アニメ『かげきしょうじょ!!』原作漫画との比較等を交えた感想メモ。

twitterで自分で書いたり、目についたりしたアニメ『かげきしょうじょ!!』の感想・関連情報等を随時まとめていっています。

togetter.com

 

『オッドタクシー』アニメ本編と漫画版、ノベライズ版、『セトウツミ』についてあれこれ。

『オッドタクシー』アニメ本編と漫画版、ノベライズ版、『セトウツミ』についてあれこれ。

togetter.com

twitterに投げた時点で割とRTされてくれていたけど、togetterにまとめてみたらなんか別の層?に知られたりもしたらしい。

どういう経路でやって来ているのだろう。

過去幾度もこういう感想togetter出してきたけど、これまでとおよそ感じが違うコメント欄になったりしている……

 

正直、余談として置いた諸々まで読んでくれるとは期待してないけど、うんざりするほど安易に時系列すら違えて「漫画版に比べればアニメの描写は劣化!」なんて見方を寄せられたりするのはちょっと(とはいえ各々好きにすればいいけど)、間違っても一緒にはされたくないなー、とは思えてしまう。

それと"原作に忠実(これ自体、よく言われるように、簡単な概念では全くないんだけど)なら良く、そうでなければダメ"といったよく聞く話も非常に気に喰わないので、余計なことかとは思うけど先回りしてあれこれ話を置いてみたというのもあったりする。

菊石まれほ『ユア・フォルマ 電索官エチカと機械仕掛けの相棒』感想

 

 第27回電撃小説大賞、《大賞》受賞作。
この『ユア・フォルマ電索官エチカと機械仕掛けの相棒』に続きシリーズ第二作が先月刊行されたところだということで、 

 そちらもすぐ読もうと思うのだけれど、この第一巻を読んで非常に面白かったので勢いでとりあえず感想を書いてしまおうと思う。

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 ※公式サイトより

 

「きみはどうして、見れば分かるんだ?」
 エチカが問いかけると、彼は沈んだ眼差しをこちらに向けた。
「過去に、優秀な刑事から指導を受けました。それだけです」
 指導を受けただけでそこまでの観察眼が身につくのなら、世の中のアミクスは全員天才だ。トトキはハロルドを特別だと言っていた、恐らくそこに起因するのだろう。
「まるで現代のシャーロック・ホームズだね」
「『君は見ているが観察していない。その違いは明らかだ』」ハロルドはにこりともせずに引用し、ジープから体を離す。「ヒエダ電索官、読書がお好きですか?」
「最初、きみのことをR・ダニールだと思ったくらいには」
アシモフですね。私は彼のように、宇宙市から来たわけではありませんが」

 菊石 まれほ. ユア・フォルマ 電索官エチカと機械仕掛けの相棒 (電撃文庫) (Kindle の位置No.939-947). 株式会社KADOKAWA. Kindle 版.

 

まず人間とロボットの刑事コンビ、バディものとしては『鋼鉄都市』が連想される。
上記のように作中でR・ダニール(・オリヴォー)の名が出されてもいるし、執筆の際に特に意識もしたとのこと。

ただ愛妻家で子ども思いのイライジャ・ベイリに対してエチカは家族関係で大いにトラウマを抱え、ハロルドはR・ダニール・オリヴォーのように人の心に疎いどころかホームズばりの観察力を見せつけ、エチカ曰く女を掌で転がす"ような振る舞いを繰り返したりする。

そんな二人の駆け引きとやりとり、"こころ"の在り方描かれ方が面白い。

dengekionline.com


なお、そこについては個人的にモノの"こころ"やアナログハック的ななにかにおいて『BEATLESS』が好きな人にも、そこそこ相性が良い作品かなとも思う。

 


よく刈り込まれた文体も魅力。
当然に飾り立てようと思えば飾り立てる力が明らかにあるけど、あえてスリムに仕立てていて主人公、エチカの装いや雰囲気に通じるものもあり、作品によく似合う。

導入となる最初の一文もいい。

 

時々突風が吹き抜けるように、こんな大人にはなりたくなかった、と思うことがある。

 菊石 まれほ. ユア・フォルマ 電索官エチカと機械仕掛けの相棒 (電撃文庫) (Kindle の位置No.26-27). 株式会社KADOKAWA. Kindle 版.

