みやびあきの『なでしこドレミソラ』感想メモ(3巻発売時点)

物語の導入が本当に無類に柔らかく綺麗で。

模様/文様を織り込んだ帯が人を包んだり誘ったりする独特な音楽の表現も、必見の面白さです。

まずは1巻だけでも、ぜひ。

そして3巻も。実に美しい流れでした。

twitter.com

DEVILMAN crybaby(湯浅政明監督版『デビルマン』)雑感

DEVILMAN crybaby(湯浅政明監督版『デビルマン』)。

現代的なアレンジと原作へのリスペクト、それに実写版の諸々の本文や描写、その他の作品(例えば『CASSHERN』オマージュの9話ED後描写)等への目配りや貪欲な取り込みを行いつつの、常に躍動感ある映像と音楽に彩られた傑作と思えます。

『宝石の国』『クジラの子らは砂上に歌う』の原作からアニメへの翻案について。『Just Because!』の「LINE」を活かした表現について。

twitterにしばらく前に実装された「モーメント」機能の個人的な活かし方を考えてみる機会に、ということもあり。何件かまとめてみました。

 

 あと、ついでにこんなものも。


『宝石の国』スタッフトークイベント(2017/12/23渋谷HMV BOOKS)レポート

渋谷HMV BOOKSでの『宝石の国』スタッフトークイベントを聴いてきました。
出演者は以下の皆さん。

約2時間たっぷり、濃い内容の会でした。

・プロデュース 武井克弘(東宝株式会社)
・制作プロデューサー 和氣澄賢(有限会社オレンジ)
・OP楽曲プロデューサー 照井順政
・OP映像ディレクター 天野清之(面白法人カヤック
・ビデオグラムパッケージデザイナー 山田知子(合同会社チコルズ)

・歌手YURiKA(OP曲「鏡面の波」)

※写真二枚目。

前列左が山田知子さん、右がYURiKAさん。

後列左から和氣澄賢さん、天野清之さん、謎ポーズの照井順政さん、武井克弘さん。


まずは東宝の武井克弘プロデューサーと有限会社オレンジの制作プロデューサー和氣澄賢さんのお二人が登場。

 

アニメ企画は13年頃から原作に強く惹かれた武井プロデューサーが企画。
その後2年くらいほぼ1人で各方面と折衝(いろいろと大変だったらしい)。
15年に和氣さんが加わり、本格的に始動したといった流れとのことです。

 

宝石の国』は各所で度々発信されている通り、有限会社オレンジ初の元請け作品。
様々なアニメのCGパートを主に担当してきたオレンジには(中心になって作品制作を回すために必須の)「制作」に携わる人が一人も居なくて。
外部から和氣さんを初の制作兼プロデューサーとして迎え、なんとか企画をやっていくことに。
そして和氣さんはCG方面はこれといった経験がなく未知のことばかり。
この作品をやっていくにあたり、CGに強い他社にいろいろと教えを請うていったのだというエピソードも。

「(作品が最後まで)出来たことが奇跡」とのコメントもイベント内で出されてきたりしました。

※ここらへんの事情は以下の記事でも触れられています。


続いて現れ話に加わったのは、OP楽曲プロデューサーの照井順政さん。

参加は武井克弘プロデューサーの勧誘によるもの。
なんでも、武井さんが「sora tob sakana」というアイドルグループにハマっていて。
いわゆる「楽曲派」といわれるアーティスト色が濃い芸風、そしてそのプロデューサーである照井順政さんは気になる存在だったとのことです。


そして『宝石の国』原作の奥深く時に難解とも思えるテーマを扱いつつ、キャラクターの魅力(や少年漫画的な熱さなど)キャッチーな面も両立させている(と思える)作風と、ポップと前衛を往復するような照井さんの音楽の性質(ロックバンド「ハイスイノナサ」の一員としての活動も参考にしたとのこと)に通じるものを感じたそうで。

 

初めての顔合わせで依頼が行われ、照井さんはその日の内に原作漫画を読み。
すぐに気に入り、快諾したのだそうで。
好きな作品でもあり、確かに自分の作風にも合い、「これならできるのでは」と。

 

その後、発注側には和氣さんも加わり、だいぶ抽象的なイメージ中心で行われ。
"(なにかが)形をなしていないところから始まり、バラバラから形をなしていくイメージ"といった感じだったそうです。

※こちらのYURiKAさんのインタビューで語られているような話だったのかなと。

位置づけとしては、極めて抑制された描写で「余白」が大きく読者に行間を読ませるタイプの原作に対し、アニメ本編は「わかりやすい」方向に翻案を行う一方で。
OP・EDはキャッチーというよりアーティスティックに……原作のイメージにより近い形で行きたかったとのこと。
発注の方向も「やっちゃっていい」「かなり前衛に振っていい」とのものだったそうで。
ただ、請けた照井さんの方は「そうはいっても間口も広く」しないとと大いに悩み。

結果、「ややキャッチーさが強すぎるかな」とは思いつつ第一稿を提出したところ好評で、以後、概ねその線で話が進んだとのこと。

 


このあたりで、そのOP曲を歌ったYURiKAさんも登場、話題に参加。
第一稿から最終的の形になるまでの間の変更が諸々話題に。

 

当初、チェロは入れられてなかったり。YURiKAさんに渡されたデモの時点の指示では歌のキーが半音高かったとのこと。
プリプロの時点でキーの高低を三種類試し、真ん中の半音下げに落ち着いたのだとか。

歌い方もどれくらい"声を張る"かいわゆる"ウィスパー"にするかも悩みどころだったそうで。
YURiKAさんとしては"感情を殺す""自分を殺す"覚悟で無機質にやるイメージで最終版よりずっとウィスパー寄りでまずやってみたとのことです。

歌手として「鏡面の波」は三作目にあたり、これまで元気で明るいイメージがあったかと自分でも思えていたところ(イベント内では他アニメ作品関連ということもあってか触れられませんでしたが過去二曲は『リトルウィッチアカデミア』一クール目ニクール目の各OP曲(『Shiny Ray』『MIND CONDUCTOR』)で。確かにどちらも「元気なイメージ」です)。
あえてそれを崩してでも、という決意があったのだとか。
ただ、そこら辺は織り込んだ上での依頼でもあり、うまいこと調整して現行の形に落ち着いたのだとも。

 

YURiKAさん「ああ、そういうの思ってたより配慮して貰えているものなんですね」
武井さん「当たり前でしょう。(そういうのが)プロデューサー(の仕事)ですよ?」

 

照井さん「かなり時間をかけリテイクも多めに調整させて貰えたのが助かった」
武井さん「ああ、そちら方面から「大変なんですよ」と声も出ていました(笑)」「この作品はそれぞれの方面で「こだわる」人が集まった、集めた観もありますね」

 

和氣さん(出来上がってきての印象は)「(従来のいわゆる)アニメっぽくないな、と。依頼としては(さきほども言ったように)「なにもないところから音楽構築されていくイメージ」とか出していて。でも「言うは簡単」だけど!作るのは大変なわけで。イメージ通りに仕上げて頂いてありがたいな、と」

