『キス・ミー・ケイト』〜コール・ポーターの復活、ボブ・フォッシーの台頭

キス・ミー・ケイト 特別版 [DVD]

観る前に持っていた基礎知識

シェイクスピアじゃじゃ馬ならし』を原作に、コール・ポーターの華麗で優雅な音楽で送るミュージカル映画
長らく不調が続いていたコール・ポーターが、映画に先立つこの作品のミュージカル版の大ヒットで再び昔日の栄光を取り戻したことでも有名(映画『五線譜のラブレター』などから)。

そして、この映画化は、音楽の巨匠の鮮やかな復活を高らかに謳うと共に、新たな時代の天才、ボブ・フォッシーが脇役のダンサーとして出演し、自ら踊る場面で、その鮮烈な振り付けの才能を見せ付けた作品としても知られる(-------ということを、『ザッツ・エンタテイメント』で知らされた)。


以上が、観る前までの自分のこの映画に関する基礎知識。
以下、その上でこの作品を観ての感想を。


当時のミュージカル映画における作曲者の重要性〜コール・ポーター賛歌


まず、オープニングを観ると、当時のミュージカル映画における作曲家という存在の重要性がよく分かる。
冒頭で出るタイトルロゴは「Cole Porter's Kiss Me Kate」。ちなみに、『イースター・パレード』では、「Irving Berlin's Easter Parade」だ------「Fred Astaire and Judy Garland in Eater Parade」ではなく。
コール・ポーターアーヴィング・バーリンジョージ・ガーシュイン、オスカー・ハマースタインⅡ世といった面々の音楽は、画面の中で歌って踊るスター達の単なる引き立て役ではなく、彼らと並ぶ映画の《顔》だった、ということなのだろう。
勿論、この映画においても、既にCD「Somewhere Over the Rainbow」で聴いていた、主演二人が歌う「Wunderbar」や、"タップの女王"アン・ミラーのエネルギーの炸裂を後押しする「It's Too Done Hot」といった名曲は、疑いなく映画の主役の一角を占めている。


ちなみに、コール・ポーターは作曲だけでなく、作詞も自ら手掛ける人。
例えばこのサイト(AlsoDances.Net)で、「Night And Day」、「You're The Top」など、フレッド・アステアが歌ったその幾つかの名曲の歌詞を見ることが出来るが--------ああ、もう、ともかく最高!

「Night And Day」の冒頭なんて、コール・ポーター以外の誰にも作れないだろう。
雨に唄えば』の「Moses」の愉快さ、『マイ・フェア・レディ』の「スペインの雨」や『イースター・パレード』の「A Fella With An Umbrella」(CDだとちゃんと入っている、冒頭の「Who am I/What's my name/Where I'm from/How I came/Doesn't matter, dear/'Long as I am here」という部分、何で映画版だとカットされちゃったんだろう。そこが一番いいところなのに……)の洒落っ気なども、それぞれ同じくらい素晴らしいけれど、どこまでも軽やかな------《現実》の辛さ、苦さ、せせこましさにその影さえも踏ませない------この優雅さだけは、誰もこの人に追い付けない。


「You're The Top」のイメージの乱舞の華やかさも、まさにコール・ポーター!!
枕草子」や歌舞伎の「ものづくし」のようなセンスというのは、決して日本だけのものではないわけだ。


シナリオの魅力と主演二人の個性〜ミュージカル定番の《バックステージもの》として、シェイクスピア劇ではお馴染みの《劇中劇》を。


次に、シナリオの面では、3/15に観たゼッフィレッリ『じゃじゃ馬ならし』では《演技による世界の反転》というものが描かれていたと思えたが、『キス・ミー・ケイト』ではその部分はごっそりと省かれ、代わりにミュージカルでは定番ともいえる《バックステージもの》の体裁を取ることで-------これもシェイクスピア劇ではお馴染みの------《劇中劇》の趣向が取り入れられているのが愉しい。


このシナリオに、ハワード・キールという人のあくどく、くどい個性が実にぴったり。特に衣装を身に纏い、付け髭をしてからの姿がもう、たまらなくいい。いかにも嘘っぽい甘ったるい声、そして何より、あのいかがわしい目つき!!正にはまり役という他はない。
一方、キャスリン・グレイソンの見せ場は「I Hate Men」を歌う場面の暴れっぷり。実際にこの人がどういう女優であるかは全く知らないのだけれど、何となく、舞台に私生活を思いっきり持ち込んでしまう我がまま放題っぷりが、ものすごく良く似合う(……これ、褒め言葉なのかな)。
そういうわけで、アン・ミラーに「もつれ組」と仇名を奉られ、明るくからかわれたという二人の踊り(特にキャスリン・グレイソン)のド下手さも、「まあ、それはそれで別にいいのでは」と思えてしまう。


また、バックステージの事情と舞台が二重進行する構成から、例の「じゃじゃ馬ならし」の終幕におけるカタリーナの演説も、《舞台に生き、舞台に死ぬ》という芸人根性・役者気質という要素が深く混ぜ合わせられ、「自らの情けなさに打ちひしがれた男に、女の方が自らその決断を選び取って手を差し伸べる」という形に収まる。コール・ポーターの音楽によく似合う、優雅で品の良い、明るい幕切れだと思う。

ダンス、ダンス、ダンス!!〜アン・ミラー、トミー・ロール、ボブ・フォッシー!!


