■はじめに
ここでは2022年に読んだ主だった小説(・エッセイ等)の一覧を挙げた後、感想を書いた作品については個別にそれも紹介していく。
その中でもまず、長谷敏司『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』は自他ともに認める作者の最高傑作ということで間違いないと思う。刊行を喜びたい。
個人的にも『円環少女』や『BEATLESS』をはじめとする小説に対してずっとそうであり続けて来た/行くように長い付き合いになる作品と思う。
『本と鍵の季節』(図書委員シリーズ)の続編、米澤穂信『栞と嘘の季節』は「図書委員シリーズ」とも称されている(らしい)通り、登場人物たちの心情及び作品の在り方、読み方に、作中で触れられている本(や映画等々)も大きく関わる……いわばその一冊の中からだけでは解きえない、しかし、極めて魅力的な謎として提示されているものと強く思えた。
なので「そういう読み方」の一例を示せたらと思い、そうした感想を書いてみた。
北村薫先生の新刊『水 本の小説』の刊行も嬉しい。
なお、この本についてそうであるように(詳しい)感想の有無や分量等は好みや評価の高低等と必ずしも一致しない。
例えば春暮康一『法治の獣』についてはファースト・コンタクトものとして打ち出したアイディアや軸の鮮烈さ、描写の見事さ等において圧巻で。この一冊で『AI法廷のハッカー弁護士』の竹田人造と共に、ここ最近新しく知った国内SF作家で最も好きでもあるし注目したい人になった。
オンライン開催された『京都SFフェスティバル2022』での対談企画も面白く聴いた。
「無脊椎動物の想像力と創造性について」と『法治の獣』、どちらもすごく巧いよく出来た作品だなー、と共にとても面白いなー(なんでか特にSF小説だと、一致しないことが結構多い)と思えた作品なので、楽しみにしていた対談企画。
— 相楽 (@sagara1) 2022年10月15日
バリエーション豊かな作品をバランス豊かに送り出す韓国の作家、チャン・ガンミョンの『極めて私的な超能力』をはじめとする諸作品に出会えたことも嬉しい。
ここ数年、SFアンソロジーでもSF作家・作品の紹介でも、当人の小説でも伴名練の文章に触れ続けているわけだけれど。
なんというか、例えばミステリのジャンルにおいて若い頃の北村薫先生はこんな感じでもあったのだろうかと思わされたりもする。圧倒的、と思う。
■2022年に読んだ小説・エッセイ等一覧
※とりあえず、覚えていたり記録を呼び出せる限り並べてみた。
北村薫『水 本の小説』
長谷敏司『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』
米澤穂信『栞と嘘の季節』
ミシェル・フーコー(田村俶・訳)『監獄の誕生』
スティーヴン・ミルハウザー(柴田元幸・訳)「夜の姉妹団」(『ナイフ投げ師』収録)
アンディ・ウィアー(小野田和子・訳)『プロジェクト・ヘイル・メアリー』上・下
チャン・ガンミョン(吉良佳奈江・訳)『極めて私的な超能力』
チャン・ガンミョン(吉良佳奈江・訳)『鳥は飛ぶのが楽しいか』
チャン・ガンミョン(小西直子・訳)『我らが願いは戦争』
チャン・ガンミョン(吉良佳奈江・訳)『韓国が嫌いで』
石川宗生/宮内悠介/斜線堂有紀/小川一水/伴名練『ifの世界線 改変歴史SFアンソロジー』
宮内悠介/藤井太洋/小川哲/深緑野分/森晶麿/石川宗『Voyage 想像見聞録』
牧野圭祐『月とライカと吸血姫』本編全7巻&外伝1巻
新海誠『すずめの戸締まり』
アーカディ・マーティーン(内田昌之・訳)『帝国という名の記憶』上・下
アーカディ・マーティーン(内田昌之・訳)『平和という名の廃墟』上・下
神林長平『アグレッサーズ 戦闘妖精・雪風』
冲方丁『マルドゥック・アノニマス』7巻