 


ここで、五人目の登場はOP映像ディレクター 天野清之(面白法人カヤック)さん。


参加の経緯は和氣さんの提案から。
アニメ関連はだいぶ畑違い、経験も少ない方ということで話を持ち込まれた武井さんはすこし戸惑いもしたそうで。
和氣さんは以前携わった『バケモノの子』イベントでカヤックにイベント展示関連で仕事を投げてみたところ。
普通は提供した素材を元に編集や加工を施して対応するものであるところ、提供素材を「資料」にしてプログラムを組んだりあれやこれやでインタラクティブな展示を行う案が返って来て、そして実施されたそうで。

「この相手となら、ゼロベースから。アニメでよくあるものでない全く違う全然異なるものが作れるのでは」

と思えたのだとか。
そして『宝石の国』では正にそれを求めたかった、と。

 

和氣さんの発注としては当初、原作表紙のビジュアルのイメージを出したかったのだということでした。

バウハウス(イベント中この後何度も重ねてイメージ参照先としてこの名前が出ました)

バウハウス - Wikipedia
あたりの、絵画を3D的に加工してみせた映像作品あたりを参考に???という話だっとか。

※ここらへん。
例えば、名画が動くこちらの動画ですとか。

 
「全編が動く油絵で構成された」映画『ゴッホ 最期の手紙』あたりが最近話題にもなりました。例えばこういう?


請けた天野さんの方ではというと。
表紙を幾何学的に捉え色彩を強調しつつ、数学的(思考)やプログラムを活用して表現しようと考えたのこと。
従来のアニメ映像のアプローチだと自分はただあまりに経験(も技術も)欠き、やれることが少なくもあり。
幾何学、数学、プログラムといった強みを活かしたかったとのこと。

 

ただ、天野さんには他分野の映像の仕事での「コンテを切る」経験はあっても、「アニメの絵コンテ」というのはだいぶ特殊なものであったらしく。
「アニメーションの設計図である」ともしばしば解説されるアニメの絵コンテは構図からタイミングから意図から動きから、およそその場面が描くべき全てが指示されているべきもので、ラフにイメージを記した他方面の「コンテ」とはあまりに趣が異なるそうで。
そこのギャップでは発注した和氣さんも請けた天野さんも大いに苦労し、互いに「意図が伝わっていない!」と悩んだのだとか。

「これだと誤解を招く可能性が……!」と和氣さんも思い悩み、提出された「コンテ」をなかなか武井さんにも見せようとしなかった、といったエピソードも。

 

ともあれ。
その天野さんが、最終版よりはだいぶ前のバージョンのVコンテを披露。

 

※少し、余談。
肝心の映像を出せないのが苦しいんですが……。
個人的な雑感を書くと。基本構成は現OPにそのまま繋がりはしつつ。
とことん「フォスとシンシャを軸」にしたVコンテのように見えました。

かぶフォス。砕ける。青緑に輝く破片が「宝石の国」のロゴを形作る。
破片が吹き流れていく。その先に赤く輝く水たまりのようなもの。現れるシンシャ。
シンシャも砕け、青緑と赤のきらめく破片が絡まり合うように流れていき……。
その二人の欠片を鏡面として次々と他の宝石たちが映り込む。

なお、実際に放映されたOPはこちら。

 両手両足を広げて笑顔のフォスは京極監督が足したとかなんとか話が出ていたかも?
鏡面に映り込む宝石キャラたちは「どの宝石にどの宝石キャラが映り込んでいるか」もたぶんとても面白いものになっているはず。

以上、余談終わり。

 

 

天野さん「フォントは何を使っているの、と質問されたりもするんですが。クレジットにも名前を出してもらっているdotMPの堀内秀さんに適時作って頂いてます。明朝体ベースでところどころくるくるっと巻くような装飾を入れてみたり」
武井さん「そのフォントはOPでしか使われてないので声優さんたちが「ずるい」と(笑)「私たちのキャスト表記もあんな風にして欲しかった」って(笑)」

 


続いて、今度はOPの最終版に極めて近い、しかし、ほぼ最後がちょっとだけ違うバージョンが披露されて。


その版ではほぼ最後のフォスの体の各所にノイズのような揺らぎが入って。
なんでも、それはフォスが作中で喪い、入れ替えて変貌していく箇所に対応していたのだとか。
気づく人は気づく、そんな演出を意図しようともしていたそうで。
(没になったけれども)面白い試みだったのだけれど、とのこと。

 

また、天野さんは実はOP以外にもこの作品で幾つか面白い仕事を手がけていて。

まず「鏡面の波」のアニメ版ジャケットの一部を担当。

そして、ブルーレイ/DVDの各宝石バージョンのCMも天野さんによるもの。


面白いのは「実はこれはCGではない」こと。
宝石を模したオブジェを実際につくり、そこにプロジェクションマッピングでアニメ本編映像や絵コンテの一部や各種素材など……つまり制作過程が映し出されているそうで。
ユニークだった制作過程も込みでぜひ注目してください、観てください、という思いもあったのだとか。

 

そして、公式サイトの「アンタークカウントダウン」も天野さんのアイディア。


作品が好きになったあまり、頼まれた仕事の他にも何かしたくてたまらなくなり。
なんと1話放送の前々日になって「こんなのをやりませんか?」と提案していったのだとか。
提案する方もする方なら、受ける方も受ける方で。
武井さんは「やりましょう」ということで凄い速度で各方面に調整に動いて……。

 

武井さん「天野さんも数時間の間に(イベント会場のプロジェクターにカウントダウンページを映しつつ)これの制作をどんどん進めていて」
和氣さん「また凄い単位の時間感覚ですね」
武井さん「普通あり得ませんね(苦笑)」

 

なお四分割の結晶部分はそれぞれ放送局を示していたそうで(放送時間が異なるため)。
それぞれの放送時刻が訪れると、その部分が解放されて。

「アンタークチサイト」という名前。
キャスト名(伊瀬茉莉也さん)。
スペシャル壁紙ダウンロード」のリンク。

が段々と明らかになっていくという。

カウントダウンの直接の対象は登場した7話だけども。
非常に力を入れた、作品のターニングポイントともなる8話に向かって、少しでも盛り上げて行きたかったのだということだったそうで。

OP楽曲を手掛けた照井さんと天野さんの初顔合わせは、正にその放送前々日あたりだったそうですが(折角なので互いに会ってみては、ということだったそうで)。
そんな時期なのにまだ新たにそんな試みをしている様子には、照井さんもだいぶ驚かされたのだとか。

 


そして、このあたりから最後に加わったのが、ビデオグラムパッケージデザイナー 山田知子(合同会社チコルズ)さん。


起用は武井さんによるものだそうで。

なんでも、原作漫画の装丁はデザイナーでもある作者の市川春子先生自身が手がけている美麗なもの。
ブルーレイ/DVDのデザインもそれと比べても恥ずかしくないものにしなければ、絶対に失敗できないししたくない……と人選に悩みに悩み、TV放送が始まった数か月前に至ってもまだ発注先を決めかねていたのだとか。

