『グラスリップ』の「未来のかけら」とエッシャー『昼と夜』(途中)

※まだ途中ですし、いろいろ再検討や手直しも必要かと思いますが、とりあえずこの状態でも公開してみます。


沖倉駆と深水透子にとっての「未来のかけら」とは一体なんなのか。


それは「未来が分かったとしたら」という透子の自問自答、妹や母への問い掛け、神社でのやなぎと駆のやりとり、そして13話では透子母(深水真理)に総括されたり、透子と駆のやりとりで語られたり、1話の透子と駆をなぞるような透子と雪哉のジョナサン談義などでも語られている他に。
※参考:『グラスリップ』全13話の簡易解説」


エッシャー『昼と夜』をモチーフに、駆と透子にとって「未来のかけら」が意味するものが変わっていく様子が2話、7話、11話と対比で描かれているのだと思えます。
以下、キャプチャーを交えつつ、解説を試みてみますが、まず、結論から書くと。


まず、2話時点での「未来のかけら」。

○「未来のかけら」について語ることに意欲的であり、執着するのは駆。
○駆にとっては透子に「やっと会えた」のだという証拠。
○透子にとって「未来のかけら」はずっと今まで通り仲良しだった幸、やなぎ、雪哉、拓の四人が去っていってしまう怖れと予感を押し留める希望。
○駆の説明により、透子もその能力は「未来の出来事を映像で観る/音で聞く」ものと捉える。
○駆と透子が「未来のかけら」に託すものは食い違っているが、どちらも強い希望をそれに抱いている。

それが、7話の麒麟館時点では。

○「未来のかけら」の示すものに積極的に、駆を引っ張っていく勢いでこだわるのは透子。
○駆にとって透子が「やっと会えた」相手だという証拠だと思っていた「未来のかけら」は逆に、透子との心の繋がりを疑わせるものとなってしまっている。
○それまで「未来のかけら」からは友人四人を案じていた透子が、駆の身の危険を恐れる。
○「未来のかけら」に対して透子は恐怖を覚え、駆にとっては諦念(「未来は変えられない」)を抱いている。

同じく、7話の海岸。

○「未来のかけら」が未来を示すものだということについて駆は疑念を呈し、透子は強く反発する。
○駆にとって「未来のかけら」は不吉でもあり、何を告げ知らせるものなのか強い疑念を抱くべきものとなっている。
○透子に対し「未来のかけら」は唐突に、思ってもみなかった牙を剥く。

そして、11話。

○駆には感じられず、透子にしか見えない「雪」の出現で「「未来のかけら」とは何か」という駆、透子の疑念は最高潮に達し。
 それが何であるのか確かめる「実験」をせずにはいられなくなっている。
○透子は駆の両親に聞かされた「唐突な当たり前の孤独」を知るため「実験」を恐れながらも希望を寄せる。
○駆は「未来のかけら」がそんな能力に関係なく今、ここにあるようにみえる透子や互いの家族との関係を壊したり傷つけたりしないか恐れている。

このように遷り変っていると思います。
そして、そのいずれにも、エッシャー『昼と夜』がモチーフとして姿を見せています。


以下、それぞれ解説を試みてみます。


■2話「ベンチ」より。

「うちのグループ、恋愛禁止だから」

「ええ!?」
「そういうの、すぐ崩れると思うけど」

「透子は自分の才能についてどう考えてる?」
「自分の才能?」
「能力といい替えてもいい。君の幻覚の話」

この台詞に合わせて画面一杯にエッシャー『昼と夜』がずっと映され続けることで、この画が二人の能力、幻覚について象徴するものであることが示唆されます。


田園風景を昼から夜に向け飛ぶ白い鳥……と見えた白い鳥は逆に夜から昼に向かう黒い鳥を示し、あるいは生むものなのかもしれません。
地上に広がる田園と空を行く鳥は切り離されているのでなく、田園の模様が白と黒の鳥に徐々に変化していっています(逆のこともいえます)。
これはまず、この後、駆によって未来を先取りしていると語られる二人の能力=「未来のかけら」は、本当にそうなの?というほのめかしとして受け取れます。
その他の意味については、都度、示して行きたいと思います。