竹田人造『AI法廷のハッカー弁護士』
竹田人造『人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル』
春暮康一『法治の獣』
安野貴博『サーキット・スイッチャー』
人間六度『スター・シェイカー』
柴田勝家『走馬灯のセトリは考えておいて』
相沢沙呼『invert II 覗き窓の死角』
円城塔『ゴジラ SP <シンギュラポイント>』
円城塔『怪談』
上田早夕里『獣たちの海』
宮澤伊織『神々の歩法』
宮澤伊織『裏世界ピクニック』7巻
白鳥士郎『りゅうおうのおしごと!』16-17巻
アンドレアス・エシュバッハ(赤坂桃子・訳)『NSA』上・下
アンドレイ・サプコフスキ(川野靖子・訳)『ウィッチャー短篇集1 最後の願い』
柞刈湯葉『まず牛を球とします。』
伴名練・編『新しい世界を生きるための14のSF』
『Genesis 創元日本SFアンソロジーⅤ この光が落ちないように』
日本SF作家クラブ編『2084年のSF』
樋口恭介・編『異常論文』
小川一水『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ』2巻
斜線堂有紀『廃遊園地の殺人』
宇野 朴人『七つの魔剣が支配する』10巻
佐藤真登『処刑少女の生きる道』1-7巻
瘤久保慎司『錆喰いビスコ』1-8巻
珪素『異修羅』1-3巻
菊石まれほ『ユア・フォルマIV 電索官エチカとペテルブルクの悪夢』
編乃肌『百物語先生ノ夢怪談 ~不眠症の語り部と天狗の神隠し~』
大澤めぐみ『6番線に春は来る。そして今日、君はいなくなる。』
若林踏・編『新世代ミステリ作家探訪』
芥川也寸志『ぷれりゅうど』
さかなクン『さかなクンの一魚一会』
吉田修一『横道世之介』
『年鑑代表シナリオ集 '13』
西村淳『面白南極料理人』
西村淳『面白南極料理人 笑う食卓』
西村淳『面白南極料理人 名人誕生』
西村淳『面白南極料理人 お料理なんでも相談室』
宮嶋茂樹『不肖・宮嶋南極観測隊ニ同行ス』
古川日出男『平家物語 犬王の巻』
平野啓一郎『ある男』
辻村深月『かがみの孤城』上・下
藤津亮太『アニメの輪郭――主題・作家・手法をめぐって』
佐伯昭志『ストライクウィッチーズMemorial Episodeいっしょだよ』
■感想
現時点の印象として著者の言葉通りその最高傑作であり、自然、自分にとってのSF小説のオールタイムベスト最上位の一角を占める作品と思う。
※随時更新・追加↓
■米澤穂信『栞と嘘の季節』
「この一冊で読み終えられない作品」だと思う。
幾人もの人物の造形の核心(と思えるもの)や作中の状況や描かれるテーマが、本や映画に託され提示されているのは明らかと思えるから。
※ミシェル・フーコー(田村俶・訳)『監獄の誕生』、スティーヴン・ミルハウザー(柴田元幸・訳)「夜の姉妹団」(『ナイフ投げ師』収録)は栞と嘘~関連で読んだ本
■チャン・ガンミョン(吉良佳奈江・訳)『極めて私的な超能力』
■チャン・ガンミョン(吉良佳奈江・訳)『鳥は飛ぶのが楽しいか』
■チャン・ガンミョン(小西直子・訳)『我らが願いは戦争』
■チャン・ガンミョン(吉良佳奈江・訳)『韓国が嫌いで』
多彩で、優れたバランス感覚を持つ作家と思う。
■石川宗生/宮内悠介/斜線堂有紀/小川一水/伴名練『ifの世界線 改変歴史SFアンソロジー』
収録五編全てが非常に面白い。
中でも特に斜線堂有紀「一一六二年のlovin' life」伴名練「二〇〇〇一周目のジャンヌ」は物凄いと思う。
改変(過去)世界宇宙開発SFの傑作と思う。
第53回星雲賞日本長編部門を受賞。
■新海誠『すずめの戸締まり』
※映画感想の中で原作小説についても。
■さかなクン『さかなクンの一魚一会』
■吉田修一『横道世之介』
■『年鑑代表シナリオ集 '13』(『横道世之介』収録)
