『S―Fマガジン創刊700号記念特大号』感想

SFマガジン2014年7月号』は

1959年12月の本誌創刊から、日本SF作家クラブ創設、国際SFシンポジウム、1970年代のSFブーム、サイバーパンク、「SF冬の時代」、Jコレクション創刊、日本初のワールドコン開催、そして700号を迎えた現在まで――日本SF界の55年史を、700冊から厳選したルポ、コラム、インタビュウほか70本の記事で再構築する。 あわせて、初代編集長・福島正実による第1回日本SFショー(1973年9月開催)での講演の模様を採録、また本紙の一時代を画した第2代編集長・森優、第6代編集長・今岡清のロング・インタビュウを掲載、当時の編集方針などについて語ってもらった。
http://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/721407.html

という特別号。価格も堂々の2900円。
しかし、そのお値段を遥かに上回る超濃厚な味わいに満ち満ちた一冊でした。


アシモフ小尾芙佐の邂逅。
神林長平デビュー時の中島梓の評。
鏡明による『消滅の光輪』評。
ティプトリー追悼。
ハイペリオングレッグ・イーガンを本邦に本格紹介しようとする時の山岸真の心踊り。
太陽風交点事件や栗本薫/中島梓関連のあれこれも含む編集長時代のあれこれを振り返る今岡清インタビュー。
それに、庵野秀明伊藤典夫森岡浩之瀬名秀明上遠野浩平冲方丁栗本薫円城塔神林長平、宮内悠介……。
綺羅星のごとき面々がそれぞれその人にとってもジャンルにとっても重大なターニングポイントを迎えたときのインタビュー群などなど。
まとめて読むと、実に恐ろしい読み応えでした。


それ自体あまりにも面白過ぎる記事が溢れに溢れていますし、ページをめくっていくうちに関連して読者各々の記憶が蘇らずにはいられないだろう、素晴らしい特集号だと思えます。


たとえば、『ハイペリオン』、(これから日本に自らの訳で紹介しようという)イーガンを興奮と喜びを込め語る記事を目にして。
(僕は稀にしかSFファン交流会SFセミナーその他のイベントに顔を出さないのですが)確か何回目かの「知り合いもいないし、有名作家や翻訳家も顔と名前もまるで一致しない」という中でのファン交での出来事が思い出されました。
そこでは、いろいろ見たり聞いたりしているうちに「あ、この人があのイーガンの翻訳者の……」と気づいたその人が、もう誰彼構わずといった感じでひたすらある新進作家とその作品を「これを勧めずにおくものか」という勢いで熱く語りに語っていて。
それは「魚舟・獣舟」であり、上田早夕里であって。
その時点でもとても印象深く、そして後に『華竜の宮』が刊行されそれを読んだときにはなおさら一層「やっぱり、すごいものなんだな」と思わされたというか、思い知らされました。
※なお、『魚舟・獣舟』(光文社文庫)解説はその山岸真さんです。

魚舟・獣舟 (光文社文庫)

魚舟・獣舟 (光文社文庫)


たとえば、某追悼特集に書かれている「去年五月、池袋」。
今思い出してもいろんな意味で夢のような体験だったのですが、そこに居合わせたことを思い出さずにはいられませんでした。
SFに関して"何ものでもない"人間は、自分ひとりしかいなくて。
殆どは作家の方で、全員今回のATBにも作品がランクインしており、他の人も他の人で……。


一応、その2008年5月15日夜の話について、mixiに日記が残っていて。
ここでもそのごく一部抜粋してみることにします。

この会の話を伺ってから大急ぎで買い、三日間のうちにどうにかこうにか読んでおいた本が二冊ほどありました。
特に黄色い本はワカラナイなりに、とんでもなく興味深く。
そしてそれよりなにより、読んでいる間中、ひたすら楽しい気分にならずにはいられない作品でした(この軽やかさとこれまた興味深かったもう一冊の重苦しさとがおよそ対照的で、その意味でも面白くて。検索するとすぐ出てきたMixiが絡んだ出版の経緯も含めますと、ますますオモシロイ)。
で、一旦二冊を読み終えたほぼ直後に、作者と帯の煽り文句の推薦者が正にその帯での紹介について語ったり、その二冊の著者同士が話し合っているのを聴くのは------ある意味申し訳ない気持ちで一杯でしたが-----おそろしく贅沢な経験でした。

