に恵まれた『巴里のアメリカ人』とか、なんだかその辺の話です。まぁ、この人が主に取り入れたのはクラシック・バレエではなくモダン・バレエだったという話も聞きますが。

あ、すいません。肝心の今回のドンキについては、《あー、でも、この前観た上野水香スカラ座の「ドン・キホーテ」の方がずっとずっと良かったなぁ》という印象です。冴えない感想ですみません。



トリを飾るのは勿論この人。バレエの王子様、ウラジミール・マラーホフ
この『マラーホフの贈り物』のために作り上げたという新作、「ラ・ヴィータ・ヌォーヴァ」です。
本来、昨年の大怪我が無ければ演じるはずだった「ヴォヤージュ」(Aプロ)「アリア」(Bプロ)に代わって、両プログラムで演じられるということです。


内容は以下の通り(《演目変更のお知らせ》記載の演目紹介より引用)。


マラーホフがこの<マラーホフの贈り物>のために、ベルリン国立バレエ団プリンシパル/振付家のロナルド・ザコヴィッチに委嘱した新作。世界初演。作品のタイトルはイタリアの詩聖ダンテの『新生』から取られている。
(中略)
「この作品のアイデアは、天使のようなものが禍々しい部分から生まれるというものです。ネガティヴなことや悪いエネルギーから逃れようと何かを試みること、それが新生(ニューボーン)であり、新しい人生(ニューライフ)なのです」(マラーホフ)」

不吉で陰鬱な音楽と共に、白い衣装で舞台に現れるマラーホフ
苦しみもがくような踊りの後、纏っていた衣装を脱ぎ捨て、下着姿のようになる。
やがて苦悩の時は過ぎ去り……新生の喜びに顔を輝かせるマラーホフ……-。


おそらく10分に満たない小品でした。
テーマは明確だと思われます。大怪我の苦しみとそこからの復帰の喜びを、新生というテーマに託して踊りにしてみせた、と。
なるほど、この「マラーホフの贈り物」に相応しい演目です。
そして、この公演を締めくくると共に「日本の皆さん、これからも宜しく!」というマラーホフ流の挨拶にもなっているのかもしれません。



……ただまぁ、それにしても。
この人はドン底の苦悩と新生すら、実に優雅で気高いのですねぇ。
《白い》ですねぇ。苦悩も新生も。
なんででしょうねぇ。《是非とも一度、この王子様を黒い黒い泥沼に突き落として汚してみたいなぁ》と思ってしまうのは。
いや、《なんででしょう》というか、これって結構、自然な思いのような気もしますねぇ、人として。


まぁ、でも、世の中に何人かくらい、こういう《選ばれた人》がいてもいいんでしょうね。
第一、観ていて面白いですし。


ともあれ、マラーホフからの2008年の贈り物は、実に素晴らしいものでした。
そこに唯一大きな不満があるとすれば……-ねぇ、マラーホフさん。Bプログラム三日間、どれか一日くらい、休日・祝日に入れてくれてもよかったんじゃないですか?というか、入れろよ[m:55]

[m:212]2/12追記
結局、20日にBプログラムも観に行くことにしました。
「牧神の午後」の別バージョンをなんとしても観たかったので(《ロビンス版》のロビンスって、『ウエスト・サイド・ストーリー』のあのジェローム・ロビンスですし)。
あと、マリーヤ姐さんが『シンデレラ』を踊ると聞きまして!
……どんな豪壮なシンデレラになるんでしょうねぇ。
あと、マラーホフ、ロシアじゃなくてウクライナ出身でしたね。


それと、10日に行われた、
マラーホフによる「プレミアムレッスン」も
それはそれは面白いものだったと聞きました。


「ジゼル」の演技指導だったそうですが……


●母に踊りの許しを求める場面の説明として。
「「ママに車買ってー、買ってよー」とねだるように!」
「「ママにダイヤモンド買って!ダイヤモンド買って!で!」

●まだ時間はあるのでゆっくりと、とマラーホフ
「山手線の電車はまだありますよ」


……どんだけ面白い人なんですか、この王子様。


しまいには、「バレエ・ダンサーより、落語家にさせたい」
なんて暴論(笑)まで。
読んでつい、マラーホフが高座に座っている姿を想像して、
ツボにはまって大爆笑しましたよ。


「それってぇと、何かい?お前さん、
 ジャンプの着地のとき足音が消えるようにしたいのかい?」