そんな時に時講談社に行った際。
ものすごく美しい見事な印刷の『宝石の国』のダイヤが大写しになったポスターを見掛け、「これはなんですか」と。

※こちらに画像が掲載されています。

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二年前に印刷会社とデザイナーによる、印刷技術のプレゼンテーション企画(上記リンク先で紹介されている「INK DE JET!JET!JET!」)があり。
それに参加することになった、エディトリアルデザイナーの山田さん。
「できるなら、大好きな『宝石の国』の大好きなダイヤでやりたい!」と思ったのだそうで。
講談社だかアフタヌーン編集部とはなにかしら過去に縁もあったということで、企画書を市川先生の担当編集者に持ち込んでみたところ……「(私には)なんだか(企画の)意味がわからない」との反応だったとか。
ただ「(私には分からないけど)デザイナー出身の市川先生なら意図が分かるなり何か感じることがあるかもしれませんので、お伝えします」となって。
そして、市川先生の手に届くと、その日に内にすぐ快諾の返事が届いたのだとか。

 

そんな経緯で講談社某所に貼られていたポスターを見掛けた武井プロデューサー、その時点で(大事なこの仕事を頼む相手をずっと探しあぐねていたけれど)この人だ!と思えたそうです。

ただ、武井さんはパッケージデザイン等をコンペ形式で募集していたこともあり。
山田さんにもその参加という形で企画案提出を求めることになったのだそうです。

 

で、山田さん。
「まさか、私が『宝石の国』にそんな形で関われるなんてある筈がない」
とこの期に及んでも思い込んでしまっていたそうで。
コンペに参加できる機会をもらったのを幸い、「せめて爪痕を残そう」と。
三案出した内、二案は「こんなものコスト的にできるわけがない!」と自身わかっている「やれたらいいな!」という夢想みたいな案を叩き込んでしまったのだとか。

実際にイベント会場のプロジェクターに企画案を映し出しつつの解説も。

 

例えばA案。
キャラクターたちは異なる硬度で、触れあえば硬度が落ちる側が割れてしまったりする。
それが象徴するように彼らの間には断絶がある。それを示したい。
出来る限り透明な素材でパッケージ。
蛇腹状に折りたたまれ、四分割された中にキャラクターを一人ずつ配置。
開封していない(折りたたまれた)状態でみるとピックアップされた4人(4体?)の宝石たちはごく近くに集い触れ合えているように見える。
しかしそれは透明なそれぞれの場に分かたれた四人四枚が重ね合わせられてそのように見えるのであり、本当は彼らは互いに隔てられている。

撮影・録画不可とのことで正確な引用とは程遠いけど、大体そんな感じだったかと。

 

やはり同様に大胆?なB案も解説され。

 

その上で、採用され商品の基本となったのがC案の「ジュエリーボックス案」。

シンプルに……そしてプリミティブさや、シンメトリーといったものを大事にしたかったとのこと。

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各巻でピックアップされる宝石たちは、まず山田さんがデザインラフを提示(※コンセプトとして「抽象と具象の中間」「光と線で描く」といったものがあるそうです)。
キャラクターデザインの西田亜沙子さんがそれを元にイラストとし。
仕上げとして更に各種のエフェクトが載せられていく。

※現在出来上がっている数巻分、その過程の各段階の画をこのイベントでは目にすることが出来、眼福でした。

 

武井さん一押しのパッケージ四隅の箔押し……中央の宝石たちを狙う月人の矢束も、
「ああ、これ、シンメトリーを強化もしているんですね(武井さん)」
とのこと。

そしてエディトリアルデザイナーである山田さんはパッケージデザインに加え、ブックレットの構成も手がけていて。
むしろ、主に本の構成を手がけている山田さんにとってはこちらこそは更に本領発揮というところなのだそうで。
非常に多くの情報を(例えば1巻付属なら32ページという)限られたスペースにコンパクトかつ美しく、そして諸々意図を持って配置し構成してみせた手際は山田さんの自信作でもあり、武井さんも「ぜひ注目してみて欲しい」とのことでした。


※余談。
山田さん「パッケージデザインで、四隅をカットするデザインは強度も問題になり印刷会社さんと相談もして。あと、この形状だとブックレットの収納も問題になるんですがこの段階だとそもそもブックレットがあるのか無いのかも分からなくて」
武井さん「それはこちらの問題でしたね。すみません」
といったやり取りも。


そして、最後に和氣さん、武井さんの締めに近いところでのコメントから一部抜粋。

和氣「(CGと縁遠かった自分を始め)「はじめてだけどやりたい、挑戦したい」という人が集まった作品です」
武井「原作が好き、広めたいという初期衝動から始まった企画でした。結果として、(原作を大いにリスペクトして、そうであるからこそ)原作とは大きく異なる良さを持った作品になったかと」

イベントの総括及び作品のプレゼンテーションとしても見事なコメントかと思えました。


■幾つか個人的な感想。


◯気になる話が二つ

質疑応答の時間はなかったので聴くことはできなかったのですが、もしあれば聞いてたかったことが、二点ほど。

 

1:OPのコンセプト

天野清之さんが示した初期の?Vコンテは先述の通り「フォスとシンシャが軸」と現行より更に強調されていた観が。
それは発注元の指示だったのか、天野さんによる方針だったのか。
また、その部分が現行に移り変わっていった事情について、いろいろ伺えるなら伺ってみたいな、と。

 

2:ブルーレイ/DVDのパッケージデザイン

「ジュエルボックス案」とされ、実際その通りのイメージですが。
黒光りする色といい形状といい、同時に「墓石/墓碑のようでもある」と個人的に思えもします。
宝石たちの衣装が「喪服である」という市川春子先生のコメントからの連想でもありますが。
そこら辺、どうなんでしょうか。

 

◯8話「アンタークチサイト」の素晴らしさ

イベント中にも何度かその話題が出ましたが。
8話「アンタークチサイト」は素晴らしい傑作回でした。

ちょうど自分もこんな記事の中で取り上げてもいます。

こちらのまとめともども、ぜひ。


◯今後への期待

武井さんが半分冗談のように。

武井さん「まだまだ話したいことはたくさんあって。そう、ロフトプラスワンで「オレンジナイト!」とかやりましょうよ和氣さん」
和氣さん「一人だと場が持ちませんからそのときは一緒に出てください」

と口にした一幕がありましたが。
普通に本当に実現させて欲しいです。

勿論、それは一例で、別の形でもまったく構わないんですが。
例えば以前行われた「第30回 『CGWORLD CHANNEL』 TVアニメ『宝石の国』メイキングSP!!」の続編ですとか。


とりあえず、以上です。

話数単位で選ぶ、2017年TVアニメ10選

こちらの「新米小僧」さんが主宰だというTVアニメ話数別10選に参加してみます。


話数単位で選ぶ、2017年TVアニメ10選

ルール
・2017年1月1日~12月31日までに放送されたTVアニメから選定
・再放送は除く
・1作品につき上限1話
・順位は付けない

Fate/Apocrypha(フェイト/アポクリファ)』22話「再会と別離」
脚本:三輪清宗
絵コンテ:伍柏輸
演出:伍柏輸
作画監督:伍柏輸、浜友里恵、りお
総作画監督:(※シリーズ中、この話数のみクレジット無し)