 

この突風と序章のタイトルでもある「吹雪」、エチカの姉が降らせた雪、そして終章「雪融け」。イメージの提示が鮮やか。
そうなるだろうな、という期待に応え(?)「こんな大人になりたくなかった」の一節は後に反復されもする。


イメージの魅力を感じた場面としては他には例えば、当然に身体と一体化していた情報端末から切り離されての、サンクトペテルブルグの夜の場面。

 

 自動ドアをくぐり、外に出る。
 眠ったままの空から、雪が舞い降りてきていた。
 しずしずと降りしきるそれは、幻覚などではない。刺すような空気が染みて、体が勝手に震え出す。そういえばハロルドの家を出てからずっと、薄手のセーター一枚だ。二の腕をこすりながら、辺りを見回す。道路を挟んだ向かいに、閑散とした円形広場があった。エチカは吸い寄せられるようにして、歩き出す──あれほど騒々しかった町は今や静寂に包まれ、人影は疎らだ。監視ドローンの気配もない。警察のサイレンすら聞こえない。数時間前の賑わいが、まるで夢だったかのように。
 どうして。
 エチカは、ニトロケースを握り締める。
 このことにだけは、気付いて欲しくなかった。
 広場には、塔のようなモニュメントとともに、兵士らの銅像が佇んでいた。塔には、『1941』と『1945』の数字が掲げられている。ユア・フォルマが止まってしまった今、何の記念碑なのかは解析できず、誰も答えを教えてくれない。恐らく、戦争にまつわるものだろう。
 隠しておきたかった、と思った。
 ここにだけは、どうあっても、誰にも踏み込まれたくなかったのに。

 菊石 まれほ. ユア・フォルマ 電索官エチカと機械仕掛けの相棒 (電撃文庫) (Kindle の位置No.2835-2846). 株式会社KADOKAWA. Kindle 版.

 

そこはかつてスターリングラードという名だった都市の「勝利広場」、

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wikipedia「勝利広場 (サンクトペテルブルク)」より

レニングラードの英雄的な防衛に尽くした人たちに捧げる記念碑」。

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「2013年「ロシアに行ってきました」その1」より

まず、サンクトペテルブルグで1941、1945年と示されてさえ「おそらく、戦争にまつわるものだろう」程度にしかわからない、それくらい何も分からなくなってしまった閉塞感や心細さがあるだろう。


そして「ここにだけは、どうあっても、誰にも踏み込まれたくなかった」というエチカの譲れない思いに(当人はそうとわからずとも)通じるものがあったり、それを守るために払ってきた大きな犠牲にもイメージは繋がり得るのかもしれない。


雪、吹雪がもたらす冬の惨禍、一方でそれらの先に苦しみの果ての勝利が続いている。そんな予兆でもあるのかも。

 

豊かにイメージを広げる、非常に優れた舞台選びだと思う。

 

この作品は既にコミカライズも連載が始まり(ヤングエース 2021年7月号より連載開始。作画=如月芳規)きっと映像化もされるだろうところ、その際にはどんな画で描かれるのか気になる場面でもある。

 

 

p159の挿絵は「え?作中のそれ、QRコードなの???」とすこし驚かされるところだけど、そこで何ごとかを試してみるとなるほど、強引にでも仕掛けをねじ込みたかったところなんだなということが分かる。面白い趣向。

 

ミステリとしては犯人、主人公に関わるある人物の正体、犯行の方法等々、割と早い段階に予想がつきやすいかと思えるところも目立つけれども、手がかりの置き方示し方はフェアで好印象、提示された作品世界の設計・世界観との繋げ方もなめらかで美しい。

 

キャラクターの魅力、作中世界の設計・提示、謎の提示と解決及びそれらと提示されたSF的な設定やそれも踏まえた社会との連動、読者を引きつける画・イメージの提示、それらを綴る文体。いずれも優れた佳作だと思う。

 

※7/6追記

2巻読みました。

メインとなる謎とその正体の設定がSF的(?)にもそのロジック的にも面白く、ミステリとして仕込みや意図や行動の交錯の描き方が1巻より巧みになっていると思える。

とても好印象。

みやびあきの『珈琲をしづかに』4巻までの感想※完全に既読者向けの内容のため、ネタバレ注意となります。

※ 完全に既読者向けの内容として4巻最後までの展開に大きく触れる話が続くため、ネタバレ注意となります。

 

みやびあきの『珈琲をしづかに』4巻。
静かに人の気持ちが縁が積み重なりブレンドされていき、居場所がつくられ確認され、「新しい一歩を 一緒に踏み出せる」予感に繋がっていく流れが、繊細で丁寧で美味しい味わいと思う。
それは例えば23話で「波多野コーヒー」を美味しいと、「クリームがほろ苦くて」そして「カフェオレほど…甘くなくて…」と感じたという、そのカフェオレは11話の最後で……という話なのだけれども。