「あの……外に出ない?」※右奥に「昼と夜」

(長く尾を引く鳶の鳴き声)

(遮るものなく、明るく輝く太陽)

「暑い……」

「俺、透子に謝りたいことがある」※左奥に「昼と夜」
「え?……」
「そうだ!あんな一方的に約束して……もし来なかったどうするつもりだったの?」

「その時は、何度でも会いにいくさ」


(その後、その能力は「未来のかけら」、駆は声、透子は映像が見えるものと駆は語る)
(そして、あの祭りの日、「両方が合わさった「かけら」を見た」と彼は語り……)

(「やっと見つけた」)

と透子はあの日の「未来のかけら」を思い出す。

そして透子の「未来のかけら」が見えるきっかけとなることを聞かれ、
「キラキラしたもの」を見た時と答え。
駆の進めるまま、透子はそれをここで試してみる。



(「私も……未来が観たいの」)


以上が二話の「未来のかけら」とエッシャー『昼と夜』の関連描写です。


まず、駆の「未来のかけら」について透子に語り、分かって欲しいという強い執着が目を引きます(「その時は、何度でも会いにいくさ」)。
駆の話を聞いて透子が思い出した「やっと見つけた」という言葉に、彼の思いは端的に示されているかと思えます。


一方の透子が駆に促されて観た「未来のかけら」。
線路の上、別れを告げるように手を挙げる拓をはじめ、去り行く後姿にみえる四人の友人たち。
駅のホーム前の線路に独り取り残されるかのような透子。
走り行く電車のイメージ。
※他の場面でも誰かがこれまでと違う「未来」へ向かって今の一歩を踏み出す場面でそのイメージが現れます。


1話でも度々示され、2話の引用部分冒頭でも幸と駆のやり取りによって強く示された、「ずっとこれまで通りの友人でいられない」恐れのイメージです。


この時点で駆と透子が「未来のかけら」に求め願うものがめいいっぱい食い違ってしまっているわけですが。
そのすれ違いが積み重なり、6話「パンチ」でのやなぎの平手打ちにいたるまでの顛末は、下記のまとめで触れたりもしました。
※参考:『グラスリップ』全13話の簡易解説」



なぜ、そこまで事態が進行してしまったかというと。
作中の透子にとっても、視聴者にとっても「やっと見つけた」と駆が確信した理由がしばらく謎のまま進行したからです。


それが当人の口からはっきり語られるのが、同じく6話「パンチ」。
雪哉に「走ること」で勝負を挑み、やなぎに平手打ちをされた後での透子との次の会話かと思えます。

「あれを未来の欠片と名付けたのは、俺にとって、あれが自分に欠けているピースのような存在だと思ったからなんだ。
 不完全な俺が安定した形になるためのピース。
 でも、そのピースも弱々しいただの音だったり、人の声だったり、それ以上のものじゃなかった……透子と会うまでは。
 少しずつ分かってきたんだ。
 俺が欲しがっていたのは、なんだかよく分からないピースみたいなものじゃない。
 もっとハッキリとした、もっと実体のあるものじゃなかったのかって……」
「それって……」
「君の声ばかりなんだ……聞こえてくる声が」

更に付け加えると、4話、やなぎと雨宿りしながらの「駆」という自分の名前についての語り。

「"カケル"って」
「馬偏に区。馬を走らせるとか、追いたてるとか、そういう意味。
 もしかしたら、名づけ親は、何かの欠如という意味も、付加したかったのかも」
「親は子の名前にそんな意味かけたりしないと思うけど」
「そうかな」
「当たり前じゃない」
「そう……かな」

も踏まえるとより分かりやすいかと思えます。



で、それまでの流れも受けつつ、駆の長い告白を受け、大きく透子の思いが変化して。
それを反映しているのが、次に示す7話、麒麟館のやりとりなのかと思えます。



■7話「自転車」より、麒麟館の場面。

(鳶が高く長く鳴く声。その姿は見えない)