 圧倒的作画回。
制作関係者及び業界関係者からのコメント/称賛も数多く見受けられ、そして熱を帯びてもいました。
奈須きのこからの、竹箒日記で異例の言及も。

 

関わった主たるアニメーター陣の出自や技法の特徴(WEB系)、担当パートの特定。
地面ごと破壊されゆく描写の際ブロック/キューブ状に壊れる演出の歴史。
いわゆる「作画回」によくある影なし作画の効果、有効性、理論、等々。
この挿話に関しての話題は幅広く、かつ、掘り下げて各所で語られています。

 

なお、個人的には、22話は原作小説からの筋やキャラクターの心情を大きく変更してみせた翻案としても見事で。
その映像は画は、端々に至るまでキャラクターの心情や起きている事態が作品に対して持つ意味と不即不離のものとして在ることも大きな魅力と思えます。

 

例えば、ジークがカルナに勝利し得た理由も。
敗北したカルナの感慨も。
アキレウスとアタランテの末期のやりとりも。
原作と対照させて観ていくことで一層興趣を増す挿話と思えます。

 

以上の諸々について、詳しくはこちらで。



プリンセス・プリンシパル』8話「case20 Ripper Dipper」
脚本:大河内一楼
絵コンテ:入江泰浩
演出:高田淳
作画監督:田中克憲、逵村六、小倉典子、実原登、内原茂、桜井木の実、澤木巳登理、小笠原理恵

 

ブルーレイ2巻特典のスタッフインタビュー集で速水螺旋人さんが「本当に"集団作業オブ集団作業"という感じのアニメでしたね」とコメントされている通り、とにかく総合力の高さが際立った名作でした。

 

全体の構成も美しい。

 

1話で主役五人=チーム白鳩が息づく世界はこんな全体像で、主たる舞台たる壁とロンドンはこんな場所。
こんなことを見せていきます(カーチェイス、Cボールのアクション、銃撃、剣戟、会話劇、探り合い、欺き、命の取り合い等々)と示し。
2話で「アンジェとプリンセスの物語です」と見せる。本当は1-2話セットで全体導入ですね、と。
そして、3話アバンも2話終盤に入れ込む当初予定だった、というのもその線上で理解は出来ます。
そこまで込みで「アンジェとプリンセスの物語としての開幕」という構成だったのでしょう
ここで、2話終盤の印象から3話アバンでガラリとキャラクターの印象が変わり(例えばアンジェの「カサブランカに白い家を用意したの」発言は(一部で)大いに話題になり盛り上がりました)驚きと衝撃を与えた展開は余りに見事で。

ゆえに、決定的なやりとりを2話終わりでなく3話アバンに入れた現行で正解だろうと思えます。

 

プリンセス・プリンシパルは上述した「こんなこと」の例示を見ても、あるいは1話本編を観ればわかる通り、諸々の要素を過積載した上に。
シリーズ構成大河原一楼さんも明言されているように、説明的な台詞や描写をあえて抑えてある作品です。
しかし、同時に「アンジェとプリンセスの物語」であるという中心軸が常に非常にはっきりとビシっと通っていて。
そこさえしっかり捉えられるなら、きっと十分に楽しんでいける作品かと思えます。


そして「アンジェとプリンセスの物語」であるとはどういうことなのか。
その過去であり原点であり、キャラクター及び作品の中心にある構図を示し抜いているのが8話となります。

 

 鏡写しの二人。

 

互いにとって互いが太陽のようで尊く価値に溢れた存在で。
互いを誰よりも深く愛し理解していながら、同時に<相手が自分なんか/自分が与えた<約束>を喪っては生きてはいけない>だなどと想像するなど出来るわけがなく。
経緯を知ったなら(例えば視聴者目線なら)誰もが気づくだろうことに互いだけが気づけない、そこだけが死角になってしまう二人。
そんな在り方が遺憾なく提示され。

二人の間にあるのがロンドンの壁が築かれる前から既にこうしてどこにでも人と人との間に存在する、望むなら「抜け穴」を通じて繋がれるのに皆そうしようとはしない「壁」であること。
何より心の中にこそある「見えない壁」である事も、出会いの時点から見事に示されています。


プリンセス・プリンシパル一期(もちろん、二期もあります。ある筈です)は「アンジェとプリンセスの物語」であり。
プリンセスがプリンセスとなり、そしてアンジェの「心の中の見えない壁」を崩そうと願い努め走り続け、分厚く固い壁に見事に大穴を穿ってみせたお話でした。
その明確な核となっている挿話が「case20 Ripper Dipper」、更に言えば先ほど動画を提示した二人の出会いの場面となります。

 


なお、冒頭で「総合力の高さ」と書いた通り、他の話数も勿論、素晴らしい傑作ぞろいです。

例えば絵コンテ&作画監督江畑諒真さんがあまりにも張り切りに張り切って当初540カット、後に削っても477カットというシロモノを上げてきて、死力を振り絞って制作されたという5話「case7 Bullet & Blade's Ballad」をシリーズ最高の挿話として推す人は少なくないかと思います。
個人的には、二両の列車を巡る諸々の動きがシリーズ全体の在り方を最終話に至るまで、その相似として暗喩をもって示していたことも注目すべきポイントかと思えます。

他にも「委員長」の10話。
欄干でのプリンセスの宣言等名場面を散りばめた4話。
ラストの落差と悲哀が見事な6話。
作中最大の「嘘」がプリンセスにより放たれる11話。
衝撃のアバンから見事な"叫び"を経て穏やかで美しいラストに至る3話等々……全話が傑作回という作品でした。

また、細部の面白さにも満ちた作品だというのも例を挙げればキリがありませんが。
例えば設定考証=白土晴一さんによるこんなお仕事ですね。
ホント、とんでもないです。


全体の構成について最後に一言付け加えると。
大筋は結構読めるというか早くから予想できる作りになっていたと思えはしたところ。
アンジェの性格について3話8話で、プリンセスについて3話8話12話で、8話で二人の互いへの負い目が解消などされていなかったと12話で……と強烈な(それまでそのキャラクターに抱いていた印象、言動や心理についての推測が大きく揺るがされるという)驚きが個人的にも用意されていて、実に凄まじかったなとも思えます。


宝石の国8話』「アンタークチサイト」
脚本:井上美緒
絵コンテ:京極尚彦
演出:京極尚彦
CGディレクター:茂木邦夫
プリビジュアライゼーション:松本憲生


2017年に観たTVアニメ作品で、作品として最もエポックメイキングな傑作であると思わされたのは『宝石の国』です。
数々の作品で魅力的なCGを提供してきた制作会社オレンジさん(※)による初の元請け作品は、1話冒頭から驚きに満ちていました。

 