説明を試みるとだいぶ込み入った、そしてだいぶ長い話になってしまうのだけれども。
ともあれ、やっていってみようかと思う。

 

 

まず、4巻で最初に収録されている19話から見ていくと。
19話では両親との過去から壊れること、失うことを恐れる(4話「何かが壊れてしまう瞬間を見るのが苦手で…」)しづかさんが再び喪失を突きつけられそうになり、でもいったんは大丈夫だと安心しつつ。

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4話

でも、子どもだったその時でなく「もう十分大人になった」今は「今まで積み上げてきたものを支えに自分の力で歩く」よう、優しくため息をついて案じられつつ送り出される(ここは例えば8話での「急いで大人になる必要は ないと思いますよ」「子供のうちしか 子供であることを楽しめませんから」とも響き合う)。

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19話

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8話



自分に積み上げてこれたものがあっただろうか?と不安に思いながら店に着くと、前マスターが「人と縁をつなぐことができる大事な場所」だから「縁(ユカリ)」と名付けた(3話)店の扉に置手紙と折紙で、積み上げた縁が、そして縁同士が折り重なるように互いに繋がりもしたそれが「おかえりなさい」「お帰りなさい」と迎え、「ただいま」と返すことになる。

それはしづかさんが積み上げてきた、「ただいま」と言える大事な居場所。

 

21話ではその大事な居場所である店の、その中でもまた更にしづかさんの領域であるカウンターに貴樹が(14話で珈琲占いを教わって以来二度目として)招かれる。
一度目に掛けられた「今だけですよ」は、そうではなくなって。

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14話

また、しづかさんの側では「カウンター越しにしか 人と会話ができないだけなんですけど」(3話)を重ねて自ら踏み越えたということでもあるのかもしれないと思う。

 

続く22話では、しづかさんがそんな大事な居場所である店を「お店の時間をずらしてまで」文化祭の喫茶店に来てくれる約束をしてくれる。

 

そして、23話。
茶店で出されたのは「こいつがメニュー班でいろいろ提案して採用されたやつで クラス内ではこっそりそう呼んでいる」という「波多野コーヒー」。
ブレンドはお店の顔ですし」(6話)というところまでは勿論たどりつけていない、ダルゴナコーヒーだけれど、貴樹くんのせいいっぱいの一杯。

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6話

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23話



それを「美味しい」と、さらに「クリームがほろ苦くて」そして「カフェオレほど…甘くなくて…」と感じたというのがここも積み重ねの上でのものになっていて。

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23話

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23話



ここでカフェオレが引き合いに出されるのは11話の最後、「あの頃…意地を張って飲まなかったカフェオレ…」と呟きつつ飲んだ味は「ちょっと 甘すぎたかも」を受けてのもの。

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11話

11話で亡き夫との思い出を大事にし続けつつ「好きだという気持ちを持てていた時間は 幸せだったと思うの」と語っていったお客さんについて貴樹に「「新しい一歩を 一緒に踏み出せるかたと出会えたそうですよ」と話した後に……「好きだという気持ち」が分からなかった/分からない、持つことができなかった/できない、持つことを恐れもした/恐れるしづかさんが「新しい一歩を」誰とも踏み出せないと思っている中、まだ子供だったあの頃の気持ちを思い出すように、あの頃飲まなかったカフェオレを飲んでみる。

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8話

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8話


でも、それから8年が経った今のしづかさんには「ちょっと、甘すぎたかも」。

それはおそらく8話で語った「私もそういう時期がありました」「苦い珈琲を美味しいと思っていないのにブラックで飲んで」「これを飲めるから大丈夫 私は大人で 子供じゃないって」との言葉の通り、今はもう、子供じゃないということ。

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8話


もう子供ではない、でも大人になりきれてもいない、そんな今のしづかさんに23話で「波多野コーヒー」は美味しいと感じられたんだ、という。

更にその上で、文化祭の喫茶店で飾られた珈琲の画と題名がなぜか「どうしてか心に引っかかる感じ」がして辿っていくと、しづかさんが出会い、ずっと守ってきているあの日のブレンドのイメージに行き着くことに。

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23話

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23話

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23話

その「泣きたい気持ちと 綺麗な光」は17話で描かれていたもの。
親を亡くし夜明け前に街をさまよい歩く中、前マスターに初めて会い、そのブレンド珈琲を初めて飲んで、いつの間にか飲み干していて。
朝焼けを見て「綺麗…」と思う。
そうしながら「一人になりたくない… 一人は嫌 誰か… 誰かを好きになれる人になりたい ただその相手が」と感じていた。