■西村淳『面白南極料理人』
■西村淳『面白南極料理人 笑う食卓』
■西村淳『面白南極料理人 名人誕生』
■西村淳『面白南極料理人 お料理なんでも相談室』
■宮嶋茂樹『不肖・宮嶋南極観測隊ニ同行ス』
※上記作品群は沖田修一監督の映画『さかなのこ』『横道世之介』そして『南極料理人』関連で読んだ本。映画感想に絡めて言及も。
■平野啓一郎『ある男』
※石川慶監督、映画『ある男』を観る前に参考として上記の原作小説を読んだ。
■アンディ・ウィアー(小野田和子・訳)『プロジェクト・ヘイル・メアリー』上・下
『プロジェクト・ヘイル・メアリー』読んだ。ここ最近『三体』『七人のイヴ』『宇宙へ』&『火星へ』等々、宇宙からなんか来て地球が滅亡レベルでヤバい!どうする!という海外SF続けて読んでいる気がするのだけど、勿論各々異なるタイプの傑作ではありつつ、好みで言えばこれが断然好きだな。大好き。
— 相楽 (@sagara1) 2022年1月3日
『プロジェクト・ヘイル・メアリー』追い込まれきった窮地から降りかかり続ける難題に科学的思考とユーモア、DIY精神で挑んでいく前々作『火星の人』の見事な延長線上にある傑作なんだけど、ユーモアと人物、挑む問題、展開の掛け合わせ方が更に凄い。例えば序盤で視点人物の諧謔精神がにじみ出るのは
— 相楽 (@sagara1) 2022年1月3日
このくだりだけど、ここで再発見される彼のあり方が幾度も見事にその場の鍵になるし、作品が重きをおき称えることにも繋がってる。 pic.twitter.com/SmgiuVh4XY
— 相楽 (@sagara1) 2022年1月3日
『プロジェクト・ヘイル・メアリー』の楽観と悲観、責任感とか使命感みたいなものの描き方、扱い方も大好き。視点人物が目覚めたらその状況……に至る一幕の描写もそれと英雄候補たちの対比は勿論、彼が「きみは、まちがいなく、ぼくが出会ったなかでもっとも楽観的な人だな」と嘆息する
— 相楽 (@sagara1) 2022年1月3日
「ビートル」の産みの親なんかも登場させて、彼はそういうのではないんだよ、と念押ししたりもしてる。親切だし気が利いているなと思う。
— 相楽 (@sagara1) 2022年1月3日
■アーカディ・マーティーン(内田昌之・訳)『帝国という名の記憶』上・下
『帝国という名の記憶』上巻まで読んだ。
— 相楽 (@sagara1) 2022年11月12日
皇帝臨席のパーティで皇位継承争いでの挑発が話題の詩人の朗詠で為されたり、入ってはいけない危険な場所に踏み込んだ野蛮人に、皇帝と遺伝子90%共通クローンである10歳の少年が詩的な言葉で立ち去るよう警告する辺りでこの作品、すごく好きになってきてる。
「ポニョ、宗介好き!」
— 相楽 (@sagara1) 2022年11月12日
「ダイジン、すずめ好き!」
「相楽、込み入った宮廷陰謀劇での陰湿な言葉での戦い好き!『帝国という名の記憶』、大好き!」
序盤は「あー、よく出来てるSF小説なんだろうなー、ヒューゴー賞他受賞だし。はいはい、うまいなー」という印象だったけど以降割とのめり込んでる。
『帝国という名の記憶』、上巻でもそうだったけどhttps://t.co/cIbbpoMTZx
— 相楽 (@sagara1) 2022年11月19日
下巻でも敵に監禁された主人公たちが協力を求める権力者に救出を訴えかけると同時に群衆を扇動するメッセージを詩で発表しネットワークに投げ、それが広がっていく場面(p235-236~)、すごく良かった。
「ふたつのグループが接触するところでは、長くじっとりとした春のあとに菌類が繁殖するように暴力が噴出した」
— 相楽 (@sagara1) 2022年11月19日
(『帝国という名の記憶』下巻p214)
なんだかとても気に入った言い回し。いろいろなところで使えそう。使いたくなる機会が少ないに越したことはないけど。
