アニメにおいて、花火は非常にしばしば象徴的な形で用いられる。
ごく最近でも例えば『その着せ替え人形は恋をする』12話では、実写はめ込みと見まごうばかりの華麗さで咲き誇る(花火のコスプレだ)、これまで想像もできなかった楽しい瞬間の、でも来年もまた二人で迎えるであろう幸せの象徴として。
『小林さんちのメイドラゴンS』12話、無限とも思える時間を生きるドラゴンと儚い人間が共にすごす、掛け替えのないこの今の日々の輝きとして。
ただ、その中でも、『86 エイティシックス』7話「忘れないでいてくれますか?」&22話「シン」の一組の挿話ほど花火を多義的なイメージの象徴として描いている例はなかなかにないかとも思う(まず、22話で爆散したモルフォの色鮮やかな火花は7話での革命祭の花火のリフレインだ)。
22話は7話の画、場面、台詞、仕草等をしばしば反復しつつ(後述するようにここぞというところで数回、7話のカットが引用されもする)、シンとレーナ、二人の主人公のキャラクターと足跡の核心を見事に描き出している。そのイメージの鍵に花火がある。
作中において花火は時に、
悲惨な境遇の中でのささやかな楽しみで。
残酷な格差の明暗を照らし出すもので。
悲しむことさえなおざりに抱え込んだ心を溶かすもので。
間近に滅びを待つ虚栄の市の光で。
人類が得た生存の僅かな猶予で。
叶うことなどありえないささやかな夢想で。
決して手放しはしない誇りの輝きで。
儚く散り行く命で。
手を伸ばし掴むべき理想として現れているように見える。
花火はまず7話において、
— 相楽 (@sagara1) 2022年3月30日
悲惨な境遇の中でのささやかな楽しみで。
残酷な格差の明暗を照らし出すもので。 pic.twitter.com/EO976Pk8fR
悲しむことさえなおざりに抱え込んだ心を溶かすもので。
— 相楽 (@sagara1) 2022年3月30日
穏やかだったかつての生活とそこからの転落、その烙印を知りつつあえて触れず、隠すための長い髪を綺麗だと言った自分を好きでいてくれたかつての戦友を思う(そして22話では誰より抱え込んでしまう人間が、やっと、涙を流すことができた)。 pic.twitter.com/CmS8aZp5D2
7話の革命祭の間近に滅びを待つ虚栄の市の光で。
— 相楽 (@sagara1) 2022年3月30日
22話爆散したモルフォが降らせる火花は人類が得た生存の僅かな猶予。 pic.twitter.com/moua3HJzIi
なおまず7話アバンでシンがレーナと通信しつつ見上げる叶うことなどありえないささやかな夢想の輝きのように現れた1枚目の花火のカット。
— 相楽 (@sagara1) 2022年3月30日
これはほぼ同じカットが7話Bパート終わりにライデンが語る決して手放しはしない誇りの輝きとして現れる。更に、22話においては、 pic.twitter.com/TrqSlPTldg
爆散したモルフォが降らせる火花の中、シンの脳裏にあの日見上げた輝きの回想が瞬く(1~6枚目の流れの3枚目)中で現れる。
— 相楽 (@sagara1) 2022年3月30日
7話で「みんなで一緒に」と語った夢のような夢(7-8枚目)が、こんな形で叶っている。同じ空の下、向き合って「花火」の下に二人がいる。
「"忘れないで"と言われましたから」 pic.twitter.com/dRw8Oiuy6q
7話で花火は儚く散り行く命で。線香花火の暗喩がクレナの語りの中でも、雲を突き抜け降り注ぎ少し前には花火ではしゃいでいた仲間達に(はしゃぐ様子は数カット挟まれてる)死をもたらした超遠距離砲による惨状の後も重ねて描かれる(この後ポトリと落ちる)。 pic.twitter.com/ouMR2tib4o
— 相楽 (@sagara1) 2022年3月30日
22話Aパート。(7話でクレナが懸念した通りに)シンだって誰かに心を預かって欲しい。預けられる相手が欲しい。花火の中にささやかな幸せや誇りを見出したい。でも花火の光を求めても(3→4枚目)もたらされるのは戦友たちを殺し奪い「俺一人置いて先に死んで」いく光景ばかり、 pic.twitter.com/DYjDxUpr09
— 相楽 (@sagara1) 2022年3月30日
それでもここまで生き残って来てくれた最も親しい戦友たちに救いを求めて手を伸ばしても、願いは無惨に吹き飛ばされる。3枚目の破裂する手が汚い花火のように描かれているのも、実にエグい。 pic.twitter.com/1nHh7ayegg
— 相楽 (@sagara1) 2022年3月30日
そんな彼の元に希望と救いの花火でなく、殺意に満ちた機械の怪光があてられる。絶望するシン。
— 相楽 (@sagara1) 2022年3月30日
しかし、これまで希望を破壊の光が吹き飛ばし続けてきた彼の元に、今回ばかりはそれを救いの光が一蹴する。その歩みとともに、塗り替えられていくシンの眼前の世界。 pic.twitter.com/v1FMNreTcg
7話ではささやかな「特殊弾頭」を贈るのがせいいっぱいだったレーナ。でも22話ではこれまで縋った希望を残酷な砲火に吹き飛ばされるばかりだったシンに、(彼だと知らずして)救いの一撃を届けることができた。 pic.twitter.com/I8ktaq0LKw
— 相楽 (@sagara1) 2022年3月30日
革命祭の花火に対する「特殊弾頭」のように、人類に滅びをもたらそうとしていたモルフォを撃破したシンに比べればささやかな一撃ではあるけれど、それは決して抵抗をあきらめず、無駄だ無意味だときっと言われ続ける中で今もレギオンの支配域奥深くまで踏み込んできたから繰り出すことができた一撃で。