(駆を待ちながら『昼と夜』に見入る透子)


「やあ」
「あっ」

(駆の手を引き外に歩み出る透子のハーモニーショット)

「あんなところにツバメの巣があったなんて、全然知らなかった」

「あっ、雛がいる」

「みたいだな。二羽、確認している」


ツバメの雛を駆が知っていたことから、ずっと暮らしてきた自分の街なのに、
駆君の方がいろんなことをよく知っているのが悔しいと透子。
「透子が暮らしてきた事実に比べればつまらないことだよ」と駆。
「そんなことないよ、駆君すごいよ」と透子。

「俺、なんか恥ずかしいとこみせた」

「あ……そんなこと…ない」
(やなぎの駆への平手打ちの回想)
(頬を打たれた駆のハーモニーショット)

「今日、やなちゃんがうちに来て、昨日のこと話したの」

「友達なんだな」

(その反応を見ての透子)

「あの……私と駆君は……なに?」

「え……?」

「…ぅ……」

「ごめん……急に駆君を、見れなくなった」

「俺たち、変な力を持っている者同士以上の関係になれたのかな」
「え……?」

(羽ばたきの音と共に二人の顔に影が落ちる)

(鳶の高く長い鳴き声が響き、飛ぶ鳥は明るい太陽(昼)を隠し、一瞬、陰(夜)とし)

「あっ……っ!」
(その入れ替わりが幻視を招く煌めきになり)

(『昼と夜』の絵の中に落ちていく駆の「未来のかけら」が幻視される)

彼女はそれを、物理的な落下だと捉えてしまう。
その幻視に慌てふためき、壁に駆を押しつける透子。

「今、駆君が落ちるのが見えた!こうしていれば、大丈夫だよね…?」

「未来は……変えられない」


そんな駆の言葉に耳を貸さず、
「やっぱり海にする。その方が安全。明日は海、絶対ね!」
と押し切る透子。



ここで、以上の場面の解釈ですが。
ここでは一応、2話と7話で、比較が分かりやすくなるようにキャプチャ画像と台詞引用を選んでみたつもりです。


2話では気にしていなかった「昼と夜」に見入る透子。
彼女は駆が来るなり、その手を引いて外へと連れ出していって。
その変貌ぶりと駆の驚きが、ハーモニーショットで強調されています。


ツバメのくだりは二話との比較からは逸れる話かもしれません。
まだこれから飛ぶ準備をしている、親の助けを必要としてもいる二羽の雛……特に13話の展開を鑑みると、これは透子と駆の二人の寓意なのかな、と思えます。


で、面白いのはその後に示したやりとりで。
先掲のまとめで触れたようなすれ違いの積み重ねの結果、駆は透子が「俺の味方」でなく、幸、やなぎ、雪哉、拓の味方なのかな……という思いに捉えられているのかとも思えます。
「友達なんだな」はその辛さを隠した台詞と表情で、たぶん、「そうなの!」と無邪気に笑う反応を想像していたのかな、と。
それが、6話の駆の「君の声ばかりなんだ……聞こえてくる声が」で終わる長い告白などを経た結果、「あの……私と駆君は……なに?」という透子の反応に繋がって。
しかし、2話時点では透子との運命的な繋がりを「未来のかけら」を根拠に確信していた駆は、今は「未来のかけら」に抱く疑いのために、今、目の前で示されている透子の思いや自分にとっての透子の重さを疑ってしまっているのかな、と。


ここで透子は「未来のかけら」がみせたのが物理的な落下だと思い込んでしまったわけですが。
キャプチャーで明らかな通り、あれは『昼と夜』の交錯し互いに溶け合う白い鳥と黒い鳥への落下であって。
解釈としては、かつての確信の根拠だったものが疑いの元となり、その疑惑にはまりこんでしまた駆の精神を示すものなのかと思えます。