■アーカディ・マーティーン(内田昌之・訳)『平和という名の廃墟』上・下
アーカディ・マーティン『平和という名の廃墟』上・下面白かった。
— 相楽 (@sagara1) 2022年12月8日
『帝国という名の記憶』で描かれた詩を愛し、文化と力を華麗に傲慢に奮う帝国と彼らから「野蛮人」と見做される服属国で構成される世界での陰謀と使命と愛憎の劇の魅力はそのままに、https://t.co/6IbPBkZj1E
この続編では
ファースト・コンタクトものの魅力が重ね合わせられていた。
— 相楽 (@sagara1) 2022年12月8日
何組ものマクロとミクロの危機、交渉、葛藤、交流、疑念、対立の劇が複雑に重なり合う壮大な劇が下巻終盤、絡み合いながら怒涛のクライマックスへと向かう迫力は圧巻。
人間と異星人。帝国と野蛮人。帝国内の(ドラマの主人公にそのままなれるような)典型と(例えば特殊な宗教を奉じる)異端。帝国内部の省庁間の駆け引き。異星人と最前線で対峙する軍団内部の対立。過去・現在と未来……そういったマクロの構図にそれぞれ対応するように、
— 相楽 (@sagara1) 2022年12月8日
個人と個人の関係性が複雑にもつれ合って描かれていく筆力、構成力は前作『帝国という名の記憶』を上回る、魅力に満ちたものと思えた。
— 相楽 (@sagara1) 2022年12月8日
余談だけど『平和という名の廃墟』を読み終えた後振り返ると、自分が『帝国という名の記憶』を読んだとき特にこの一節を引いていたhttps://t.co/reh2JvOWnT
— 相楽 (@sagara1) 2022年12月8日
というのも、なんだかちょっと面白くもあった。
■竹田人造『AI法廷のハッカー弁護士』
■竹田人造『人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル』
宮内作品の中でも『スペース金融道』を好みのベスト1か2に置いていることもあり、『AI法廷のハッカー弁護士』読んでみたら、とにかく読み口がすっと馴染んで、込み入った技術解説も軽妙な会話に乗ってストレス無く愉しく読み進め、読み終えた。ユーモア、会話の味はむしろAI~がより好き。
— 相楽 (@sagara1) 2022年7月2日
『人工知能で10億ゲットする完全犯罪マニュアル』もだけど、ギャグ、ユーモアが肌に合うと読んでいる間印象に常に強いバフかかってるようなものだから(逆もまた真でそうなると非常に厳しい)ありがたい。
— 相楽 (@sagara1) 2022年7月2日
そして、特に10億~の「僕は今、技術の話をしているんだ」は素晴らしい決めセリフ。
キャラクターだけでなく作品も作風も、それらの拠って立つ誇りも象徴しているようで。
— 相楽 (@sagara1) 2022年7月2日
ところで、理解不可能なものへ焦がれたり想像する面白さは、理解の水準を押し上げることによっても……というか、なによりそれによって魅力を高めていくものかと思う。やたら奔放さや奇想に走る……特に
飛躍といってもその足場が現実に飛躍的な発展をし続けている科学や技術でなく、奇想を売りにする諸々の方面の名作フィクションに留まっているのでは?みたいな作品より、今現在の「理解」に向き合って十全なエンタメとしてその在り方を伝えてくれる作品はそれそのものも好きだし、
— 相楽 (@sagara1) 2022年7月2日
ジャンルに欠かせない大切な存在というか……そういった作品が"素晴らしいエンタメだけどSFとしては一段落ちる"みたいな扱いを受けるのは個人の好みを超えてジャンルとして当然、みたいな話は嫌だなとも思えたりする。
— 相楽 (@sagara1) 2022年7月2日
■宮澤伊織『神々の歩法』
