おがきちか『Landreaall』一〜三巻/構成の綺麗さ。≪知っている≫ということへのこだわり。

○一〜三巻の構造の綺麗さ

始まりの五ページで、ひとつの物語が始まり、終わる。
おがきちかLandreaall』は一旦三巻まで読み終えた後で、一巻4p〜8pを読むと、その構造の綺麗さに驚く作品です。


DX(歌だ そうだ俺は知っていた)
DX「……昔の夢だと 思ってた」
DX(知ってたんだ)


と≪物語≫の始まりが描かれ、そして1ページで時間が流れ、続く2ページでもう、DXは≪知っている≫。
始まりの6ページで、始めと終りが描かれる物語。


DXは≪知っている≫物語を生きる。
望みが思うように叶えられないことを知りながら、抱いた約束を果たすべく旅立って。
旅の途中、≪知っている≫ことを変えられることを告げられ、それを≪知りながら≫、選択する。



そして、そうまで綺麗に終わってなお、物語が楽しく続くのにもっと驚かされます。
その驚きと楽しさを味わうためだけでも、『Landreaall』少なくとも三巻まで、ぜひ読んで欲しい作品です。



○≪知っている≫ということへのこだわり。


この≪知っている≫ということへの強い強いこだわりは、これまでのところ全篇を通じて『Landreaall』という物語の大きな面白さにもなっています。


Landreaall』の登場人物たちの多くは、言葉や表情に自覚的にとても気を使います。


自分の望みを≪知っている≫。
相手の望みを≪知っている≫。
自分や相手の地位や立場を≪知っている≫。
果たすべき義務、求められている行動を≪知っている≫。
今の状況を≪知っている≫。


そう思っているし、そうであるように願っているし、努力している。
そして、その言葉に責任を持つ意志も強い。
どんな言葉を自分が人に投げかけたか、投げかけられた問いかけに対して相手はどう答えたか、その時に相手がどんな返事をしたり表情をみせたか、実によく覚えている。


だからこそ、後になって。
異なる時や場所、相手に他の形や(特に、立場を逆転させた形で)同じ問題が投げかけられた時、≪知っている≫と思っていたことに意外な違う答えを見つけ、(ああ、そうだったのか!)とか(あの時言われてたのはこういうことか!)と驚いたり、慌てたり、恥じたり、納得したり------たまらなく嬉しくなったりする。
そして、その≪知っている≫答えが変わったことを表す言葉の選び方、使い方がとても上手く、面白い。
その姿が、『Landreaall』の中で何よりたまらなく好きなところです。



一〜三巻だと、もちろん、DX・イオンの兄妹と彼らに仕えるニンジャ・六甲のやりとりが最大の魅力。

「命令するような言い方をするのは ホントは好きじゃない」
(二巻p82)
と再三語るDX。
同じく幾度も、
「はやくロッコーが自由になればいーなって思って」
(三巻p32)
と口にし、
六甲「影としての分は忘れたことがありませんが…ルッカフォート家の皆様には体を養う場とは別の…いろいろなものを頂いております。このご恩は一生かかってもお返しできるかどうか」
イオン「……貸し借りみたいに言わないでよ」
(三巻p34)
と答えるイオン。
言われた六甲は、しっかり言葉を受け、相手の望みが頭では分かりながら(=≪知っている≫と思いながら)、ますます、それに甘えず、むしろだからこそ「影としての分」を弁え果たすことが最もDXやイオンのためになるし、それを果たせることが誇りであり喜びでもあると思わずにはいられません。


向けられてきた言葉がそれが頭で≪知っている≫以上のものになると共に、ニンジャとしての分を超えることを言わざるを得なくなったのは三巻p125、DXに、

「うーん…六甲 もういいぞ」
「お前をここで拾った俺の分のお前への貸しはもうチャラだ」
と言われた時。


ここでDXは主人として、自分が自分の責任と覚悟でここで死ぬならそれはいいとして、六甲が後追いで死んだりしないよう、≪主人としての分≫を果たそうとしています。
つまり、「チャラだ」で責任を取ることを禁じて、「俺の分の」ということで、≪今後イオンに仕えろ≫と命令して、二重に止めている。勿論、六甲にはそれが分かる。


六甲は当然、主であるDXの死を前提とした命令を受け入れられません。
DXになんとしてでも生き延びる意志を持たせるよう、それは断らなければならない。
しかし、≪主人としての分≫を守ったその命令に、これまで答えてきたように≪影として≫≪まだ到底ご恩を返せていない≫などといって聞く相手でないことも、これまで真剣にDXの言葉に耳を傾けていた六甲には分かる。
だから、六甲はニンジャとしての役目を果たすためにも、ニンジャには相応しくない言葉を口にせざるを得なくなります。