※有限会社オレンジさんについて。

orange-cg.com

ナイツ&マジック』でも素晴らしいCG映像を見せつけていたのも。
異常にぬるぬる動くメカアクションが驚異的だった『コードギアス 亡国のアキト』も。
ロボアクション初め映像が爽快だった『IS 〈インフィニット・ストラトス〉』も。
坂道のアポロン』や『ウィッチクラフトワークス』や『ローリングガールズ』や『終末のイゼッタ』や『コメット・ルシファー』や『ディメンションW』のCGも。
ノリの良いアクションがウリだった『バディ・コンプレックス』も『マジェスティックプリンス』も。
そこは確かに見どころが幾つもあった『艦隊これくしょん』のCGも。
みな、有限会社オレンジのお仕事だったのことです。

それに。

 

そして毎話毎にその驚きが更新されていったのがこの作品。
本当にとんでもない……。
各種雑誌(特にCG WORLD)の特集やインタビュー等で明かされる、斬新で面白さに満ちた映像を生み出している合理的で新鮮な制作体制、過程、環境などの情報も興味深い作品でもあります。

※諸々詳しくはこちらにまとめています。


ここで、まさに作中で描かれたアンタークチサイトという宝石の性質のように。
第一話から驚きを更新し続けてきた流れの精華、結晶とでもいうべき傑作回中の傑作回が8話「アンタークチサイト」でした。

 

 

「変わらないと」「間に合わないよ」流氷の誘惑。
救出に飛び込んだアンタークチサイトの奮闘と記憶喪失への怖れ。
報告を受けた金剛先生の衝撃、アンタークの慕情、フォスの超絶愛らしさ。

 

緒の浜での成り損ないの出現と落下、見据えるフォス。
金と白金の新たな腕接合、驚くアンタークと背後に出現する月人。
暴走する腕に呑まれゆくフォス。

 

金剛先生への足止め、蜘蛛の糸に伸ばされる罪人たちの手のような月人たちの……。
アンタークの奮戦、月人たちの"釣り上げ"とアンタークの激昂。
「お仕置きされてしまうかも、どうしよう」。
フォスin黄金ブロック。

 

アンタークの散華、沈黙を要求するアンターク、その遺言。

 

月人たちによる回収、輝くアンタークの破片断片。
フォスの激昂と覚醒と疾走。金剛先生の抱き留め、見上げる視線。特殊ED。

……改めて流れを振り返っても全てが素晴らしい。


そしていずれも動画で動きとして流れとして観てこそたまらなく素晴らしいので。
静止画は勿論、一部動画として切り出してキャプチャなんてのも、ここまで挿話丸ごと凄味を見せつけられてしまう中ではあまりに虚しい。
もう、ただただ、すごいね、すさまじいね、としか。

 

そして松本憲生さんのプレビジュアライゼーションを贅沢に用いCGと融合させた手法も話題に。

そこ及び8話、それに作品全体について、他の方のですがこちらの記事も、ぜひどうぞ。

 

なお、フォスフォフィライト役黒沢ともよさんの圧倒的な名演はこの作品への感想において外せないものですが。

あまりにスゴイので何度も何度も触れている話となり、詳しくは先ほども触れた、togetterまとめを随時ご参照頂ければと。


それと、単に映像としての凄みというだけでなく。
大傑作である原作漫画とおよそ異なるコンセプトでアニメーションとしてどうあるべきかを考え抜いて全編に渡り表現している、翻案の妙としてもこの作品は飛び抜けていると思えます。
その良さはまさしく全編に渡るのですが。例示として幾つか出してもおこうかと思います。

 


メイドインアビス』13話「挑む者たち」
脚本:倉田英之
絵コンテ:小島正幸
演出:森賢
作画監督:ぎふとアニメーション、森賢、多田靖子

「劇場アニメかな?」という錚々たるスタッフ陣が結集。
1話冒頭から「劇場アニメだ……」というTVシリーズとは思えない映像を繰り出して来た作品。
しかも全話に渡ってクオリティが(もちろんその中での上下はあるだろうしあったかとは思いますが)高く保たれ続けたシリーズでした。

OPもあまりにも好き過ぎて。

その中からどの挿話を?というのは難問ではあるのですが。
悩んだ末、1時間スペシャルと枠の取り方からして気合が入りまくっていた最終話を。

 

では、この場面を観て下さい。

凄かったですね、凄すぎますね。はい。
(もちろんその前の火葬砲描写も凄まじいわけですが、あえてその後のこちらを)。

 

めでたく、二期決定。万歳。
ブルーレイBOX?もちろん、上下巻予約注文で買いました。

 
また、二期を待つ間?こちらもどうぞ。

 ところでレグ役の伊瀬茉莉也さんは、宝石の国ではアンターク役でしたね。


ボールルームへようこそ』10話「ボルテージ」
脚本:末満健一
絵コンテ:黄瀬和哉
演出:黄瀬和哉
作画監督黄瀬和哉
アクション作画監督:梁博雅

放送前から「黄瀬和哉回だ」と一部で話題となり期待が高まっていた回ですが。
このシリーズの中ですら隔絶した傑作回と思えます。
だって、線が、構図が、表情というか顔の造形の奔放さが、動きがというレベルで「違う」ようにも。

赤城兄妹の幼少期のとてもソリッドな主線、なのに柔らかい子どもたちの描写ですとか。
時は今に移り、成長した少年から青年へ移ろうとしている彼の見せる、静止のポーズの美しさ、動の激しさ……

場面に応じ感情に応じ意思に応じ、顔全体の輪郭とか中のパーツの比率もまずもって確信犯的に好き放題変わりゆく。
魅力に満ちた奔放さ。


正直、いわゆる作画方面で深くつっこんでしっかり観る眼も、観たものをうまく表現するためのあれこれも自分は持ち合わせていないのですが。
それでも、これはちょっと隔絶してすごいというのくらいはなんとか分かるなあ、とはぼんやり思えた回でした。

 

なお。

 

 

 


3月のライオン』19話「Chapter.39 夜を往く/Chapter.40 京都(1)」
脚本:木澤行人
絵コンテ:大谷肇
演出:大谷肇
作画監督:よこたたくみ、清水勝祐、藤本真由、野道佳代、たかおかきいち
総作画監督杉山延寛、潮月一也

なぜこの挿話、この作品を選ぶかというと明確で。
この場面の為です。

島田開八段。

※2018/1/7追記。何やら実写映画と配役間違える酷い話載せてたの消しました。本当にすみません。
キャラクターといい映像描写といい声と言い、構成上の位置づけと言い。
魅力、重みともにしばらくの間、主演を喰うというか物語の主役の位置に居たのが島田開八段で。
「夜を往く」はその凄味が凝縮された挿話、前掲の場面はその核心たる場面でした。

 

しかし、名人との決戦の最後の最後に島田開は彼が彼である在り方から外れてしまう致命的な誤りを犯して。
それを宗谷冬司が名勝負を差し切れなかった無念さ(!)を滲ませ指摘し、将棋の鬼、天才たちばかりが集った面々の内でその他にただ一人。
桐山零だけがそれに気づき、溜まりかねて対局の場へと走り込もうとしていた。
それをもって、桐山零は主人公たる位置を島田八段から奪回もしていて。

 

原作からの、素晴らしく見事な構成だと思えます。

 