某国内「本格アクションSF連作長編」、単行本での描き下ろし小説に出てきた
— 相楽 (@sagara1) 2022年10月29日
「現実改変ブルートフォース攻撃」
というパワーワードに(まだ読み始め、序盤のところだけど)笑顔になってる。
攻撃及び使い手の最悪さが言葉だけからも十二分ににじみ出てるすごいやつだ。
ここ最近の現実の国際情勢でやりたい放題されて、自作と色々かちあって困惑してるフィクション及び作り手それはもうたくさんいるんだろうけど。
— 相楽 (@sagara1) 2022年10月29日
2022/6/30刊行宮澤伊織『神々の歩法』https://t.co/9ohXix7v30
あとがき、冒頭からこれ(添付)ですこし、笑ってしまった。その上で更に pic.twitter.com/rEhtayVOyF
単行本『神々の歩法』書き下ろし小説「レッド・ムーン・ライジング」では「これは控え目な表現ではあるが、もう本当にどうしようかと思った」と書く事態に追い込まれていて不謹慎だけどだいぶ笑った。どんな風にかちあったかは「本編の展開に触れ」るので詳しくは言えないけど、
— 相楽 (@sagara1) 2022年10月29日
ともあれ、このパワーワードが出た時点で覚悟したhttps://t.co/HkRes1TBr5
— 相楽 (@sagara1) 2022年10月29日
事態をだいぶ上回る題名通り"レッド・ムーンがライジングしてくる"…現実が笑えない冗談ならフィクションはもっと最悪の冗談をぶつけてやる!と言わんばかりの光景はすごかった。引用したくてたまらないけど、あえて控える。
ともあれ『神々の歩法』、各種アンソロジー等で表題作「草原のサンタ・ムエルテ」「エレファントな宇宙」の三作は既読だから……という向きにもぜひ手をとって書き下ろし小説「レッド・ムーン・ライジング」に向き合って欲しい。
— 相楽 (@sagara1) 2022年10月29日
自分はそうした。あなた(誰?)もどうですか。
なんとなく付け加えておくと『神々の歩法』の宮澤伊織さんはアニメ化もされた『裏世界ピクニック』の作者でもあり。先日発売されたばかりのユリイカ今井哲也特集号では、https://t.co/CorUSzvZ1p
— 相楽 (@sagara1) 2022年10月29日
「なぜ僕だったのでしょう?」と戸惑いつつ、今井哲也さんの要望・指名で対談していたりもする。
■柴田勝家『走馬灯のセトリは考えておいて』
まず、表題作が素晴らしい。
最後の一文(及びその前の段落)が、特に良い。
文庫版のvtuber届木ウカによる解説(全体に、素晴らしい解説と思う)にあるように
「他五篇で取り扱ったテーマの総括」
であると思えるし。
それこそデビュー作『ニルヤの島』から『クロニスタ 戦争人類学者』、心霊科学捜査官シリーズ、『ヒト夜の永い夢』『アメリカン・ブッダ』といった作品群には共通する手つきなり姿勢なりがあると捉えた上で「走馬灯のセトリは考えておいて」の結びを読む時、改めて良いなとも思える。
偽物、怪しげなもの、誤ったもの、いかがわしいもの、実態以上に過剰に扱われがちなもの、しばしば誇張されがちなもの、極端なもの……それでいながら強い思い信仰や盲信、熱狂、執念執着を寄せられるもの。
柴田勝家作品はいつもそういったものを好んで扱いつつ、斜めから突き放したり揶揄する姿勢でなく、まず中に入り込んだ上で。時にフィールドワークを行う学者のように、そうでないときは例えばその中で生きる一員のように接し、描いていっているように思える。
これもまた『走馬灯のセトリは考えておいて』届木ウカ解説の引用になるけど
「柴田先生は「偶像を信仰する客席側の人間」、いわゆる「ファン側」の人間でありつつも、「信仰の構造を把握した上でその構造ごと愛でる」さまを描いて」
いることが特色であり、基本的な姿勢と思える。