今改めてつくづく思うのですが、「おそろしく贅沢」なんて一言で済む話ではありませんね。


ただ、太陽風交点事件についても(今岡清インタビュー)、現在のSFやSF作家が直面している問題点についても(SFと復興 小松左京から考える)。
今回もオールタイムベスト国内作家1位に輝いた故・小松左京御大が膨大な功績と共に遺した影でもあるのだ……といわんばかりの話には。
「ああ、小松左京すごいな。偉大だな。巨人だな」と素直に受け取るべきなのか、「虎は、死ねば毛皮を便利に使えマス。けれど、生きているウチは猛獣デス。死んだ人間は便利ダネ」(『円環少女』)と斜めに構えるべきなのか、微妙に思えたりもしました。


また、「そうか。すごく評判いいけど読むといつも「苦手だ」と思わされてしまう海外SF、ここに集中してるんだ」と思えてしまったのが「ニュー・ウィアード・エイジ 英国SFの新潮流」。
今現在相性が悪いとわかってしまっているもの、優先順位下げるのはいい対処なのかもしれないと思えます。


そして、この号の目玉でもあった国内外のSF作家及び短編・長編オールタイムベスト投票結果発表について。
メールでも受付可だった平等な投票ということもあって、自分みたいなミーハーなファンだと既読率を出してみてもとても親しみがある(逆にいうと意外性に欠けた)結果でした。

2014年SFマガジンATBの既読、国内長編44/50、国内短篇43/50、海外長編37/50、海外短篇41/50。合計で165/200。
2011年の「SFスタンダード100」企画だと黒い方は26/50。白い方だと33/50、合計59/100でした。割合がだいぶ違います。
ただ「確かに読んだのだけど、内容をろくに覚えていない作品」を除くと、どちらも目減りしそうではありますが……。


ともあれ、特にATB国内短篇。
眺めてるとなんだかいろいろ嬉しくなってしまって。
飛浩隆作品で3位「ラギッド・ガール」6位「象られた力」は当然(特に前者。作者自身も認める現時点での最高傑作だったかと記憶していますし、「この人にしか書けない」という面でも、作品の残酷な美しさと読み手とその現実にまで否応なく浸食してくるかのような圧倒的な印象においても、比類ない作品かと)と思えますが、個人的に偏愛の上にも偏愛する作品「デュオ」の25位ランクインがとりわけ喜ばしくて(35位「自生の夢」37位「魔述師」も。あえていえば「クローゼット」が漏れたのが残念です)。
「「百々似隊商」ではなく「皆勤の徒」なんだ?」と思ったりもしつつ、これも素晴らしいことだな、と。
星新一作品の個人的ベスト1であり続けている「処刑」の返り咲き(23位)にも思わず「よし!」と声が出そうになってしまって。
「やっぱり一つ選ぶなら「Boy's Surface」(11位)だよね」とこれも実に嬉しい。
「希望」「西城秀樹のおかげです」(同票で45位)ランクインも「ああ、いいなあ」と思わずにいられなくて。
ただ「allo,toi,toi」(14位)については、もっと順位が高くあってくれたら、より嬉しかった。


ATB国内長編。
結果を眺めていて改めて「シリーズはできるだけシリーズで投票しようorできるだけ一作を選ぼう」みたいなガイドラインでもあってくれるか、シリーズ部門として独立して投票とかだと選びやすいのに」と思わされたりも(いえ、自分でも「「勝手ばかりいうな」と強く自己ツッコミせずにはいられない話ではあるんですが)。
思いつくだけでも《廃園の天使》《オーシャンクロニクル》《天冥の標》≪マルドゥック≫≪シュピーゲル≫《雪風》《火星三部作》《司政官》あと、アナログハック/ITPなどが登場する一連の長谷敏司作品も強引に「シリーズ」扱いにすれば、その中で選ぶのも面白いでしょうし。
それを除いた長編の中でのベストならばだいぶ選びやすく……なり過ぎますかね。
そこら辺のシリーズ、ホント、凄いです。
そして、結果解説にもあったように「現在進行形」率がとても高いのがめちゃくちゃ嬉しいところです。
なお、巻末などで予告されている、次号のSFマガジンに掲載されるというプロ限定の投票とその分析も、待ち遠しいところです。