そして、この映画の何よりの魅力といえるのが、アン・ミラーの、トミー・ロールの、そしてボブ・フォッシーのダンス。

最初のみどころである「It's Too Done Hot」はもう、「アン・ミラーの/アン・ミラーによる/アン・ミラーのための」ナンバーで、"タップの女王"のパワーが爆発的に押し寄せてくる。同じくアン・ミラーが踊った『イースター・パレード』の名ナンバー「Shaking The Blues Away」には一歩も二歩も譲ってしまうと思えるし、何かタップと別録音の音との違和感がキツいけれど、それでもこの凄まじいエネルギーは圧巻。


ちなみに、この場面でも他の場面でも、やたらと画面のこちら側に向かって役者達がものを投げつけてきたり、果ては体ごと飛び込んでくるような場面が多々あるが、特典映像の解説にもあるように、これはこの映画------あの懐かしの!------色つき眼鏡を掛けて観る3D映画として製作されたからなのだとか。
……ただ、映画の製作時には一時的に流行っていた3D映像も、公開時には早くも廃れてしまっていて、当時の時点で既にお蔵入りにされてしまったのだとか。日本でもアメリカでも、この技術は幾度となく思い出したように持ち出されては、すぐに引っ込められることを繰り返す不幸な運命にあったらしい。
ただ、特典映像では、「3D眼鏡を掛けて客席で試写を観るコール・ポーター」という、なかなかに愉しい映像(一瞬だけれど)があるので、興味がある人はお見逃しなく(?)。

なお、"タップの女王"という称号はエレノア・パウエルにも使われるが、「この二人のどちらがその名により相応しいか?」というのは「フレッド・アステアジーン・ケリー、どちらが史上最高のダンサーか?」と並ぶ難問だろう。というか、およそタイプが違うわけで、個人的には「優劣を比べるのなんか無意味」というのが答えになってしまうけれど。
軽やかに優雅に回って回って回り、見るも鮮やかな奇抜な軽業の数々をやりこなす天才か、ド派手かつエネルギッシュにその場を圧倒し切ってしまう大姐御がいいかは、もう、完全に趣味の問題だろう。
エレノア・パウエルに『踊るニューヨーク』(個人的にはこの映画でのエレノア・パウエルこそが、フレッド・アステアのベスト・パートナーだったと思う)、アン・ミラーに『イースター・パレード』『踊る大紐育』『キス・ミー・ケイト』と、それぞれの魅力が溢れるほどに詰まった作品があることを喜び、それぞれを愉しんだ方が遥かに有意義だろう。
……あー、でも、どちらかといえば、「『踊るニューヨーク』最高ッ!」ということでエレノア・パウエルかな(ああ、今までの文章台無し)。


次にその力を遺憾なく発揮してみせてくれるのは、アン・ミラー演じるダンサーの相棒で、ヤクザな恋人役を演じたトミー・ロール。
とにもかくにも、最初にアン・ミラーと踊る「Always True to You in My Fashion」が凄い。中でも、序盤にフィギュアスケートのジャンプのような大回転を決めて見事に着地、「決まったぜ!」といわんばかりの仕草をする場面など、そのユーモア溢れる格好良さにほれ込んでしまう。

しかし、この人は、『キス・ミー・ケイト』の他には、名作『掠奪された七人の花嫁』、ジーン・ケリーの意欲的(過ぎた?)挑戦作『舞踏への招待』あたりでしか、その踊りを観ることは出来ないようだ。ドナルド・オコナー-------明らかにミュージカル史上最高のダンサーの一人でありながら、『雨に唄えば』をのぞく日本ですぐに手に入る有名作としては『ショウほど素敵な商売はない』くらいしかない(ただ、TVでは随分活躍したらしい)-------同様、《その後》の作品に恵まれない人だったのだろうか。
ただ、この人の場合、キレのよい踊りの幾つかの動作や、誇張された怒りや笑いの表現に多少、ジーン・ケリーを思わせ過ぎるところがあるかもしれない。この映画のメインの振り付け担当は、"外見も踊りもアステアそっくり"といわれた、ハーミーズ・パンだというのだけれど。


そして、決して忘れてはいけないのが、終盤のナンバー「From This Moment on」における、ボブ・フォッシーの振り付け師としての余りにも鮮烈なデビュー。
解説によると、ハーミーズ・パンはこの場面、三組六人のダンサーに「ここはやりたいようにやってみろ」とほぼフリーハンドの自由を許したのだという。
それに応じたトミー・ロールの------セットの上から飛び出してくる------躍動感溢れる登場でこのナンバーの見せ場は幕を開けるが-------フォッシーの天才が、彼の組ともう一組とを、自らの引き立て役、真打登場の前の膝がわりとしてしまった。あのスライディングでの出現からの一連の踊りほど、「まさにその時に《全く別のモノ》が出現した」ということが明らかな場面も珍しい。ただ、その登場の際、トミー・ロールの工夫がいい踏み台になってくれたことは、隠れた彼の功績だとも思う。