そして更には「愛でる」だけでなく、ひたすら「正しさ」を積み重ねていくだけでは描けない、あるいはそれとは異なるやり方で描ける価値(あるいは価値あるもの)、現実の諸問題を描き出す手法を採っているのかと思えている。
おそらく、まず「「偽物、怪しげなもの~」を信じ込んでしまっている愚か者のあいつら/賢く理性的で正しく科学的な私/私たち」という二分法を採っていない。
これもおそらく大前提にある認識として……少しばかり距離をおいてみるなら、どうせ私/私たちにしたところで、別の(例えばずっと後の時代からの、あるいは例えばより高次の知性からの)視点から観るならば。「偽物、怪しげなもの~」を(そう意識するにせよしないにせよ)信じ込んでいるし、信じた上でないと生きていけないし、きっと現にそうして生きているわけで。
わかりやすい(?)例なら自由意志とか生きる意味とか、そういうの。そこまで根本的でなくても、なんでもいいけれど……例えば、市民社会における「市民」という概念とかそういうのを挙げてもいいかもしれない。
先程言及したようにまず第一作『ニルヤの島』からして(そして『ヒト夜の永い夢』の粘菌コンピュータや『アメリカン・ブッダ』のあれやこれやも)わざわざ念入りに偽物、怪しげなもの~を集めに集めた作品と言えると思う。
特に作中で重要な役割を果たしているのが「ミーム」という概念で、感想として「こんなにミームを信奉しきった小説、ある意味凄い」といったものも見かけたこともあったりするのだけれど。
作者のプロフィールとして民俗学(、文化人類学)方面を専門的に学んだことが挙げられ、『ニルヤの島』をはじめその作品の多くにもそのことが大いに反映されているようにも見える中、いわゆるミームというものは学術的にちゃんとした研究に値するだけのしっかりとした定義なり諸々の裏付けなりがあるか?について激しい議論がある中、一際激しい全否定にも近い(というかしばしば全否定そのもの)批判は文化人類学方面から寄せられているという話があり、『ダーウィン文化論―科学としてのミーム』あたりを読むとそのあたり"たいへん興味深く"もある。
というか、たしか新宿Livewireでのトークイベント終了後の懇親会(ここでのイベントでは一般参加可能なこれが大体セットで、イベント申込時に参加不参加を選べる)だったかで「(読んでみて、一部で言われているように「ミームを信奉している」とはとても思えなかったんですが、そこら辺、どうなんでしょう?」と直接伺ってみたところ、諸々の返答と共に勧めて頂いたのが『ダーヴィン文化論』だったりした(たしか2015/3/20のこれ
だったと思う。『ダーヴィン文化論』の感想記事ブログにアップしているのも2015/3/24だし)。
ともあれ。そういったデビュー作からの作風とそこからの足跡を思うと、これも繰り返しになるけど『走馬灯のセトリは考えておいて』表題作、特にその締めくくりは一層、色々と味わい深いものになるとも思う。
また、今は例えば「オンライン福男」のような軽やかなおかしみに大きく振った作品も、「クランツマンの秘仏」(や『アメリカン・ブッダ』収録「「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」)のようなやや固めに、そして(ご当人にとって思いがけない流れでも「クランツマンの秘仏」から『異常論文』が始まった云々といった話もあるような)形式で遊ぶような作品も自在に描き送り出せるようだったり、
「クランツマンの秘仏」から『異常論文』が始まった、って言っても当時は何も意識してなかった。そこで異常論文の重力の端っこにあった「クランツマン」を樋口さんが観測して「この中心に何かヤバいものがある」って掘り進めた結果の今がある。大変だと思う
— 柴田修理亮勝家 (@qattuie) 2021年10月19日