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17話


これに続く言葉が17話では健吾の「僕じゃなかっただけなんだと思う」で、それが、ようやく、やっと23話では「今は違うブレンドも淹れてみたい そんなふうに思う日がくるなんて…」で、そしてそう独白しつつ6話での貴樹の言葉と表情を思い出しつつ、今の彼をみやってのこの表情であるわけで。

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23話

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6話

読んでいる方としてはもうこれは、しづかさんが「新しい一歩を 一緒に踏み出せるかたと出会えた」というのを心の深いところでは、せめてその予兆くらいは感じ取ったのかと思えてくるのだけど……。
24話に入って、そこでこれほどにもまた積み重ねてきた縁に重ねて背中を押されないと意識的にはそこに思い至らないんだな、というのが本当にもう、実にもどかしくも、尊い話だと思う。
そのゆっくりゆっくりと時間と手間をかけての歩みがしづかさんにも、8歳離れたしづかさんと貴樹にも必要なのだろうなと思わされる。

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3話

 

なお、こうして繊細に丁寧に「かわりゆく」人の心を、人と人との関係を描く魅力は前作『なでしこドレミソラ』にも溢れていたもので。

twitter.com


『珈琲をしづかに』でもまた新たにその味わいに出会え、とても嬉しく思う。

武田綾乃『飛び立つ君の背を見上げる』感想

武田綾乃『飛び立つ君の背を見上げる』感想。

 

プロローグ、エピローグの間で

第一話「傘木希美はツキがない。」
第二話「鎧塚みぞれは視野が狭い。」
第三話「吉川優子は天邪鬼。」

と同学年3人に向き合い、評し、自分の裡を覗く語り手の中川夏紀を描く。


まず各話の最後にその話、関係を強烈に一言でまとめて爆弾を落としていく構成(傑作『その日、朱音は空を飛んだ』を思わせもする)が素晴らしい。

複雑な人物造形とその心情を描きつつ、端的にまとめて提示もできるキレの良さが目を惹く。


描かれる四人とも、また回想で僅かに夏紀と語るほかは殆ど直接姿を現さないのに強烈な存在感と影響力を見せつける田中あすかも魅力的な中で、やはり個人的には傘木希美の姿が一際印象に残る。
傘木希美は夏紀同様に慢性的なくらいに自己嫌悪を抱えながら、(例外的に黄前久美子に露悪的に覗かせたことはあっても)他人にも、そして誰より自分自身に自分を嫌う自分であることを許さない、そうである自分であろうと努めに努め続けるキャラクターなのかと思う(※1)

 


以下、各話について。

 

第一話「傘木希美はツキがない。」ではみぞれ贔屓の優子に対して希美の側に心が寄る夏紀が、希美がそうあろうとする姿を尊重してあえて踏み込み過ぎずに接し、語っていく傘木希美の人物像に改めて惹かれる。
一年の時の出来事から夏紀がずっと希美に対して抱いている罪悪感を、でも決して誰に対しても、特に希美には明かさない。

それを罪であるなどと希美は認めない。

第三話でも改めて書かれる通り

「希美は夏紀に自分の荷物を預けたりはしないのだ」

(p220)

 みぞれに対して退部の際に誘わなかったことも、幾度他人に問われても決して悪いことだとは認めず、やはり誰より自分自身に対してそう振る舞おうとする。

傘木希美にとってそこは、自分に対しても他人に対しても"そうなのだ"というより"そうあるべきなのだ"という話なのだろう。

荷物を預け合う優子・夏紀のコンビとは好対照だなとも思う。

 


第二話「鎧塚みぞれは視野が狭い。」では希美が久美子に対してだから普段決してみせないように努めに努めている自己嫌悪を露悪的にであるのせよ語れたように(※1)、鎧塚みぞれは希美本人は勿論、自分贔屓の吉川優子にも語れない自分の自分自身への思い、そして傘木希美に抱く思いを遊園地の観覧車の中で夏紀に語る。語ることができる。その核心ともいえる、

「それって、恋とは何が違うん?」
(中略)
「そうだったらよかったのに」
(p184)

のやりとりからは改めて『響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部波乱の第二楽章 後編』で新山聡美から贈られた言葉、

