菊石まれほ『ユア・フォルマ 電索官エチカと機械仕掛けの相棒』感想

 

 第27回電撃小説大賞、《大賞》受賞作。
この『ユア・フォルマ電索官エチカと機械仕掛けの相棒』に続きシリーズ第二作が先月刊行されたところだということで、 

 そちらもすぐ読もうと思うのだけれど、この第一巻を読んで非常に面白かったので勢いでとりあえず感想を書いてしまおうと思う。

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 ※公式サイトより

 

「きみはどうして、見れば分かるんだ?」
 エチカが問いかけると、彼は沈んだ眼差しをこちらに向けた。
「過去に、優秀な刑事から指導を受けました。それだけです」
 指導を受けただけでそこまでの観察眼が身につくのなら、世の中のアミクスは全員天才だ。トトキはハロルドを特別だと言っていた、恐らくそこに起因するのだろう。
「まるで現代のシャーロック・ホームズだね」
「『君は見ているが観察していない。その違いは明らかだ』」ハロルドはにこりともせずに引用し、ジープから体を離す。「ヒエダ電索官、読書がお好きですか?」
「最初、きみのことをR・ダニールだと思ったくらいには」
アシモフですね。私は彼のように、宇宙市から来たわけではありませんが」

 菊石 まれほ. ユア・フォルマ 電索官エチカと機械仕掛けの相棒 (電撃文庫) (Kindle の位置No.939-947). 株式会社KADOKAWA. Kindle 版.

 

まず人間とロボットの刑事コンビ、バディものとしては『鋼鉄都市』が連想される。
上記のように作中でR・ダニール(・オリヴォー)の名が出されてもいるし、執筆の際に特に意識もしたとのこと。

ただ愛妻家で子ども思いのイライジャ・ベイリに対してエチカは家族関係で大いにトラウマを抱え、ハロルドはR・ダニール・オリヴォーのように人の心に疎いどころかホームズばりの観察力を見せつけ、エチカ曰く女を掌で転がす"ような振る舞いを繰り返したりする。

そんな二人の駆け引きとやりとり、"こころ"の在り方描かれ方が面白い。

dengekionline.com


なお、そこについては個人的にモノの"こころ"やアナログハック的ななにかにおいて『BEATLESS』が好きな人にも、そこそこ相性が良い作品かなとも思う。

 


よく刈り込まれた文体も魅力。
当然に飾り立てようと思えば飾り立てる力が明らかにあるけど、あえてスリムに仕立てていて主人公、エチカの装いや雰囲気に通じるものもあり、作品によく似合う。

導入となる最初の一文もいい。

 

時々突風が吹き抜けるように、こんな大人にはなりたくなかった、と思うことがある。

 菊石 まれほ. ユア・フォルマ 電索官エチカと機械仕掛けの相棒 (電撃文庫) (Kindle の位置No.26-27). 株式会社KADOKAWA. Kindle 版.

 

この突風と序章のタイトルでもある「吹雪」、エチカの姉が降らせた雪、そして終章「雪融け」。イメージの提示が鮮やか。
そうなるだろうな、という期待に応え(?)「こんな大人になりたくなかった」の一節は後に反復されもする。


イメージの魅力を感じた場面としては他には例えば、当然に身体と一体化していた情報端末から切り離されての、サンクトペテルブルグの夜の場面。

 

 自動ドアをくぐり、外に出る。
 眠ったままの空から、雪が舞い降りてきていた。
 しずしずと降りしきるそれは、幻覚などではない。刺すような空気が染みて、体が勝手に震え出す。そういえばハロルドの家を出てからずっと、薄手のセーター一枚だ。二の腕をこすりながら、辺りを見回す。道路を挟んだ向かいに、閑散とした円形広場があった。エチカは吸い寄せられるようにして、歩き出す──あれほど騒々しかった町は今や静寂に包まれ、人影は疎らだ。監視ドローンの気配もない。警察のサイレンすら聞こえない。数時間前の賑わいが、まるで夢だったかのように。
 どうして。
 エチカは、ニトロケースを握り締める。
 このことにだけは、気付いて欲しくなかった。
 広場には、塔のようなモニュメントとともに、兵士らの銅像が佇んでいた。塔には、『1941』と『1945』の数字が掲げられている。ユア・フォルマが止まってしまった今、何の記念碑なのかは解析できず、誰も答えを教えてくれない。恐らく、戦争にまつわるものだろう。
 隠しておきたかった、と思った。
 ここにだけは、どうあっても、誰にも踏み込まれたくなかったのに。

 菊石 まれほ. ユア・フォルマ 電索官エチカと機械仕掛けの相棒 (電撃文庫) (Kindle の位置No.2835-2846). 株式会社KADOKAWA. Kindle 版.

 

そこはかつてスターリングラードという名だった都市の「勝利広場」、

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wikipedia「勝利広場 (サンクトペテルブルク)」より

レニングラードの英雄的な防衛に尽くした人たちに捧げる記念碑」。

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「2013年「ロシアに行ってきました」その1」より

まず、サンクトペテルブルグで1941、1945年と示されてさえ「おそらく、戦争にまつわるものだろう」程度にしかわからない、それくらい何も分からなくなってしまった閉塞感や心細さがあるだろう。


そして「ここにだけは、どうあっても、誰にも踏み込まれたくなかった」というエチカの譲れない思いに(当人はそうとわからずとも)通じるものがあったり、それを守るために払ってきた大きな犠牲にもイメージは繋がり得るのかもしれない。


雪、吹雪がもたらす冬の惨禍、一方でそれらの先に苦しみの果ての勝利が続いている。そんな予兆でもあるのかも。

 

豊かにイメージを広げる、非常に優れた舞台選びだと思う。

 

この作品は既にコミカライズも連載が始まり(ヤングエース 2021年7月号より連載開始。作画=如月芳規)きっと映像化もされるだろうところ、その際にはどんな画で描かれるのか気になる場面でもある。

 

 

p159の挿絵は「え?作中のそれ、QRコードなの???」とすこし驚かされるところだけど、そこで何ごとかを試してみるとなるほど、強引にでも仕掛けをねじ込みたかったところなんだなということが分かる。面白い趣向。

 

ミステリとしては犯人、主人公に関わるある人物の正体、犯行の方法等々、割と早い段階に予想がつきやすいかと思えるところも目立つけれども、手がかりの置き方示し方はフェアで好印象、提示された作品世界の設計・世界観との繋げ方もなめらかで美しい。

 

キャラクターの魅力、作中世界の設計・提示、謎の提示と解決及びそれらと提示されたSF的な設定やそれも踏まえた社会との連動、読者を引きつける画・イメージの提示、それらを綴る文体。いずれも優れた佳作だと思う。

 

※7/6追記

2巻読みました。

メインとなる謎とその正体の設定がSF的(?)にもそのロジック的にも面白く、ミステリとして仕込みや意図や行動の交錯の描き方が1巻より巧みになっていると思える。

とても好印象。