「走馬灯のセトリを考えて」にしてもその読みやすさエンタメ性を『ニルヤの島』と比べたりすると、刮目すべき変化かとも思えたりもする。
■白鳥士郎『りゅうおうのおしごと!』17巻
すっかりサイエンスでスペキュレーティブなフィクションになっていて、しかも面白い……いつからこうなったんだろう。なにやらヒューマニティ・ウィズ・将棋というか対局の様子や棋譜がプロトコル・オブ・ヒューマニティだという趣すら。
後書きに曰く、
「棋士という職業はAIに「仕事を奪われる」と脅かされた最初の職業です。しかし今は逆に「AIを仕事に活かした最初の職業」になりました。その過程は壮絶なものでしたが、勝負という行為を通じて真剣に向き合ったからこそ意味があるのだと思います。大きな変化が訪れた今という時代に将棋を題材にした物語が書ける幸せを噛みしめた17巻です」
「最初の」あたりの当否は措くとして力強いし、作品に似合いもする言葉だとも思えた。
■斜線堂有紀『廃遊園地の殺人』
斜線堂有紀『廃遊園地の殺人』読んだ。
— 相楽 (@sagara1) 2022年12月22日
「画」になる謎と解決、その鮮やかさ。
時間を自在に行き来しつつ諸々の事態が収束する展開の冴えと共に、とある人物の正体というか存在についてはそういう手つきの扱いになるんだ……という点も面白かった。
それと、
この『廃遊園地の殺人』、例えば米澤穂信『Iの悲劇』と絡めて語った感想とか誰か書いていたりしないのかな、とぼんやり思ったりもした。
— 相楽 (@sagara1) 2022年12月22日
瘤久保慎司『錆喰いビスコ』1-8巻
『錆喰いビスコ』、原作既刊8巻読んでみた。
— 相楽 (@sagara1) 2022年6月29日
終始、勢いがあり楽しくていい。ビスコとミロは世界を貫き揺るがし創る一本の矢、どこまでも飛んでいく。
アニメは1巻を1クールかけてやっていて。そこで原作の大体の魅力はきっちり提示されてたなーと思う。
なお、3巻あとがきに
「応募時に『錆喰いビスコ』が持っていた構想は、この三巻で全部書き終えた」
— 相楽 (@sagara1) 2022年6月29日
「これをもって第一部完」
とあるように「錆」とは何か、なぜ作中世界は変貌を遂げたのか、そうした諸々とビスコ、ミロの因縁(これだけがっつり"キミとボク"と世界の在り方が直結してる作品も最近珍しいかもしれない)は
三巻まででひとまとまりで、そこまで読むことの良さはけっこうある。
— 相楽 (@sagara1) 2022年6月29日
とはいえ、それまでもそこからも、巻ごとに新しい趣向を凝らしはしつつ、各巻の読み味というか作品の魅力は1巻にだいたい詰まっていて、良くも悪くもあまり変わらない印象。
あえて言えば4巻ラストはその瞬間の光景も鮮烈だし、展開としてもおおっ!となって特に好き。
— 相楽 (@sagara1) 2022年6月29日
なんといってもビスコ、そしてそれ以上にミロ先生の突き進む道程が楽しくてならないのだけど、アニメの終盤だともう原作と雰囲気だいたい一致してくるけど、
5話でテツジンの村の女の子の告白サラッと、でもはっきり躱したり、6話のここhttps://t.co/AOKRLtgfa3
— 相楽 (@sagara1) 2022年6月29日
やここhttps://t.co/8QoTPewjxl
は数話ぶん先取りしたような濃さがあったように思えたりする(花江夏樹さん、よくやってくれた、ありがとう、最高だ)。
「学校行きましたから」「学歴あるから」がめちゃくちゃな無理を通してみせた後の決めセリフになってたり、行く先々で女の子に惚れられるビスコの傍らでその度にねっとりした情念を燃やす姿が見られたり、しまいには8巻で相棒との間でなんか産み出したりと飽きさせない。
— 相楽 (@sagara1) 2022年6月29日