18if』10話「α夢次元」

監督:森本晃司
脚本:森本晃司
絵コンテ:森本晃司
演出:森本晃司
作画監督森本晃司

年間の話数別ベストを選ぶなら、企画の趣旨からして外せない挿話と思えました。

率直に言って、シリーズ作品として、総監修としてのお仕事についてはどうなのだろう?というところも。

各話を異なる監督が担当し。
「夢の世界」ということで自由に、大胆に。

作品の明確な趣旨からいって。
ようするにこの10話のような作品こそが求められていたのであって。
どんな方向性にせよ、とことんまで行き着いた逸脱や挑戦が要請されていたシリーズなのでは?と思えてなりません。

この作品についてはとにかくもう、この10話「α夢次元」本編をぜひ、観て欲しいと思えます。
自由奔放で美しく愉しい幻想が、イマジネーションがそこに広がっています。

 

なお、一応書いておくと他話数についても。
脚本(と絵面)的には5話。
雰囲気やネタのえげつなさの7話。
作中で釘を刺せばいいってもんでも……というか「うへえ」とはなりつつ演出は確かに楽しめた8話。
諸々それくらい好き放題にやるというならそれはそれで、という9話(その意味では9話も作品の趣旨に相応に「忠実」だったかと思えます)。
各々、相応の魅力があったかとは思えます。


『JustBecause!』8話「High Dynamic Range」
脚本:鴨志田一
絵コンテ:下田正美 前園文夫 小林敦
演出:佐々木純人
作画監督:室山祥子 関口雅浩 日高真由美 小澤円 舘崎大 中村翠 坂本ひろみ 福井麻記
総作画監督:平山寛菜

この挿話の、それに作品全体の凝りに凝った構図と構造の良さはそれはもう色々あるんですが。

 
その中から8話を選んだ理由はなんと言っても、ここです。

"そこがなぜそんなにも素晴らしいか"という話。
やや長くなりますが「とりあえずはこれでいいかな?」という一連の話を並べてみると。

 特にここから。

 

以上、こういった話(?)になります。

ちなみに。

このtweetに対するような反応頂けるとすごく励みになる?というか、とても嬉しいもので。
勿論、どんな意図での反応かなんてわかるわけもないんですが。
例えば「変なこと言ってるけど、ちょっと面白かった」という意味合いかもしれませんし。
ただ、それでもやはり、(他作品での同様の事例でもいつも)とても嬉しいものです。


クジラの子らは砂上に歌う』9話「君の選択の、その先が見たい」
脚本:イシグロキョウヘイ
絵コンテ:橋本敏一、木本茂樹、酒井智史、イシグロキョウヘイ
演出:橋本敏一、イシグロキョウヘイ
作画監督:木本茂樹、松元美季、芝田千紗、坂本哲也、高橋みか、佐野はるか、古木舞、藤部生馬、山口杏奈、?彦軍、飯塚晴子
総作画監督飯塚晴子

この作品についてはほぼ毎話、

「原作漫画からアニメーションへの翻案としてどのような工夫が為され、どこが面白く、あるいはどのような問題が生じていると思えてしまうか」

と概ね翻案の模様に絞り、ピックアップして感想を書いていたりします。

togetter.com

その中でも9話は挿話全体がその点においても最も面白く。
そして、作中随一の翻案が見られた話数でもありました。

 

ただ、ここはニビの「声」の変貌も聴きどころですので。
動画はあえて音声抜きのGIFに落とし込んだもので投稿に添付している場合が大半なんですが。
ここでは改めて音声つきでも再アップしてみます。


こういう演出です。素晴らしいですね。


少女終末旅行』8話「技術/水槽/生命」
脚本:筆安一幸
絵コンテ:おざわかずひろ
演出:おざわかずひろ
作画監督:渡邉八恵子、本宮亮介

ちょっと趣旨とそれてしまうんですが。
このアニメ作品は「進行度合いがだいぶ異なる原作との変わった連動」というのがとても面白くて。
その中での8話、という話なんですね。
つまり。

 

あとこの作品には、あまりにも最高すぎた(もう5,60回は繰り返し観たかもしれない)OP(とED)があるわけですが。
OP曲「動く、動く」の歌詞、面白い表記というか空耳というか……なるほどなあ、と思わされました。

 

 

 

以上、2017年10選でした。


以下、余談として。
10選に入れるか最後まで迷った挿話について、幾つか手短に。

リトルウィッチアカデミア』8話「眠れる夢のスーシィ」

スーシィ回。映画をフィーチャーして諸々の名作傑作話題作(AKIRAとか君の名はとかエヴァンゲリオンとか諸々)へのオマージュやパロディを交えつつ、カートゥーン的な表現も駆使して賑やかにごった煮的で奔放な想像力をもって夢(と深層心理)の話を描いてみせた挿話でした。


けものフレンズ』12話「ゆうえんち」
綺麗な構成であり、締めくくりでしたね。

「群れとしての強さをみせるのです」の全員集合も素直に感動的でした。


神撃のバハムート VIRGIN SOUL』23話「Rise of the Nightmare」

作品全体について。
まず、映像面の贅沢さが全般的にぶっ飛んでるのはこのシリーズあまりにもはっきりした特徴として。
VIRGIN SOULはキャラクター造形とその描写も「ノリ」でなくきっちり「構築」してきた凄味がありました。

新たに登場したアレサンド、シャリオス、エル。
続投組、アザゼル、ファバロ、カイザル、リタ、ジャンヌ等々。
シリーズ前作から続投組も勿論性格は一貫していつつ、よりきっちり構築された筋の中で見せ場を演じていた印象でもありました。

シャリオス、アザゼル、カイザルの背負うもの/取り返しのつかなさを軸にした対比。
ファバロとニーナの決断の対比(ニーナは結構狂言回しの装置……装置としての印象、この面々の中でも正直かなり色濃かったのですが)。
シャリオスの決意と揺らぎと歩み。
悪魔の聖者としてのアザゼル
そして弱き者、アレサンドを描ききったこと。

特にアレサンドの最期の描写の見事さが23話を選びたくなった最大の理由です。


アイドルマスターSideM』8話「海・合宿・315の夏!」

315プロ全員が素晴らしく魅力的に描かれつつ、過去の「アイマス」アニメと同じ舞台での合宿、諸々のオマージュも描いてみせた傑作回。
とにかく愉しさとエネルギーに満ちた挿話でした。


魔法使いの嫁』6話「The Faerie Queene.」

 

 

NEW GAME!!』 6話「あぁ……すごいなあ……」

全体に、傑作回でした。特にラスト。

八神コウが涼風青葉に躊躇いつつ手を伸ばそうとして、あえてやめる描写が見事でした。

 

ゲーマーズ!』7話「雨野景太と天道花憐の最高の娯楽」

全体にあまりに愉しく好きでたまらない作品で後半のどの挿話でもいいかなとも思いつつ。

特に盛り沢山だった7話を。

 

幼女戦記』11話「抵抗者」

実に愉しい空戦描写でした。

 

