みやびあきの『珈琲をしづかに』4巻までの感想※完全に既読者向けの内容のため、ネタバレ注意となります。

※ 完全に既読者向けの内容として4巻最後までの展開に大きく触れる話が続くため、ネタバレ注意となります。

 

みやびあきの『珈琲をしづかに』4巻。
静かに人の気持ちが縁が積み重なりブレンドされていき、居場所がつくられ確認され、「新しい一歩を 一緒に踏み出せる」予感に繋がっていく流れが、繊細で丁寧で美味しい味わいと思う。
それは例えば23話で「波多野コーヒー」を美味しいと、「クリームがほろ苦くて」そして「カフェオレほど…甘くなくて…」と感じたという、そのカフェオレは11話の最後で……という話なのだけれども。


説明を試みるとだいぶ込み入った、そしてだいぶ長い話になってしまうのだけれども。
ともあれ、やっていってみようかと思う。

 

 

まず、4巻で最初に収録されている19話から見ていくと。
19話では両親との過去から壊れること、失うことを恐れる(4話「何かが壊れてしまう瞬間を見るのが苦手で…」)しづかさんが再び喪失を突きつけられそうになり、でもいったんは大丈夫だと安心しつつ。

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4話

でも、子どもだったその時でなく「もう十分大人になった」今は「今まで積み上げてきたものを支えに自分の力で歩く」よう、優しくため息をついて案じられつつ送り出される(ここは例えば8話での「急いで大人になる必要は ないと思いますよ」「子供のうちしか 子供であることを楽しめませんから」とも響き合う)。

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19話

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8話



自分に積み上げてこれたものがあっただろうか?と不安に思いながら店に着くと、前マスターが「人と縁をつなぐことができる大事な場所」だから「縁(ユカリ)」と名付けた(3話)店の扉に置手紙と折紙で、積み上げた縁が、そして縁同士が折り重なるように互いに繋がりもしたそれが「おかえりなさい」「お帰りなさい」と迎え、「ただいま」と返すことになる。

それはしづかさんが積み上げてきた、「ただいま」と言える大事な居場所。

 

21話ではその大事な居場所である店の、その中でもまた更にしづかさんの領域であるカウンターに貴樹が(14話で珈琲占いを教わって以来二度目として)招かれる。
一度目に掛けられた「今だけですよ」は、そうではなくなって。

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14話

また、しづかさんの側では「カウンター越しにしか 人と会話ができないだけなんですけど」(3話)を重ねて自ら踏み越えたということでもあるのかもしれないと思う。

 

続く22話では、しづかさんがそんな大事な居場所である店を「お店の時間をずらしてまで」文化祭の喫茶店に来てくれる約束をしてくれる。

 

そして、23話。
茶店で出されたのは「こいつがメニュー班でいろいろ提案して採用されたやつで クラス内ではこっそりそう呼んでいる」という「波多野コーヒー」。
ブレンドはお店の顔ですし」(6話)というところまでは勿論たどりつけていない、ダルゴナコーヒーだけれど、貴樹くんのせいいっぱいの一杯。

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6話

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23話



それを「美味しい」と、さらに「クリームがほろ苦くて」そして「カフェオレほど…甘くなくて…」と感じたというのがここも積み重ねの上でのものになっていて。

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23話

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23話



ここでカフェオレが引き合いに出されるのは11話の最後、「あの頃…意地を張って飲まなかったカフェオレ…」と呟きつつ飲んだ味は「ちょっと 甘すぎたかも」を受けてのもの。

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11話

11話で亡き夫との思い出を大事にし続けつつ「好きだという気持ちを持てていた時間は 幸せだったと思うの」と語っていったお客さんについて貴樹に「「新しい一歩を 一緒に踏み出せるかたと出会えたそうですよ」と話した後に……「好きだという気持ち」が分からなかった/分からない、持つことができなかった/できない、持つことを恐れもした/恐れるしづかさんが「新しい一歩を」誰とも踏み出せないと思っている中、まだ子供だったあの頃の気持ちを思い出すように、あの頃飲まなかったカフェオレを飲んでみる。

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8話

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8話


でも、それから8年が経った今のしづかさんには「ちょっと、甘すぎたかも」。

それはおそらく8話で語った「私もそういう時期がありました」「苦い珈琲を美味しいと思っていないのにブラックで飲んで」「これを飲めるから大丈夫 私は大人で 子供じゃないって」との言葉の通り、今はもう、子供じゃないということ。

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8話


もう子供ではない、でも大人になりきれてもいない、そんな今のしづかさんに23話で「波多野コーヒー」は美味しいと感じられたんだ、という。

更にその上で、文化祭の喫茶店で飾られた珈琲の画と題名がなぜか「どうしてか心に引っかかる感じ」がして辿っていくと、しづかさんが出会い、ずっと守ってきているあの日のブレンドのイメージに行き着くことに。

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23話

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23話

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23話

その「泣きたい気持ちと 綺麗な光」は17話で描かれていたもの。
親を亡くし夜明け前に街をさまよい歩く中、前マスターに初めて会い、そのブレンド珈琲を初めて飲んで、いつの間にか飲み干していて。
朝焼けを見て「綺麗…」と思う。
そうしながら「一人になりたくない… 一人は嫌 誰か… 誰かを好きになれる人になりたい ただその相手が」と感じていた。

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17話


これに続く言葉が17話では健吾の「僕じゃなかっただけなんだと思う」で、それが、ようやく、やっと23話では「今は違うブレンドも淹れてみたい そんなふうに思う日がくるなんて…」で、そしてそう独白しつつ6話での貴樹の言葉と表情を思い出しつつ、今の彼をみやってのこの表情であるわけで。

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23話

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6話

読んでいる方としてはもうこれは、しづかさんが「新しい一歩を 一緒に踏み出せるかたと出会えた」というのを心の深いところでは、せめてその予兆くらいは感じ取ったのかと思えてくるのだけど……。
24話に入って、そこでこれほどにもまた積み重ねてきた縁に重ねて背中を押されないと意識的にはそこに思い至らないんだな、というのが本当にもう、実にもどかしくも、尊い話だと思う。
そのゆっくりゆっくりと時間と手間をかけての歩みがしづかさんにも、8歳離れたしづかさんと貴樹にも必要なのだろうなと思わされる。

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3話

 

なお、こうして繊細に丁寧に「かわりゆく」人の心を、人と人との関係を描く魅力は前作『なでしこドレミソラ』にも溢れていたもので。

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『珈琲をしづかに』でもまた新たにその味わいに出会え、とても嬉しく思う。