ともあれ、冒頭の繰り返しにもなってしまうのですが。
これまで、SFを楽しんできたことを振り返るのにも。
これからもSFを楽しんでいこうと改めて強く思うのにも。
かけがえのないマイルストーンとして機能してくれる、最高の特別号だったと思えます。




ちなみに、自分のオールタイムベスト投票内容は以下の通りでした。
※()内は今回発表された投票結果での順位。

【国内長編】
1:飛浩隆『グラン・ヴァカンス』(4)
2:長谷敏司円環少女≫シリーズ(圏外)
3:上田早夕里『華竜の宮』(7)
4:冲方丁マルドゥック・スクランブル』(21)
5:小川一水≪天冥の標≫シリーズ(6)


【国内短編】
1:飛浩隆「デュオ」(25)
2:長谷敏司Hollow Vision」(圏外)
3:星新一「処刑」(23)
4:津原泰水「五色の舟」(1)
5:円城塔「Boy's Surface」(11)


【国内作家】
1:飛浩隆(4)
2:長谷敏司(19)
3:上田早夕里(12)
4:小川一水(6)
5:冲方丁(17)


【海外作家】
1:アイザック・アシモフ(10)
2:アルフレッド・ベスター(28)
3:ジョージ・R・R・マーティン(36)
4:グレッグ・イーガン(1)
5:ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア(6)


【海外長編】
1:アルフレッド・ベスター『分解された男』(圏外)
2:ジョージ・R・R・マーティン氷と炎の歌》シリーズ(圏外)
3:グレッグ・イーガン万物理論』(6)
4:レイ・ブラッドベリ『何かが道をやってくる』(圏外)
5:アイザック・アシモフ銀河帝国興亡史》シリーズ(圏外)


【海外短編】
1:ジョン・ヴァーリー「ブルー・シャンペン」(9)
2:ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア接続された女」(4)
3:オースン・スコット・カード無伴奏ソナタ」(28)
4:ダニエル・キース「アルジャーノンに花束を」(5)
5:アシモフ「ガニメデのクリスマス」(圏外)


子どもの頃好きで好きでたまらずひたすら読み漁った(そして、その訳者といえばまず真っ先に思い浮かぶのが小尾芙佐さんでした)アシモフから、短篇部門「うそつき」「お気に召すことうけあい」、「母なる地球」あたりを入れたい、長編部門≪銀河帝国興亡史≫シリーズもっと上の順位にしておきたいな……とは思えてならなかったのですが。
でも、この2014年の今、それはできません。
そこら辺への思い入れも込めて「Hollow Vision」を短篇2位に。
心理歴史学ロボット三原則&第零法則もそれはそれはもう、懐かしいものになったんだなあ、と、改めて。
そういう流れだと長編も『BEATLESS』入れるべきなのかもしれませんし、それでも良かったのですが。
それでも、『円環少女』、たまらなく好きなんです。


国内長編(&連作短篇)。
五枠だとSRE、『消滅の光輪』、『プリズム』(or≪戦闘妖精・雪風≫)、『ハーモニー』入れられないというのが辛くて……。
短篇では「地球はプレイン・ヨーグルト」「西城秀樹のおかげです」「間接話法」とか、そこら辺からも一つ入れたかったのですが、枠が足りないことに泣きました。


海外短篇。
「ガニメデのクリスマス」は、「は?それがベスト?」と改めて聞かれたりするとそりゃあ困るのですが。
ただただ愉しくて昔何度も何度も読んだ作品で、久々に目を通してみても「やっぱりこれ、好きだな」と思えてしまったのですね。
先述の通り「かつて好きで好きでたまらなかったアシモフの短篇については、2014年ではベストとして挙げ難かった」という代わりでもあったりはします。