終末なにしてますか? 忙しいですか? 救ってもらっていいですか?』1話「太陽の傾いたこの世界で」

スカボロー・フェアをBGMに物語の導入として、戻るべき場所を見失った世界にあまりに僅かとなった人間の青年と、為すべきこと望むべきことを見出しがたい妖精の少女が浮遊島を歩いていく。

美しい光景、描写でした。

 

とりあえず、以上です。

※過去記事。

skipturnreset.hatenablog.com

アニメ版『Fate/Apocrypha(フェイト/アポクリファ)』感想メモ

アポクリファ22話「再会と別離」があまりにも素晴らしすぎた結果(?)、過去話感想も含めまとめることに。

なお、凄かったのは作画だけでなく、ストーリーテリングも原作小説からの翻案としても……といったことも少し書いたりしています。

『ジャック・グラス伝 宇宙的殺人者』ネタバレ感想

題名に明示した通りネタバレも含みます。
未読の方はご注意ください。


『ジャック・グラス伝 宇宙的殺人者』。

ジャック・グラス伝: 宇宙的殺人者 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

ジャック・グラス伝: 宇宙的殺人者 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

 

 壮大で輝かしくも馬鹿馬鹿しいSF小説であり、本格ミステリかつバカミステリであり、いずれの面においても素晴らしく愉しい傑作かと思えます。

大体どんな作品であり、見所はどんなところか……大まかな紹介・解説は(他の作品も大体そうなんですが)冬木さんによるものが非常に参考になると思えるのでまずそれを観ていただくとして。

ここではちょっと局所的だったり小ネタ的だったりするあれこれについて少し書いてみたいと思います。
特に第二章の彼の名乗りと、第三章のホワイダニットについて等々。

 

まずは大まかな感想を。

開幕の読者への挑戦からめっぽう面白く。

一章である種「奇妙な味」のミステリかな、と思ったら二章の派手で鮮烈である種バカSFでもある?大仕掛け、全三章が有機的に連動した構成なのも楽しめました。

 

そして、二章での彼の名前が……作中でシェイクスピア云々なんて話も出つつ、忠実極まる従僕達、その中で"主人に一際近く使える忠実な「イアーゴー」"って!!

ある種のぬけぬけとしたジョークというか、その時点であまりにも「お前だろ!!!!!お前でしかありえないだろ!!!隠す気ゼロだろ!!!!!」と笑えもして好きでした。

 

原語版を読んだ方に確認してみた所、綴りはやはり「Iago」であるとのこと。

『オセロ』に登場する、仕えていたヴェネツィアの軍司令官オセロを陥れるその旗手、シェイクスピアが生み出した数多くの人物たちの中でも指折りの魅力的な悪の華として知られるキャラクターの名前であるわけです。

その上で、頑健な足腰云々とか……微苦笑で読んで欲しい、といった読者との共犯関係?が素晴らしく良い感じかともまずは、思えました。

「まずは」と書いたように、これについては後により突っ込んで書いていきます。

 

また、二章の超新星云々と事件の真相の密接な繋がりが一番痺れもしました。

あまりにも鮮やかでしたから。

三章は二章がああいったものであったことで、また「犯人はジャック・グラス」と作品冒頭の読者への挑戦で明示されてもいたこともあり、「見えない銃」の性質と所在等は諸々予想はつきはしたけれども(ただ予想がついても十二分に面白かったわけですが)。


謎解き大好き令嬢、"謎を解くため""問題を解決するため"に人工的に遺伝子操作の粋を尽くして生まれたヒロインのダイアナは登場当初は何やら『虚無への供物』の奈々村久生じみた風情も漂わせ。

二章で姉妹に課せられた「テスト」の性質を鑑みれば正に"謎"や"問題"に向き合う際の姿勢をもって資質を問うものであったとなれば、なにやらその線でも面白くもあったかな、と。

別に『ジャック・グラス伝』は別におよそアンチ・ミステリではありませんけれども。

それと、邦題の「宇宙的」殺人者って、なんだよwというのはすこし。

『Jack Glass The Story of A Murderer』の方がカッコイイんですよね、裏表紙の「ゴランツ版カバー」(ステンドグラスをイメージした図案)もそれによく似合っているし……とも思いつつ。

しかし、どちらもぱっと見あまりにも地味で、なんとか少しでも目を引くように?そういうアレンジ?をしたくなるのも分からないではないかな、とぼんやり思えたりも。


あと訳者あとがきで「どこかで聞いたようなフレーズではありますが、本書はロバーツにとって「一〇〇%趣味で書かれた小説」なのかもしれません」とあり、唐突な西尾維新が楽しかったのですが。

そこについてもこの作品を強く推す人との雑談の中で触れてみたところ、

「何気にジャックグラス伝、ミステリ的な側面も好きなんですが家が力を持っているとか、それぞれ特化した能力があるとかいう中二設定も西尾維新じみてて好きですね」

とも返って来て。
「確かに、なんというかある種のバカミスっぽさ、先行諸作への実はリスペクトにも満ちたパロディ精神なんかでも妙に通じるものがあるのかもしれませんね」

と。そんなやりとりに発展したりも。

 

ジャック・グラス~宇宙的殺人者とイアーゴー~文学的大悪人

さて、ジャック・グラスが「Iago」であり。

あまりにも有名な「『オセロ』のイアーゴー」の名を持つ、無数の名を持つ中でその名が作中で幾度も強調され続けているのだとすると。

「ジャック・グラス=イアーゴーはなぜそんなことをしたのか?」という話なり問いなりが『オセロ』とも重なり得るのかもしれません。

『オセロ』のイアーゴーと3章(及び2章あるいはその半ばから?)で描かれた/明かされたジャック・グラスの心のあり方を重ね合わせたりすると、少しばかり面白い風景も立ち上がり得るのかもしれません。

そして、ひょっとするとあるいはそれこそが作品を通じてのホワイダニット……「ジャック・グラスは何を思い何がためにこの三つの事件を起こし、窮地を斬り抜けていったのか。果たして彼はどのような男なのか……を解いていく鍵なのでは?とも思えます。

 

ここでまず、イアーゴーとはどのような人物であるでしょうか。

なぜ『オセロ』においてイアーゴーはオセロを、デスデモーナを、キャシオウを陥れたのか。

その動機は台本で明確に語られていないため、非常に多くの議論があるところかと思います。

 

ただ、ごく個人的に思えるのは。まず、オセロは本人がその最後にこう言い残したような人物であり。

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※引用は下記webサイトからさせて頂いています。

「Of one that loved not wisely but too well」(「愚かな、しかし深く愛した男です」)

は特に名高い一節かと思います。

 

そして、イアーゴーはオセロがそうであるがゆえに。

彼が愛を知らないが故に、愚かでも「深く愛した」オセロを、それに同じく深い愛で応えたデスデモーナを、彼らを一心に敬愛するキャシオウを嫉妬したのでは。

そんな風に思えもしますし、そのような解釈もそれなりに有力だったかと思えます。

 

一方、原語版を読んだ方に「アイアーゴーの綴りってやはり、『オセロ』と同じ「Iago」ですか?」と尋ねた際に「そのようです」と参照情報として送って頂いた、『ジャック・グラス伝』のクライマックス(と自分には思えるくだり)にはこうあります。

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ド直球ですね。

Iago said:"because I love you."

