ルイ・オーギュスト・ブランキ『天体による永遠』感想

ブランキ『天体による永遠』を読んでみてすぐに思ったこと-----「ああ、これってドーキンスが『虹の解体』で描いた、科学こそ詩情となるという詩的科学の実例だ」、と。
虹の解体―いかにして科学は驚異への扉を開いたか

虹の解体―いかにして科学は驚異への扉を開いたか


しかし、読み進めるうちにひしひしと伝わってきたのは「その詩情はどうも徹底的に必然、調和、一回性を前提にした進歩という展望の否定に向かうようだなぁ」ということ。


訳者解説及びそこで描かれる著者の経歴をふまえて読み返すと、なにやら表紙に描かれている髭の人が、満面の笑みでラプラスの描く宇宙、決定論のビジョンに殴りかかるイメージが脳裏をよぎる。


壮大で絢爛豪華で、そのくせひどく陰鬱で救いがないようにみえつつ……(あえてこういうなら)滑稽なほどエネルギーに満ち満ちていて。
岩波文庫表紙の紹介「ベンヤミンを震撼させたペシミズムの深淵。」は「。」で終わらず、「……からブランキの想像は飛翔する」とでも続けられるべきなんだろう。
(いや、ベンヤミン、ほぼまったく知らないのだけれど。『円環少女』絡みでも他の方の感想でひどく印象的な形で提示された名前でもあり、たぶん、一度どこかで読んでみないといけないんだろうな)


ペシミズムという話……確かに書いてあることは字面だと否定ばかりなのだけれど。
強烈な否定が続けざまに放たれてるときこそ、それを語る本人はものすごく楽しそうに見える。


例えば次のくだり。

星々は、我々の太陽と同じような太陽である。シリウスは太陽の一五〇倍(現在では五・五倍)の大きさだと言われる。おそらくそうであろうが、証明は困難である。議論の余地なく、これらの光り輝く中心(フォワイエ)同士は相互に、きわめて大きな体積の差があるにちがいない。ただし、その比較は我々の能力を超える。そして、体積や光度のちがいは、我々にとって、ほとんど距離の問題あるいは懐疑の対象にすぎない。なぜなら、データが不十分である以上、すべての判断は無謀だからだ。
(p16-17)


こんなにも「証明は困難」で「我々の能力を超え」「判断は無謀」なすごいものがあることが、楽しくて楽しくてならないという風情。


後半でベイリー(の『時間衝突』)ばりの奇想(なんでも「充満の原理」というのに基づくらしいが、正直、よくわからない)を繰り広げた後、たどりつくのはやはり強烈な否定。

ところが、ここに一つ重大な欠陥が現れる。進歩がないということだ。ああ! 悲しいことに、それは事実なのだ。何もかもが俗悪きわまる再版であり、無益な繰り返しなのである。過去の世界の見本がそのまま、未来の世界の見本となるだろう。
(p133)


この「ああ! 悲しいことに」は言葉と反対にいい感じの笑みを浮かべながら書いていたのでは。


なお、おそらくこの論では普通、この直後に続く部分こそが面白いといわれそうだとも思えた。

ただ一つ枝分かれの章だけが、希望に向かって開かれている。この地上で我々がなりえたであろうすべてのことは、どこか他の場所で我々がそうなっていることである、ということを忘れまい。
(p133)


なるほど足穂『一千一秒物語』(前半での彗星への思い入れ)で、ベイリー『時間衝突』で……そして、永劫回帰だなぁ、と。

参考:【お気らく活字生活】:『天体による永遠』 オーギュスト・ブランキ岩波文庫
http://okirakukatuji.blog129.fc2.com/blog-entry-340.html

この人は、永遠に無限に、そして偶然に……どこまでもいつまでも「殴りかかり続けたい人」なのだろうなあ、と思えた。
それはとんでもなく傍迷惑だと頭では考えさせられつつ。
しかし、それがここまで詩情と懐疑的で実証的な本物の論理とに溢れ、自分にすら魅力的に映ることに戸惑わされた。


同時にそれは「ああ、こういう人が19世紀の革命家たちのカリスマだったのか」という驚きでもあって。
これ一冊だけでも自分が抱く「革命」「革命家」へのイメージ(というか偏見)を揺るがされた感じがして。
個人的にこれまで「革命家」ときけばまず思い浮かべてしまっていたのは(ブランキが生まれる数年前に終焉した)フランス革命、それを描いたフィクション『神々は渇く』のエヴァリスト・ガムランで。
それと、(1968年に東大の四年生だった)父を通じて諸々話を聞いたり、書籍などでも少し調べてもみた日本の学生運動の面々だった。


最大限に控え目に言っても、およそ良い印象を持っていたとはいえない。


しかし、『天体による永遠』でブランキが爆発させる詩情も、そのベースとなる理も、明らかに志向が大きく異なる自分の視点、感覚からであってさえ、おそろしく魅力的にみえた。
「これがもし方向性があう人が手にとったならば、そりゃあひとたまりもなかっただろうな」と思わされる。


確かに素敵で。そして、危険な本だな、と。
すける(https://twitter.com/sukerut )さん、ご紹介いただき、ありがとうございました。