— 相楽 (@sagara1) 2022年3月30日
その命だけでなく、その心を預かり救うことに繋がる尊い一撃。
— 相楽 (@sagara1) 2022年3月30日
ところで、さすがに長くなり過ぎたので続きはスレッド分けて。
こちらのスレッドの続き。https://t.co/VyWSk7BK6h
— 相楽 (@sagara1) 2022年3月30日
『86』7話。
花火は手を伸ばし掴むべき理想。
「その前に死なせません」「もうこれ以上誰も」
この宣言をレーナは22話で(彼と知らずして)シンを救うことで実現して見せた。
そしてこの描いた夢に手を伸ばす動きは、 pic.twitter.com/AN3NwVzuPR
22話で遂にシンが見出した「その先」への思いに手を伸ばす姿に繋がり、重ねられているのだと思う。 pic.twitter.com/9VZVvCv7ko
— 相楽 (@sagara1) 2022年3月30日
なお22話のシンとレーナのやり取り、これまで通信のみで直接顔を合わせたこともパーソナルマークを目にしたこともなく、最初の方はそのまま音声を受け取れず「字幕生成システム」と機械音声?でやり取りしてるからこそのもどかしさ、正にこの作品ならではの一幕で実に素晴らしかった。 pic.twitter.com/JP0ntwQ9RG
— 相楽 (@sagara1) 2022年3月30日
例えば最初の方のやりとり。「Are you alone?」とのメッセージに対するシンの苦悶(2,3枚目)。後続は来てくれる、今いる帝国ではかつてのように見捨てられはしない(7話終わり=5,6枚目参照)。でも、一緒に来た戦友たちはきっと全滅し、また今回も「一人きり(=alone)」だと思っているから。 pic.twitter.com/JcxhX2WZw9
— 相楽 (@sagara1) 2022年3月30日
懐かしのデバイスが起動されかつて聞いた声が響いて驚いても、まさかそんなことが、と信じきれない。「私は旧共和国防衛部隊指揮官---ヴラディレーナ・ミリーゼ大尉」
— 相楽 (@sagara1) 2022年3月30日
と名乗られ、ようやく確信する。「少佐」と漏れる呟き。レーナの姿に光を観る。花火よりなによりシンにとってその輝きこそが。 pic.twitter.com/n6j8qdIJh1
でも、縋りつきたくなる希望が、そうしたらまた喪われてしまうのを怖れるように通信を切り。
— 相楽 (@sagara1) 2022年3月30日
誰よりも死者の思いを抱えてきたシンが「死人を相手に何の義理が?」と問う。
その重さに苦しんできたからこそ、縋って相手の重荷になってしまうことを許せないようでもある。 pic.twitter.com/YNpxuOGOG9
でも、そこから7話終盤のライデンをなぞるようにレーナが語り。
— 相楽 (@sagara1) 2022年3月30日
(今話している相手が彼だと知らずして)あなたのおかげで「私はこうして生きていられる」「生ききった彼らに追いついて」「彼らをこの戦場の向こうに連れていきたいから」と告げていく。 pic.twitter.com/QlycRmcmld
これまで「皆が俺を一人だけ置いていく」と苦しんでいたシンだからこそ、その芯に響く言葉。
— 相楽 (@sagara1) 2022年3月30日
そしてシンが求めて、仲間と異なりただ一人得ることができていなかった、抱くことを自分に許せなかった誇りについて「誇ってもいいのだと思います」と告げる。 pic.twitter.com/6R2CSdEgxy
今シンが生きてここにいること、そして彼を追いかけてきたレーナが今生きてここにいる、そのことに誇りを感じていい、その存在に誇りを預けていい。
— 相楽 (@sagara1) 2022年3月30日
7話でアンジュを「いつまでも1人で抱え込んでしまう」と評しつつ誰よりずっとそうしてしまい。これまで仲間から重ねて指摘もたしなめも怒られもしたし、そして痛ましく「シンの心は誰が預かってくれるの?」と思われ続けていたシンが、ここでようやく呪いから解放され、泣くことができた。美しい場面。 pic.twitter.com/ROIMhpFMpP
— 相楽 (@sagara1) 2022年3月30日
その後の「Open Hatch」、ずっと閉ざしてきた心の殻を開こうとするシンの決意と、どんな無謀な戦場に挑むときにも増して緊張を湛えた表情が、なんともいい。「alone」から抜け出すべく。 pic.twitter.com/TwKgy1xojb
— 相楽 (@sagara1) 2022年3月30日
あと、シンを泣かせることができたのはレーナだけでなく。今回は誰も彼を置いていかなかった戦友たちもまた。勿論、レーナとの再会があってこそだけれど。 pic.twitter.com/AKAapvz2Pe
— 相楽 (@sagara1) 2022年3月30日
他にも『86』7話&22話は本当に対応する描写が数多いけど、目に付いたもの全部挙げていくようなのもなんなので、とりあえずこの辺で。
— 相楽 (@sagara1) 2022年3月30日
ともあれ、極めて良くできた、作品の核心が詰まった組み合わせの挿話だと思う。 pic.twitter.com/OoTDOhALYT
なお、7話絵コンテ&演出は伊藤智彦さん。22話絵コンテ&演出は石井俊匡監督。最終話の23話絵コンテは伊藤智彦さんと石井俊匡監督の連名(演出は河原龍太さんと石井俊匡監督)とクレジットされている。