「運命の相手が恋愛感情を向ける相手とは限らないでしょう? 人生において特別な存在って、きっと一種類に絞らなくていいと思うの。家族でも、友達でも、もちろん恋人でも構わない。大切だって思う人に固執してしまうのは、きっと当たり前のことよ」
「……当たり前」
「そう。だから鎧塚さんがリズに対して抱いた感想は、全然変じゃないの(後略)」
(p231)

はみぞれの芯を打ったのだなと思わされる。

 

そして観覧車でのやりとりの最後にかつての「大好きのハグ」に続く、夏紀が教える「四人は友達」のポーズ。

第三話でそのポーズが再演される一幕が鎧塚みぞれの視野が少しずつだけどでも確かに広がっていることを示していく。

希美だけが動かせたみぞれの世界を広げる役割は『響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部波乱の第二楽章 後編』や『響け! ユーフォニアム北宇治高校吹奏楽部のヒミツの話』「十三 飛び立つ君の背を見上げる(D.C.)」で幾度も描かれたように、主にみぞれ贔屓の吉川優子が(黄前久美子や、吹奏楽部のみぞれを慕う後輩たちも関わりつつ)担う描写が多かったのだけれど。

みぞれにとって殊更に大事な「友達」の枠を四人に広げる背中を大きく押したのは、みぞれに苦手意識を持っていた中川夏紀だったという関係性の描き方と積み上げ方が見事で、作者の強みが遺憾なく発揮されているところだなと思う。

 

第三話「吉川優子は天邪鬼。」。なかよし川は続くよ、これからも。
なぜ、吉川優子が部長なら副部長は中川夏紀でなければいけなかったか、という話を突き詰め広げて解説してくれている一篇。

『響け! ユーフォニアム北宇治高校吹奏楽部のヒミツの話』「十三 飛び立つ君の背を見上げる(D.C.)」ではまだ二人について語り足りなかったので改めて……という風情。優子視点の(D.C.)でもでてきた、卒業に際して優子から夏紀へ送った手紙がこちらでもまた出てきたりもする。

 

最後にエピローグ。

締めくくりに、中川夏紀に彼女自身に対してこの言葉を言わせたかったんだな、と。

なんとも美しい幕引きだと思う。

 

 

※1

傘木希美は他者に向かって自己嫌悪を覗かせてしまうことを、それよりも更に自分自身に"自己嫌悪する自分であること"を許さずにあろうと痛々しいくらいに努めているけれど。

自ら語らない分、『響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部波乱の第二楽章』で情景描写に託して希美の自己嫌悪が随所に幾度もえげつなく描かれていたのが凄まじいと思う。

「冷えた視線を向ける自分自身に、希美はニッと笑いかける。口端が引っ張られ、磨いたばかりの白い歯がのぞく。楽しそうな顔だと思った。爽やかな朝だった」

(『響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、波乱の第二楽章 前編』p9)

「平静を装う声が、ところどころかすれている。眉尻を垂らし、希美は白い歯を見せて口を開いた。それが他者の目には笑顔に見えると、そう彼女は思い込んでいるのだ」

(『響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部波乱の第二楽章 後編』p246)

そしてやや長すぎるので全引用はしないけれど『響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部波乱の第二楽章 後編』p85-89の希美とみぞれの雑巾でのガラス窓掃除の一連の場面。ガラス、背伸びと示した上での、雑巾の黒い汚れの示し方。締めの一段落が特にきつい。

 そっかー、と希美が明るく相槌を打つ。耳の前に流れるひと房の黒髪、そこからのぞく希美の頬が不自然に引きつったのが見えた。明るい笑顔を維持したまま、希美が片手に雑巾を握り締める。綺麗に折り畳まれていたはずの雑巾がぐちゃりと乱れ、内側に隠していたはずの汚れをあらわにしていた。

’(『響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部波乱の第二楽章 後編』p89)

そしてそういった諸々を経た後の傘木希美が『響け! ユーフォニアム北宇治高校吹奏楽部のヒミツの話』「十 真昼のイルミネーション」に至って、

「希美は、自分のなかにある醜い部分から目を逸らさない人でありたい」

(p136)

 と思えているのは尊くも嬉しい一節だと思う。

 

※2

なぜ希美が久美子に話せたのかについて、久美子はその主観視点の地の文で

「あーあ、久美子ちゃんにやったら、こんなに本音でしゃべれるのになぁ」

 それはきっと、希美が久美子のことを脅威と見做していないからだ

(『響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部波乱の第二楽章 後編』p251)

 と見ているのだけど、どちらかというとこの推測は希美よりも黄前久美子というキャラクターの心の在り方を描いているようにも思う。