「か…貸しとか命令では…ありません」
「DX様をお助けするのは…男と男の約束だから…です」
(三巻p125-126)
これまで自分に向けられた言葉を逆転させ、決め台詞は作中で初めてこの話題でDXが口にした台詞(一巻p29)。
こう来られてはDXはそれを突き返せない。六甲のためにもDXは必死に生きようとせざるを得ません。
もっとも、そこでさらに、
「俺がもし……」
(三巻p127)
と今度は≪命令≫ではなく、≪頼み≫(男と男の約束)としてイオンのことを任せ、任せることで六甲を助けようとするけれど、それ以前にDXに自分の傷を気遣わせ、生き延びる努力をさせることは出来た。
また、その言葉は間に合わなかったから、DXは意識を失ったりしても、なんとか意識を取り戻すべく努力せざるを得ません。
生死を分ける微妙な瞬間に、六甲は大きな役目を果たせたことになります。


ここで、六甲にとってこれは何よりもまず、ニンジャとして≪主人である≫DXを守るための方便です。
ただ、口にしたのはそれこそ≪家族のようなもの≫としての六甲の心でもあって、そうであるからこそ、それは六甲のアイデンティティを揺るがす大きな一歩にならざるを得ない。
言葉は向けられた側だけではなく、口に出した者にも跳ね返って強く響きます。口に出すことで、自分の中に確かにそうした≪家族のようなもの≫としての思いがあることを六甲は知り、認め始めざるを得ません。


また、こんな場面でDXに≪主人としての分≫を前面に出されたことで、自分に≪影としての分≫を口にされた時のDXとイオンの心が、頭で≪知っている≫と思っていた以上に実感せざるを得ません。


両面から、六甲は揺さぶられることになります。
これは六甲にとって後々、DXがアカデミーで得た友情を大切にし、それにリスクを冒して飛び込んでいく心や、その望みを理解しようとする上での助けになっていったように思えます。


ただ、一方でそうした揺れを感じざるを得なかったからこそ、六甲は意識的にはより≪ニンジャとしての分≫を守ることを心掛けようと思わずにはいられません。
特にイオン誘拐、DX重傷と続けて主人を危機に晒した六甲は、こと彼らの深刻な身の危険に対しては以前にも増して強く気遣うようにもなったでしょう。


だから、六甲がここで受けた揺さぶりが表面に出て、行動として≪変わって≫いくには、後の≪聖名事件≫の折、イオンに

「お兄を守るには お兄が大事にしてるものも一緒に守らないとダメなの!!」
(7巻p65)
と教えられるまで待たなければなりませんでした。
・・・なんだかまぁ、面倒な物語ですよね。



そして、もう一つ面倒なのは、≪〜としての分≫というのは六甲だけの問題ではないということ。


DXも領主の息子として、高順位の王位継承権者として、果たすべき分、責務を強く意識していて。
父が軍の元英雄、母親が傭兵という出自も手伝って、

「エカリープは引退した軍人と傭兵が中心になって作ってきた街だ」
(三巻p60)
という人々の輪に入って友人付き合いをし、生来の魅力で大いに惹きつけ好意を得つつ、
イオン「みんなに謝らなきゃっていってた」
(三巻p168)
「俺が竜を倒せなかったらどうなってただろう
 俺の我侭で大勢の人を危険に晒してしまった」
「みんなが俺を信用してくれるのは父さんの息子だからだ」
「俺はそんな皆の信用に足るような人間じゃない」
(三巻p173-174)
と大いに凹みます。
それが旅立ちの際、街の人々にもうとても思ってもみなかった送られ方をして。
DXはただもう、
「なんて言っていいかわからない……」
(四巻p16)
と作中でも飛びっきりに無防備な顔をして口にせざるを得ません。


六甲には≪兄貴≫としてこれまで見てきた通りの態度で、「ごめんなさい」と繰り返すマリオンには、

「謝ることなんかない」
「(好きになったのは)」
「君のせいじゃない」
(三巻p143)
と言うDXは、自分が「謝らなきゃ」と思っていた相手に手放しの好意を向けられた時、もう、ただただ言葉もなくて。


ひとまず物語が実に綺麗に収まった後の四巻はこんな始まり方をします。
それはまぁ、実に魅力的な物語ですよね、これ。


で、四巻以降の話はこちら。
ただ、四〜十二巻のネタばれ大満載で、絶対に先に一度フツーに十二巻まで読んだ後の方が、作品も感想も楽しめますので、書いておいてなんですが、それをお勧めします。


○「『Landreaall』竜胆の物語として四巻〜十二巻を振り返ってみる」
http://d.hatena.ne.jp/skipturnreset/20081221/p1