2話で駆の確信を示すように遮るものなく明るく輝き続けていた太陽と、7話で鳶(=駆の象徴)が陰となって太陽を一瞬覆い隠したことが引き金となり、あの「落下」の「未来のかけら」をもたらしたという描写の対比が巧みだと思えます。



■7話「自転車」より、海の場面。


そして、他の人物たちの描写を挟み、翌日、朝。
待ち合わせに少し遅れてやってきた透子。
少し言葉を交わした後、駆に、

「これ、あげる」

と揃いの蜻蛉玉(とんぼだま)を贈る。
それを受け取りながら
「少し、気になることがあるんだ」と駆。
「透子が言ってた、落ちる俺」について話題にする。

「そうよ。絶対、高いところに上っちゃダメだからね」
「そんなことが本当に可能だと思ってるのかい?」
「え?」


「大袈裟にいえば、俺はこれから一生、少しでも落ちる可能性がある場所には上れない」

「あぁ……」
「そんなこと、不可能だよ」
「じゃあ、どうすれば…」

「本当に未来のかけらだったのかな」

「でも……でも、駆君が未来だって教えてくれたんだよ?」

「もうすこしよく考えた方がいい」

すっかり機嫌を損ねた透子は飲み物を買ってくるといってその場を離れる。
入れ替わるように現れたやなぎ。透子が場を外していることを確認すると、一言言い捨てる。
「いい機会だから言っておく。ユキがかっこ悪くなったのは、あんたのせい」

そこに丁度戻ってきた透子。

「邪魔してごめん。もう帰るから」

「あの……あのっ…!」

(陽光を反射した海のきらめきが「未来のかけら」を呼ぶ)


(「お似合いのカップルよね」響くやなぎの幻の声と、鳶の鳴き声)

(黒い鳥の群れが透子を貫くように飛び来たり、去っていく)

大きく悲鳴を上げ、買って来た飲み物を取り落とし。

海の方へよろめき走る透子。

「嫌……いや………!」と繰り返しながら、自らの目を恐れるような姿の透子。


ここで、透子が7話麒麟館での駆の「未来は変えられない」や、海岸で今回の「未来のかけら」が見せた危険を避ける困難さの指摘に対する反発は過去の経緯を踏まえたもので。
例えば「未来のかけら」が警告していた(と彼女は思った)「泣いていたやなぎ」を、透子は現実にしたくないと願って。
3話で駆に「叶うかどうかはともかく、何事にも懸命なのは君の美点だな」と評されるように透子は彼女なりに雪哉の告白へのお断りなどといった方向で努力をして。その後、自分が会って話したやなぎは一見快活そうだった。
「未来のかけら」が見せたような泣く姿を目にしなかったため、透子は自分は"未来を変えることができた"と考えたのでは。


しかし、1話の鶏談義から検討され続けているように、そうして闇雲に護ろうとすることは、相手の事を理解もしていなければ、その幸せにも繋がらない行為で。
昼へ向かっているはずの白い鳥が、溶け合うように夜に向かう黒い鳥の姿を現す……あるいは、白い鳥が黒い鳥を生み出しているかのようにみえる『昼と夜』のように、透子の「一生懸命」はやなぎの怒りと悲しみを深めてしまっていて。
それに唐突に直面させられた透子は、世界が反転したかのような衝撃を受けてしまう……ということなのかな、と。


■11話「ピアノ」より。


これからまとめます……。
しばらくお待ち下さい。


一つ書いておくと。
駆が透子だけを招く彼お気に入りの場所から見えるあの町の様子。

「何かが分かるといいね」
「ああ。でも、そうじゃなくてもいいのかもしれない」
「え?」
「透子の家族と俺の家族が一緒に母さんのピアノを聴くって、そんなこと思いもしなかったけど。それだけも十分なんじゃないかって」
「それって駆君……」
「うん、怖がってるんだと思う」

この風景、『昼と夜』に重ねてあるのだろうな、という話です。