この作品は『ジャック・グラス伝』で、彼はもちろん、ジャック・グラスであるわけですが。

この彼の全てを掛けた台詞はJack saidではなくIago saidと語られるわけです。

狩猟(彼女は狩るように謎を解く)と月(Lunatic。狂気!)と貞節を司る処女神・ディアナの名を持つダイアナにとって、彼はまず当然に忠誠心(loyalty)に溢れたIagoであるからかと思います。

 

ダイアナは遺伝子操作により産み落とされた、「謎を解く」ために生まれ、謎を解くために生きる少女です。世界は彼女にとって解くべき謎であり、解くべき謎がなければ彼女にとって生きる意味はなく、存在する価値もない。彼女自身も自身をそのように観て、そのように捉え、自己規定しています。

そしてジャック・グラスは原題『Jack Glass The Story of A Murderer』が示すように、またJackが切り裂きジャックを由来とするように「殺人者(A murderer)」です。

「なんて言えばいいのかな?」ジャクは作業をしながら語りかけた。「これは宇宙で居留地を建設する際の真理なんだ。エネルギーは高価で、原料も貴重だが、人間は活用すべき資源でしかない」p128

 

「わたしたちは下級の人々を資源として活用するしかないのです」二人のMOHミーが、ひとりとして言った。「権力者とはそういうものです。権力を永遠に放棄するか、それを受け入れて人びとを永遠に利用するか、どちらかを選ぶしかありません」p317

 これは単に第一章の脱出劇に留まらず。

ジャック・グラスは人に「死」をもたらすこと、そして人の「死」を資源やエネルギーや物事のきっかけとして「活用」することに宇宙的に観ても優れた圧倒的な才を誇る人物であるのだと思えます(死者は生者に一方的に利用されることをしばしば甘受しなくてはなりません。第一章で冷酷に示され抜いたように。「死」を与える力は強大極まる権力に他なりません)。

その才をもって太陽系世界全体を避け難い破滅から守る使命を持つ、宇宙的に重要な人間なのだという自負と自覚をジャック・グラスは幾度となく語りもします。

 

ここにおいて、ダイアナが人の死を前にしてさえ否応なく解くべき謎を見出し、興奮し夢中になってしまうように。

ジャック・グラスは人をどうしても活用すべき、それも「死」をもってそうすべき相手と、どこか深いところでそう観てしまう。そんな彼にまずもって、一人の生きた人間を愛することなど出来るわけもありません。

 

しかし、そんな彼、ジャック・グラスが"because I love you."愛故にたった一人の生命を「死」の運命から逃れさせ。

そのために使命であり誇りとし続けそのために多くの犠牲も時に受け入れ、それ以上に自らの手とglassをもってもたらし続けてきた「死」によって、その活用をもって避けるべく必死の努力を重ねていた宇宙の破滅の危険性をも、やむをえないものとして受け入れようとしてしまっていた。

愛を知らない筈のイアーゴー=ジャック・グラスが"because I love you."とこれまで進み続けてきた道から外れようと決意していた。その意味をこそ……。

 

三章において……あるいは全三章において読み解かれるべきホワイダニット

序文で読者に挑戦状を叩きつけた語り手がきっと"どうか分かって欲しい"とも思い願いつつ、同時に"この私以外にわかるものか"ともきっと思ってもいる……

 

"ジャック・グラスとは何者か。

彼は何を思い、何のために語られた三つの事件を起こしたのか。

何を切望し……そして何を無残にもその手に掴むことができなかったのか"

 

その謎は、例えばこのように「イアーゴー」という彼が名乗り、彼が唯一愛した少女がそう呼び続けた名前から読み解こうとしてみるのも、きっとなかなかに面白いのでは。

そんなことをこの『ジャック・グラス伝』について思えたりもします。

 

また、「嫉妬」は『オセロ』において非常に重要なモチーフで、特に以下の下りがよく知られていますが(「嫉妬は緑色の目をした怪物」)。

「O, beware, my lord, of jealousy;
It is the green-eyed monster which doth mock The meat it feeds on;」

(「嫉妬です!我が将軍よ。その緑色の目をした怪物は自らの獲物を弄ぶのです」)『オセロ』第三幕第三場

ジャック・ヴァンス伝』において ダイアナの姉・エヴァを突き動かしたのもきっと、<なぜ、私ではないのか>という、普遍的な逃れ難い嫉妬ではなかったかと思えます。

 

余談。幾つかのイアーゴー像と『オセロ』について

なお、余談ですが様々な人が語る様々なイアーゴー及び『オセロ』について、個人的に好きなものを少し。

 

まず、一つ引用を。

「あんたはあの人?------つまり、あんたは血を吐くイアーゴーなんだ」

(中略)

「------人には誰も、求めて得られぬものがあるさ。そうじゃないかい、お嬢さん」

「イアーゴーのこと?」

「そうだ、誰もがイアーゴーだよ」

北村薫覆面作家の愛の家」角川文庫版p224-225

 作中において、魅力的な独自の演出(そこにおいて無彩色の舞台でただ一度、イアーゴーが咳き込み吐いた血により、オセロがデスデモーナに贈った、イアーゴーの手に渡ったハンカチが「舞台においてただ一度現れる有彩色」として赤く染まる)で上演される『オセロ』を描いてみせてからの一節です。

 

続いてひとつ、映画の紹介。

オセロ(1995)(字幕版)

オセロ(1995)(字幕版)

 

オリヴァー・パーカー監督版『オセロ』。

オセロに偉丈夫ローレンス・フィッシュバーン 

デズデモーナに麗しのイレーヌ・ジャコブ

エミーリアに世間知に長けた小狡い印象のアンナ・パトリック。

そして、イアーゴに名優"現代のローレンス・オリビエ"ケネス・ブラナー

 

この映画版では、デズデモーナに「忠実な」(Loyaltyを持ち続ける)イアーゴーの妻・エミーリアはしかし、デズデモーナのどこまでも純粋な愛の価値を理解しません。

※なお。このあたりの話はどうか現代的なジェンダー観?云々とかから離れて、演劇的な?抽象的な話としてご理解ください。一応、念のため、書いておきます。

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このオリヴァー・パーカー監督版『オセロ』においてイレーヌ・ジャコブ演じるデスデモーナが上記引用のやりとりの最後にエミーリアに向ける、ある種の諦念(ああ、「忠実」なエミーリアは私を理解してはくれないのだ)の表情と声は非常に見事だと思えます。

そして、その真逆の話として。

「忠実」(loyality)を騙り、妻であるエミーリアも騙し、オセロとデスデモーナを陥れるケネス・ブラナー演じるイアーゴーは。

オセロの愛(「Of one that loved not wisely but too well」)、デスデモーナの愛を、その輝ける価値をあるいは当人たちよりもより深く理解し感じ取ってしまうからこそ、自らの手にし得ぬそれを嫉妬し、彼らを陥れずにはいられなかったのではないだろうか。

ごくごく個人的に、そのように捉えさせられる名演を見せてくれています。