ミロ先生、これからもやりたい放題やらかしながら、がんばっていって欲しい。
— 相楽 (@sagara1) 2022年6月29日
なお、もちろん、アクタガワも要所で活躍してくれる。幾度かパワーアップイベント(?)もあるよ。
あと(ビスコが現れた際の)黒革の「タキシード仮面様」という台詞、アドリブかと思ったら原作由来でちょっと驚いた。アニメだとあまり触れられなかった要素だけど、彼は旧時代の漫画とかアニメとか、そして映画に並々ならぬ愛着がありコレクションなんかもしているらしく、
— 相楽 (@sagara1) 2022年6月29日
割とそれ絡みの台詞を吐いたりする。そしてやがて、その愛情が大爆発するときが……。
— 相楽 (@sagara1) 2022年6月29日
ともあれ、今後も含めて楽しい作品と思う。
■宇野 朴人『七つの魔剣が支配する』10巻
七つの魔剣が支配する10巻読んだ。各々深い業を抱える中、友として敵として出会い時間を重ねる中でこそ生きることができる面々、教え導き継がせる/学び導かれ継いでいく輝かしい継承が描かれた前半と。ほぼきっかり巻の半分を占める後半、第四章での煉獄巡りと。煉獄……。
— 相楽 (@sagara1) 2022年9月9日
■『Genesis 創元日本SFアンソロジーⅤ この光が落ちないように』
なんとなく全般に、まだ掴めていなかったり元より異質だったりする「感覚」を語りの中で、体験の中で掴む、落とし込んでいく、見出すといった作品が並んでいた印象。
宮澤伊織「ときどきチャンネル#3 【家の外なくしてみた】」の軽やかな語りが特に好き。
表題作となった菊石まれほ「この光が落ちないように」はこの作者さん、作者紹介にもあるし自分で読んだ時の感想もそうだったように『鋼鉄都市』を強く連想させた『ユア・フォルマ』
のようにミステリ仕立てで異質な存在同士が事件をめぐり謎を探り、愛憎を懐き、時に対立し時に繋がる話を描くの得意なんだな、良いなと思った。そういえば、と今月初め刊行の『ユア・フォルマ』5巻読み忘れてたことにも気づいた。年明けに読みます……。
創元SF短篇受賞作として収録の笹原千波「風になるにはまだ」。異なる存在の感覚を繋いでの接触を描きつつ、双方の同意の元、相互に意識して攻撃的・侵襲的でなく、繊細に穏やかに相互に伝え探り、その上での諸々を描く在り方とその手つきとが好ましく、面白いと思った。
■日本SF作家クラブ編『2084年のSF』
春暮康一「混沌を掻き回す」、マクロとミクロ、科学と神話が交差する描写が良かった。あとは安野貴博「フリーフォール」が楽しい。
坂永雄一「移動遊園地の幽霊たち」も『何かが道をやってくる』が好きなこともあり、いいなと思った。
竹田人造「見守りカメラ is watching you」は「あれ、これどこかで読んだことあるぞ。でも全編書き下ろしとあるし……」と少し悩んだけど、twitterで検索してこの本の無料公開企画で読んだことを思い出した。なるほど。
■雑感
関心のあるジャンルの主だった話題作をもう少し追ったり、「この作家の単著はとりあえず全部読んでおきたい」という方面も諸々漏れが出てしまっているので、今後もう少し、できる限りなんとかしていきたい。
一方で、映像化関連や、ジャンルの話題作や過去に読んできた作家や作品の流れの上にあるもので読む作品がほとんど占められてしまっていることも幅の狭さ、偏りとして問題かと思う。
本屋でふと目に止まって気になった本など、幅なり多様性?なりとしても手を加えていきたいなとも思う。
なお、以上の話は別に「「良い読書」(?)をしなければ」というわけでもなく(特にそんなことをすべき義理はない)。
こうして一年を振り返って全体の様子を眺めてみると、より面白く本を読んでいくには、より楽しむには明らかに意識的に考えたほうが良いことがある……と思えたというだけの話ではあったりする。